第25話
「こんなもんじゃないよな! お前の力は!」
またしても三体同時の猛攻を見せるダリアに対し、防戦一方を装いながら、クーデリカは密かにある検証を実行していた。
(ダメ……)
(これも、ダメ……)
(全員、手応え、ない……?)
ダリアの連撃を避けつつも、あえて効果のない磁力魔法を使い続ける。
「まさかこれで終わりか? レギオンの二番手がこんなんじゃあ、頭のミランダの実力もたかが知れてるな!」
普段なら、ミランダを悪く言われた時点で、立ち上がれなくなるまで痛めつけていた。しかし今のクーデリカは、それを無視する。それほどに、意識を解決の糸口に回して、頭をフル回転させている。
(もしかして……)
ダリアの嘲笑が響く中、ついにその『不自然さ』の正体を突き止めたクーデリカは、場を仕切り直すように、大きく距離を取った。
「気づかれないよう、全員に磁力魔法、使った。でも、効かなかった。本体、いないんじゃない。お前、分身を纏って中に隠れてる」
ダリアは余裕の表情を崩さず、勝利宣言ともとれる種明かしを始めた。
「気づいたかい。そうさ、三体とも『分身』だ。だが、私はその分身を纏って入り込んでいる。分身の殻を被ることで、あんたの磁力魔法の効果を無効化してるのさ」
ダリアは残忍に笑い、再びじりじりと間合いを詰める。
「ネタが分かったところで、あんたの魔法が効くようになるわけじゃない。さあ、レギオンの誇りごと砕いてやるよ!」
磁力魔法が効かない謎は判明した。しかし、その解決策はまだ見いだせていなかった。突破の糸口を見つけられないまま、クーデリカは致命的な一発はもらわないものの、徐々に体力と魔力を削られていく。
「くっ……」
ピンチが続く中、ふと、あることが頭をよぎる。
(こんな時、あいつなら……)
頭の中に浮かんだのは、野生の勘を頼りに本体を見抜いて、ぶん殴るリューネの姿だった。
(ピンチの時に出てくるの、ミーじゃなくてリューネ……)
(あいつに、毒されてきた……)
自分自身でも思いもよらない出来事に、自然と口元から笑みがこぼれる。
「何がおかしい?」
隙を突いた重い一撃が、クーデリカの腹部を深く捉えた。
「カハッ……!」
衝撃で息が止まり、そのまま後方へと激しく吹き飛ばされる。
ダリアが足早に近づき、地面に倒れたクーデリカの胸ぐらを乱暴に掴み、強引に持ち上げた。
「さすがのお前も、一巻の終わりだな」
「フフッ……」
「……ついに頭がイカレたか」
痛みに耐えながら、さらに不敵に笑うクーデリカを、ダリアは訝しげに睨みつける。
「お前を倒す方法……浮かんだ、だけ」
「強がりを! 楽にしてやるよ!」
「これで終わりだぁ!」
ダリアはクーデリカの身体を地面へ放り投げると、即座に三人に分身を展開し、トドメの一撃を差そうと同時に飛び掛かった。
その瞬間。三体のうち、一人の足元だけがガクンと不自然に地面へと激しく吸い寄せられた。
「な、にっ……!?」
「それが……本体」
クーデリカは迫る二体の攻撃をヒラリと最小限の動きでかわすと、体勢を整えようと必死に立ち上がりかけていた本物のダリアの顔面に、磁力で極限まで加速させた己の拳を叩き込んだ。
「――が、ぁっ!?」
強烈な衝撃とともに、ダリアの体が弾け飛ぶ。彼女は周囲の木箱や金属の束に激しく衝突し、凄まじい音を立てて大量の瓦礫を作り出した。
「なぜ……磁力魔法が、効いた……? 私の魔法は、完璧だった、はず……っ」
ダリアは足を震わせながら、どうにか立ち上がる。封じていたはずの磁力を受けた謎が、どうしても理解できない。
「お前の魔法、強かった。最後まで、本体、わからなかった」
「じゃあ、なぜ……!」
「さっき、掴まれた。あのとき、お前のポケットにガウの抜けた牙、忍ばせた。魔獣の牙は魔力をよく通す。それを磁力で強く引いた」
「な、に……っ!?」
クーデリカは静かに、冷徹にダリアを見据えた。
「終わり」
ダリアとの衝突で生み出された周囲の瓦礫に、一斉に濃密な磁力魔法が込められる。瀕死のダリアに向けて、無慈悲なトドメの追撃が牙を剥いた。
「クソがぁぁぁ!!」
ダリアは最後の力を振り絞って再び分身を作り出すと、クーデリカに向けて死に物狂いで走り出した。ダリアの拳が瓦礫を砕き、強引に突き進む。
しかし、クーデリカは冷静だった。ダリアの足元に転がる無数の鉄筋を、磁力で急浮上させる。
「そんなもの!」
ダリアがそれを殴り飛ばそうとした瞬間、網のように広がった鉄筋が意志を持つように複雑に絡み合い、三体の動きを同時に完全に封じ込めた。
「クソっ! 動けない……っ!?」
その隙を見逃さず、クーデリカは周囲の瓦礫を全方位から一気に集約させ、巨大な質量の塊を作り出すと、身動きの取れないダリアへと叩きつけた。
激しい衝撃音と共に、ダリアの防御障壁が完全に限界を迎える。
「あ……っ、が、ぁぁぁーーっ!」
彼女の絶叫は轟音にかき消され、その体は重厚な瓦礫の山へと深く沈んでいった。
激しい地鳴りが止み、静寂が戻る。
「ふぅ……。疲れた。あいつなら、三体とも、まとめてやっつける。真似してみたけど、このやり方すごく疲れる。もう、やらない……」
クーデリカが勝利を収めたその直後、不自然な灰色の煙が彼女の周囲を包み込んだ。
「大丈夫や。緊張せんでええ。これはあんたを攻撃する魔法やない。ちぃーとばかり、話がしたくてな」
聞き覚えのある、粘りつくような声。
「この煙の中では音は外に伝わらんようになっとる。安心して会話できるで」
クーデリカはその言葉を真に受けず、警戒を強める。しかし、背後から音もなく伸ばされた手が彼女の肩に触れ、耳元でジェディーの吐息が漏れた。
「クーデリカちゃーん。うちのもん、やってくれてるやんか。ちょぉーっと、話が違うんちゃうかなぁ?」
警戒を突かれ、後ろを取られた驚きを押し殺し、クーデリカは冷たく返す。
「向こうが、先に手を出した。正当防衛」
「まあ、あんたがやられてもうたら、あの『作戦』はおじゃんになってまうからな。うちのもんにも、あんたには手を出すなと言っといたんやけど……」
ふざけたようなジェディーの表情が、一瞬で凍りつく。
「クーデリカ。次はないで。うちは今からミランダのところに行く。わかってるな? それが、最後のチャンスや」
ジェディーの指先が、クーデリカの頬を冷たく這う。
「優しい優しいクーデリカちゃんは、可愛い可愛い魔獣ちゃんに残酷なことはせえへんと期待してるで~」
普段の飄々とした態度に戻ったジェディーとは対照的に、クーデリカの顔は絶望にこわばった。
「そんなに気張らんと。よろしゅう頼むわぁ」
最後通牒とも取れる言葉を遺し、ジェディーは霧散していく煙とともに姿を消した。
煙が晴れた場所に、クーデリカは一人、石像のように立ちすくんでいた。
覚悟を決める時が来た。
逃げ場のない決断を迫られ、クーデリカは血が滲むほどに唇を噛み締めると、乱戦の渦中、ミランダのもとへと走り出した。
だが、彼女たちは気づいていなかった。
その煙の中に、もう一人の人影が潜んでいたことに。




