第30話
終わった。
しかし、そこに勝利の歓声はなかった。戦いを終えた安堵も、激戦を乗り越えた余韻もない。
そこにはただ、理不尽な魔力の渦に巻き込まれ、傷つき倒れた者たちと重苦しい沈黙が広がっているだけだった。
「あのカプセルの件、頼む」
「わかりました」
ミランダは部下へ小さく耳打ちをする。
「さて……」
瓦礫を積み上げて作った椅子に腰掛けると、まだ動ける者たちは自然とミランダのもとへ集まってきた。
そこには、アーシェントレギオンの幹部全員が揃っていた。
「クーデリカ。わかっているな」
重い口を開いたのはミランダだった。
「うん」
クーデリカは短く答える。
言葉を交わさずとも、お互いに何を意味しているのか理解していた。
「待ってください! くーちゃんは――」
「部外者は黙っていろ」
幹部のエイミーが鋭い眼光と厳しい口調でルナを制した。
だが、その表情には苦悩の色が滲んでいる。
「でも……!」
「ルナ……」
なおも食い下がろうとするルナの肩にそっと手を置き、フェリスはそれ以上言葉を続けさせまいとする。
「でも! リューネも何か言って!」
「……」
リューネは黙ったまま、ただ静かに、その光景をじっと見つめているだけだった。
「ルナ。これはアーシェントレギオンとくーちゃんの問題だから……。私たちがどうこう言える立場じゃないよ……」
フェリスの言葉には、悔しさを押し殺したような響きがあった。
幹部たちの視線が、再び中央の少女へと集まる。
ミランダが冷徹に告げた。
「言わなくてもわかっていると思うが、あえて言う」
ミランダは静かにクーデリカを見据える。
「お前は仲間にその力を使った」
「それは……ボクがドジして当たっちゃっただけっス」
ロビンが慌てて庇おうと声を上げるが、エイミーは無言で手を上げ、それを制した。
「お前は隠れて魔獣も飼育していた」
「アーシェントレギオンの掟を忘れたわけではあるまい」
ミランダの淡々とした宣告が続く。
「……うん」
クーデリカは小さく頷く。
「仲間を裏切らない。そして法を犯すことはしない。それが私たちの掟だ」
「そうだ。魔獣の飼育は法律違反だ」
ミランダは冷静に、だが一切の情を交えず言葉を続ける。
「アーシェントレギオンは規律を重んじる夜会だ。どんな理由があったにせよ、お前が夜会を裏切ろうとした事実は変わらない。そして違法に魔獣を育てていた」
「そんな者を、この夜会に置いておくわけにはいかない」
「くーちゃん……。あんなに辛い思いをして、体もボロボロになって……。やりたくてやったわけじゃないのに……。そんなのあんまりだよ……!」
ルナの悲痛な叫びが、冷え切った戦場に虚しく響いた。
「――クーデリカ。お前をアーシェントレギオンから除名する」
それは、すべての終わりを告げる決定的な一言だった。
「これは夜会の掟だ。その重さは、お前自身が誰よりも理解しているはずだ。それでもお前は、掟ではなく、己の道を進んだ」
ミランダの言葉を、クーデリカは静かに受け止める。
「うん。……わかってる」
クーデリカは静かに頷いた。
異議も、釈明も、引き下がる様子もない。ただ、自分の選択に対する覚悟だけがその短い返事に込められていた。
ミランダはそんなクーデリカをしばらく見つめた後、ふっと張り詰めていた眼差しを僅かに和らげ、懐かしむように目を細める。
「お前と出会ったあの日。私が手を差し伸べた時、お前には何もなかった。居場所も、仲間も、信じられるものも」
「だが、ここへ来てお前は変わった」
ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「そして今も、変わり続けている。お前はもう、あの時の弱く空っぽだったクーデリカではない。ここを出て行っても、今のお前なら、もう大丈夫だ」
ミランダは、クーデリカの背後に立つリューネたちに視線を投げかける。
「幸い、お前には共に同じ道を進む友ができた。それは誰かに与えられたものではない。お前自身が、お前自身の意思で掴み取った、大切な絆だ」
「ミー……」
「お前がこれからどうするかは知らん。だが――」
「……ワタシ」
遮るように、クーデリカが口を開いた。彼女の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「こういう形、なっちゃった。……ワタシ、ミーには、まだ何も返せてない。あの時、ワタシのこと、救ってくれたのに」
何も返せないまま、裏切る形で去らねばならない悔しさと申し訳なさが、その小さな胸を締め付けていた。
しかし、ミランダは呆れたように短く息を吐いた。
「何を言っている。私は、見返りをもらおうと思ってお前をここまで連れてきたわけではない」
そして、これまでにないほど力強く、しかしどこか誇らしげな笑みをその薄い唇に浮かべる。
「テッペンを目指すなら、いつか必ず交わるだろう。……その時は、お前の全力を私にぶつけてこい。それが、私への唯一の恩返しだと思え」
その言葉は、追放宣告でありながら、ミランダが愛弟子へ贈る最大の「激励」だった。
「……うん」
クーデリカはそれ以上何も言えなかった。
ただ、静かに目を潤ませながら、大きく頷く。
これ以上ここに留まることは、レギオンの規律が許さない。
「くーちゃん、行こう」
フェリスが静かに諭した。
その場にいたアーシェントレギオンのメンバーは、誰一人として声をかけなかった。いや、かけることができなかった。
誰よりもクーデリカを慕っていたロビンすらも、悲痛に顔を歪めて拳を握りしめるだけで、言葉を紡ぐことはできない。
それが、掟を破った者を見送る彼らのルールであり、ただ見送るだけがせめてもの花道だった。
クーデリカは腕の中のガウを抱き直すと、ゆっくりと、自分がこれまでいた場所を背にして歩き出す。
一歩進むごとに、それはレギオンとの真の決別を意味していた。
一同が歩き出す中、ミランダはその最後尾を歩く銀髪の少女の背中へと、静かに声をかけた。
「リューネ……。いや、なんでもない」
その声を受けたリューネは、振り返ることも、言葉を返すこともしなかった。ただ、背を向けたまま、片手を軽く上げ、それだけを返事代わりにして歩き続ける。
『分かってる』
ただそれだけの意志を示す、彼女らしい無骨な後ろ姿だった。
こうして、少女の「アーシェントレギオン」での日々は静かに幕を閉じ、新たな旅路が始まろうとしていた。




