第26話
覚悟を決めたクーデリカが到着した場所では、既にミランダとジェディーが一進一退の攻防を繰り広げていた。
「相変わらずえげつない魔法使いはるなぁ、ミランダはん!」
飄々とした声を響かせながら、ジェディーの手から放たれた無数の「灰色の煙の蛇」が空を滑るように現れ一直線にミランダを襲う。
氷の盾を作り出し、その攻撃を防ごうとするが、盾の脇をするりとすり抜け、ミランダに巻き付こうとする。
「鬱陶しい」
ミランダが冷たく言い放ち、地を踏み締める。その瞬間、彼女を中心に絶対零度の冷気が爆発的に吹き荒れた。
空間そのものを凍らせるような氷魔法に、襲いかかる煙の蛇たちは、ミランダに届くよりも早く、一瞬にしてガチガチに凍りつき、氷の彫刻へと変えられていく。
「砕け散れ」
凍りついた蛇を蹴ると鋭利な氷の破片となってジェディーを襲った。
「おっと、危ない危ない」
ジェディーの身体が揺らめき、煙へと霧散する。直後、氷の雨をすり抜けたジェディーがミランダの真上に現れ、巨大な煙の質量塊を砲弾にして猛然と降り注がせた。
ドォゴオオン!!
激しい衝撃音が戦場に響き渡る。煙が晴れると、そこには薄い氷のドームの中にたたずむミランダがいた。
トップ二人による、一歩も引かないハイレベルな戦いがこの空間の熱気を一段階引き上げていた。
二人はいったん距離をとると、それぞれがクーデリカの存在に気づく。
「クーデリカ無事か?ほう、お前にそこまでの傷を負わすとは、なかなかの相手だったようだな。ほかのメンバーはどうだ?」
ミランダが労いながら状況を確認する。
「わからない。でもたぶん大丈夫」
「そうか。ならお前はそこで見ていろ」
二人の会話を黙って聞いていたジェディーだが、沈黙の意味はクーデリカが一番わかっていた。
『早くやれ』
そう言わんばかりの冷酷なプレッシャーを、肌が、細胞が、恐怖と共に感じ取っていた。
再度始まった二人の戦いがさらに熱を帯びていく。
心の迷いは、吹っ切れたはずだった。
しかし、クーデリカの身体は動かなかった。
ミランダへの想い。夜会への想い。アーシェントレギオンの仲間たちへの想い。
そして、ガウへの想い。
全ての想いが胸の中で激しく衝突し、引き裂かれそうになる。
それでも、クーデリカは意を決して右手を掲げた。狙いは、ジェディーとの戦いに集中しているミランダの背中。
(……ミー、ごめん)
全魔力を込めた磁力魔法が、狂暴な牙となって放たれようとした、その瞬間。
「ダメッスーーー!!」
全力の磁力魔法をその身に浴びて地面に叩きつけられたのは、ミランダではなく、二人の間に文字通り命懸けで飛び込んできたロビンだった。
ドンッ!と、凄まじい衝撃とともにロビンの小柄な身体が地面へと叩きつけられる。
「グハッ……!」
あまりのダメージに、ロビンはその場に激しくうずくまり、苦痛に顔を歪めた。
「……な、んで……っ!?」
自分の決意を込めて放った魔法を邪魔された驚き。それ以上に、身を挺してミランダを庇ったのが"まさかの人物"だったことに、クーデリカは動転し、慌てて磁力魔法の出力を解除した。
カタカタと震える足でロビンに近づき、必死に声を絞り出す。
「どうして……こんなこと、する……?」
ロビンは口元の血を拭い、涙を浮かべながら、真っ直ぐにクーデリカを見つめ返した。
「ボク……煙の中で、クー先輩と、ジェディーの話……全部、聞いたッス……」
「ロビン……。あの時……」
「先輩っ……。どんな理由があっても、レギオンを裏切るのは、絶対にダメッス……!!」
ロビンは痛む身体を無理やり引きずり、クーデリカの服の裾を掴んだ。
「クー先輩は、覚えているかわからないッスけど……。ボク、昔、先輩に助けられたッス。恩人の先輩が……ボクの居場所になってくれた先輩が、レギオンからいなくなるのは嫌ッス……!」
クゥ
「ごめん……。ロビン……。ロビンの気持ち、わかった。……でも、これは、ワタシが……」
「どうしても、ッスか?」
「……うん」
カー
クーデリカの悲痛な拒絶に、ロビンはボロボロと涙をこぼしながら、ぽつりと呟いた。
「じゃあ……ボクが、やるッス」
「……っ!?」
唐突なロビンの言葉に、クーデリカは言葉を失った。
「クー先輩がレギオンからいなくなるくらいなら、ボクがレギオンを抜けるッス。そして、ジェディーに助太刀するッス……!」
クゥーー
「な、に……言ってる?……」
「そうすれば……クー先輩は、裏切り者にならずに、ここに残れるッス……!」
「そんなこと、したら……ロビンが……」
クーーーコーー
「大丈夫ッス。もともと自分は、一匹狼だったんで。元の生活に戻るだけッス……」
ロビンは、寂しそうに、だけど宝物を思い出すように笑った。
「レギオンでの生活、本当に楽しかったッス。ちょっと寂しいっすけど、夢を見てたと思ったら、何も問題ないッス。とても、楽しい夢だったッス。でも、夢はいつか覚める。長い間眠ってて、目が覚めたと思えばいいだけッスから……!」
気づかないうちに、自分の背中を、こんなにも真っ直ぐに慕ってくれていた後輩がいた。
そんな後輩から、ようやく手に入れた温かい居場所を奪うなんて、絶対にできない。
クーデリカの胸の奥から、静かで、冷たい怒りが湧き上がった。その矛先は自分と同じ思いを後輩にさせてしまった自分自身に向けられていた。
(……そんなこと、させない)
コエルカーーー
「先輩……?」
(これは、ワタシの問題。ワタシが、決めたこと。……ロビンでも、邪魔、させない)
これ以上、ワタシの問題に、誰も巻き込ませない。
ロビンの必死の制止を無視し、新たな、そして本当の覚悟を固めたクーデリカが、再びミランダに向けて磁力魔法を放とうとした――その刹那。
グォォォォォゥゥゥゥゥ!!!!!
大気を、大地を、戦場そのものを激しく震わせる、圧倒的な魔獣の咆哮が支配した。
その場にいた全員の身体が硬直し、動きを止め、本能的な恐怖とともに咆哮の主へと目線を向けた。
「なんだ!?」
「なに……!?」
「なんや、今の……?」
「なんだ今のは……!」
ミランダも、ジェディーさえも拳を下げ、その規格外の咆哮の意味を探すように視線を走らせる。
「ルナ! あれ……っ!!」
「あっーーー!」
物陰に隠れて動向を見守っていた二人が、思わず身を乗り出して指を差した。
その視線の先。
誘拐されたはずのガウを片腕でしっかりと抱え、凶暴な大型魔獣の背に乗った銀髪の少女。リューネが、猛烈な勢いでこちらへ突っ込んできながら、クーデリカに向かって大声で叫んでいた。
「コラーッ!! クー子!! さっきから何回も呼んでるんだから、返事ぐらいしろーーー!!」




