第27話
ここにいる全員が、ただ呆気にとられていた。
いるはずのない存在。この場にあまりにも場違いな空気を放つ少女。
それが今、現れた。しかも、恐ろしい威圧感を放つ巨大な魔獣の背に乗って。
魔獣を乗りこなし、ドス、ドス、ドス、と重い足音を響かせながらクーデリカの目の前まで近づいたリューネは、不満げに頬を膨らませた。
「何回も大声で呼んでるんだから返事しろよ!」
「いや、だって……みんな戦ってて、ワタシの声、聞こえないし。というか、なんで魔獣に……?」
まだ混乱から抜け出せない様子のクーデリカが、視線を泳がせながら尋ねる。
「まあ、細かいことは後だ! ほらよっ!」
魔獣から降りたリューネは、片腕に抱えていたガウをクーデリカに向けてあっさりと放り投げた。
「ガウっ!?」
クーデリカは慌てて両手を伸ばし、愛しい相棒の身体を優しく受け止める。
その瞬間。
ガウを運んできたはずの魔獣が、目の前のガウを食べようと、鋭い牙が並ぶ大きな口を開けて噛みつこうとした。
「バカッ! やめろ!」
リューネの鋭い一喝。それと同時に、彼女の足が魔獣の強靭な足を容赦なく蹴り上げる。
「ガフッ!?グゥルルルル……!」
蹴られた痛みに、魔獣が低い唸り声を上げてリューネを睨みつける。
「なんだ? 怒ってるのか? コイツは食うなって何回も言ってるのに、食べようとしたお前が悪いんだろ」
だが、怒り狂う魔獣にそんな言葉が通じるはずもない。
魔獣は噛みつく先を、リューネへと変え、猛然と牙を剥いた。
しかし、リューネは怯むどころか一歩も引かず、その巨大な顔面に向けて拳を突き上げた。
「いいかげんにしろ!!」
ドガァンッ!!
強烈なアッパーカットが魔獣の顎にクリーンヒットする。
巨体が不自然に跳ね上がり、次の瞬間には膝から崩れ落ち、うつ伏せの状態でピクリとも動かなくなった。完全に意識を失った。
まるで漫才のような破天荒な一連のやり取り。
それを目の前で見せられたクーデリカは、張り詰めていた心の緊張がぷつりと切れた。
「……ふっ、あはは! なんだそれ……っ」
クーデリカは思わず笑い出していた。その笑顔には、安堵からか、うっすらと涙が浮かんでいる。
「……き、規格外すぎるッス……」
地面に倒れたままのロビンも、痛みを忘れて呆然と呟くしかなかった。
「遅ーーーーーいっ!!!」
その時、不満と怒りの全てを足に込めたフェリスが、弾丸のような勢いでリューネの背中に飛び蹴りを叩き込んだ。
「ぶふっ!? なにすんだよフェリス!」
「リューネ、遅すぎだよ! 一体何をしてたの!」
背中を押さえるリューネに、フェリスが激怒しながら詰め寄る。
「しょうがねえだろ! だって、お前が言ってた"スモーキズ"のアジトを片っ端から探しても、どこにもいねえんだよ!」
リューネは髪を乱暴に掻きむしりながら弁明を始めた。
「で、どうしようかなーって考えてたらさ、この天才リューネちゃんは閃いちゃったわけよ」
「閃いたって、何を……?」
「コイツ、確か最初に魔獣に追われてたろ? その魔獣は、一回目を付けた獲物はどこまでも追いかけていく習性がある」
リューネは気絶した魔獣の頭をポンポンと叩いた。
「だったらさー、先にその魔獣を見つけて、そいつに探させれば早いじゃん、って!」
「天才というか、悪魔的発想だよ……」
物陰から追いついてきたルナが、完全に呆れ果てた口調でツッコミを入れる。
「そこからなんだかんだあって魔獣を見つけてさ、ガウの匂いを嗅がせて追わせたってわけ」
リューネはガウハウスにあったお気に入りのタオルを指先でブラブラさせながら説明を続ける。
「そしたらコイツ、優秀だからすぐガウが拉致られてるアジトを見つけたんだよ。たださ、そこにいた奴ら、うちの学園の制服じゃなかったんだよな~」
「え……?」
「なんかわけわかんなかったけど、見つかった瞬間ガチで襲ってきたからさ……。全員ボコボコにしてやった」
リューネは何でもないことのように拳を振る。
リューネたちの会話を近くで聞いていたジェディーは、ここで完全に自分の作戦が失敗に終わったことを理解した。
「なんや、見つかってもうたんかー……。水の連中も、口ほどにもない使えん奴らばっかりやなぁ。うちらの幹部もやられてもうたみたいやし……。やっぱ、最後に信じられるのは自分だけってやつやな~」
ジェディーの纏う煙が、これまでの飄々としたものから、一気に冷酷で不気味な密度へと変質していく。
首を鳴らしながら、ジェディーはミランダを見据えた。
「さて、ミランダはん。仕切り直しや。こっからは小細工なしの、ガチンコ勝負といこか」
ミランダは冷徹な視線をジェディーに返し、氷の魔力を周囲に展開する。
「何か裏で仕込んでいるなとは思っていたが……ずいぶんと小賢しい真似をしてくれたものだな」
そしてミランダは、ガウを抱きしめている後輩へと一瞬だけ視線を向けた。
「クーデリカ。お前には聞きたいことが山ほどある。だが、それはコイツを血祭りに上げてからだ」
「上等や、受けて立つでぇ!」
ジェディーの煙が爆発的に広がり、ミランダの絶対零度の冷気がそれを迎え撃つ。
二人の最高幹部による、壮絶なバトルの幕が、再び切って落とされた。




