第19話
「ガウちゃんも、そろそろクーデリカちゃんから食べてくれても良いのにね?」
「……フェリス。その呼び方、やめてほしい……」
「えー! なんでー! 可愛いじゃん。絶対ちゃん付けの方が良いよ! クーデリカちゃん、普段から表情が暗いんだから、名前くらい明るく呼ぼうよ!」
「……ワタシ、暗い……?」
フェリスの強引な押しと、意外な正論にクーデリカがたじろぐ。
「ガウちゃんと戯れてる時は、あんなに明るいのにね」
ルナが無自覚にダメ押しをした。
「……っ。暗い、違う。……クール、と言ってほしい」
「こいつに『ちゃん』なんていらねーだろ。クー子でいいだろ、クー子で」
リューネがニヤニヤしながら茶化す。
「……それ、ちゃんより嫌い」
「あ、クー子良いかも! じゃあクー子ちゃんにしよ! それともクーちゃんがいいかな~?」
「嫌がりながらでも、なんだか楽しそうだよ、クーちゃん」
「……レギオンでは、こんなことなかった。……いつの間にか、クーちゃん……?」
自分の意見が全く通らず、勝手にあだ名をつけられたことに不服そうではあるが、クーデリカの口元には微かな笑みがこぼれていた。
そんな他愛もない会話を楽しみながら、一行はいつもの橋の下へと向かう。
「ガウ、元気か……?」
橋が見えると、クーデリカは声を弾ませて小走りに駆け寄った。
だが、視界に入った光景に彼女の足が止まる。そこには、馴染みのある制服を着た数人の女生徒が、ガウの住処である箱を囲んでいた。
「……なんだ、テメェら」
嫌な予感を察知し、後から追いついたリューネが鋭く声をかける。
「おぅ、お前らが銀髪の転校生と、レギオンのクーデリカだな。待ってたぜ」
答えた生徒の手には、無造作に掴まれたガウの姿があった。
「……お前、ガウに何してる」
クーデリカの怒りが一気に沸点に達した。今にも襲いかからんとする魔力が、彼女の周囲で重く渦巻いた。
「おおっと、待ちな、お嬢ちゃん。こいつがどうなってもいいのか?」
相手はガウの首根っこを片手で吊り上げると、魔法で生成した鋭利な石をその喉元に突きつけた。
「この……っ!!」
「お前さんには、ちぃーーとばかり頼みたいことがあるんや」
集団の中から、ひと際威圧感を放つ女が歩み寄ってきた。
「あいつ……スモーキーズのボス、"幻煙の魔女"ジュディー……!」
フェリスが持ち前の情報網を即座に発動させ、戦慄の声を上げた。
「そのスモーキーズのボスが、魔獣に何の用だ?」
リューネが語気を強めて問う。
「そこのチビさんなら知っとるやろ? うちら、明後日にアーシェントレギオンとやりあうんや。そこで、幹部のクーデリカに折り入ってお願いがあってな」
「……お願い……?」
「そ。アンタんとこのボス……ミランダを、後ろからブスッといって欲しいんや」
静まり返る橋の下に、女の下卑た笑い声が響く。
「なにも寝込みを襲えなんて難しいことは言わん。夜会同士の抗争は乱戦になるからな。そこに紛れて、ミランダに一発入れてほしいんや。……あぁ、一発っちゅうのは言葉の綾やで? 弱パンチ一発やなくて、致命傷にならん程度の、深い隙を作ってくれっちゅうことや」
「……アーシェントレギオン……ミーを裏切れ、と言ってるの……?」
「ま、簡単に言えばそういうことやな」
ジュディーは楽しそうに、受け取った鋭利な石をガウの皮膚へと近づけた。
「賢いアンタならわかるやろ? この頼み事を断ったら、こいつがどうなるか……」
「ふざけんな!!」
リューネがガウを救出しようと、一気にジュディーとの距離を詰め拳を叩き込む。だが、手応えはなく、彼女の姿は煙となって霧散した。
「おぉー怖。転校生君は噂通り喧嘩っ早いわぁ。……今の、うちの魔法や」
少し離れた場所から、再びジュディーが姿を現す。
「君、ちょっと頭足りてないんちゃう? 次同じことしたら、この魔獣の傷が増えることになるで」
「リューネ! さすがに今のまずいよ!」
激情に駆られるリューネを、ルナが必死に押しとどめる。
「そもそも、君は夜会のメンバーでもないし、クーデリカに義理立てする必要もないやろ? お互いミランダの首を狙う者同士、仲良くやろうや」
「テメェと一緒にするんじゃねぇ! 誰がこんな卑怯な真似するか!」
「卑怯なんて誤解やわぁ。……『作戦』と言ってほしいな。弱点を晒したそちらさんと、その弱点を突くうちら。そんな甘いこと言うとったら、テッペンなんて取れんで?」
ジュディーは勝ち誇った顔で、背を向けた。
「これ以上おったら何されるかわからんしな。そろそろお暇させてもらうわ。……クーデリカ、賢い君なら最善の選択をすると思ってるよ。あ、探そうなんて思わんことやね。ほな、さいなら」
そう言い残すと、全員が煙と共に消え去った。ガウを連れ去ったまま。
静寂が戻った橋の下で、ずっと怒りを殺し、押し黙っていたクーデリカが口を開いた。
「……油断した。……ワタシのせい。みんな、関係ない。帰って……」
「そんな冷たいこと言わないでよ! もう私たちだって無関係じゃないよ!」
ルナが、悲しみを堪えた強い口調で詰め寄る。
「……ごめんね。冷たく聞こえるかもしれないけど」
フェリスが、震える声で現実を口にした。
「魔獣と夜会を天秤にかけたら……。ミランダさんを裏切ったら、夜会にはいられなくなるし、学園での立場も終わっちゃう。それなら……」
「フェリス!」
ルナがそれをたしなめる。フェリスの言い分は正論だが、今のクーデリカに突きつけるにはあまりに酷な選択だった。
クーデリカは力なく首を振り、空っぽになったガウの箱を見つめた。
「……あの子、昔のワタシと一緒。……放っておけない……」
そうポツリとこぼすと、彼女は誰に聞かせるともなく、自身の過去を語り出した。




