限界オタクが年長者に説得を任せてみたら
「聖女の話は両者共、〝聖女勉強会〟を受けるということで決まりじゃな」
シュタインボックは杖で床をトントン、と叩く。
「では、本来の議題へと移ろうではないか」
「……姉聖女の件は重要ではないと言いたいのか?」
ベリエがシュタインボックを恨めしげに睨みつける。
「そうではない。聖女を追放する件は、既に答えが出ておった。追放は、絶対にあり得ぬ」
シュタインボックが杖で床をドン、と叩く。
「……しかし、どちらの聖女の行動も看過出来ぬようじゃから、解決策を出した。それだけじゃ」
ぐ、とベリエは口から音を出す。
「初めから……シュタインボック様はリブラ殿と手を組んでいたのだな」
「手を組む? 何故、そういう考えに至るのか。若者の心は老いぼれにはわからぬものよのう……」
そう言いながら、シュタインボックは顎を指でかく。
「初めから、姉聖女を追放しないつもりだったんだろう」
「そう言っておろう」
シュタインボックは腕を組む。
「良いか、若人よ。【星の聖女】の扱いは昔から変わっておらぬ」
【星の聖女】は、突然異世界に呼び出される。
両親や友人から強制的に離され、異世界の地で恐ろしい魔物と戦えと命じられる。
「【星の聖女】の恐怖は計り知れないものじゃ。わしら【星の守護者】は、聖女の支えとならねばならぬ」
シュタインボックはベリエの顔を見やった。
「そなたが妹聖女・ヒナを支えるように、姉聖女・イオリも同じように支えねばならぬじゃ」
ベリエは唇を噛んだ。
「……こんなことは言いたくないが、姉聖女はヒナ様に害する恐れがある。ヒナ様を守るためにも、二人は引き離さなければならない」
「だから国外へ追放しろ、と? くく。引き離すだけなら、国外でなくとも良いではないか。何故、国外でなくてはならぬ?」
「それは、国内にいたら安心出来ない、と──」
ベリエはそこで口ごもった。
彼の目線はヒナに向く。
「誰が言うたんじゃ? 言うてみよ」
「……ヒナ、が……」
「やはりな。姉聖女の国外追放など、そなたの意見ではないと思っておった。知識やスキル──身を守る術を持たぬ小娘を国外へ追いやったらどうなるか、そなたは知っておろう?」
ベリエは口をもごもごとさせた。
「一日と持たず、魔物に殺される……」
「殺されるだけなら、まだ救いがあるのう」
シュタインボックは笑う。
「生きたまま体を八つ裂きにされ、皮を剥がれ、血肉を啜られ……死に至るまで、それが続くやもしれん。奴らには女子供など関係ないぞ」
ベリエは黙り込んだ。
「そなたが妹聖女・ヒナを想う気持ちはようわかる。しかし、妹聖女は国外の危険性を理解しておらぬ。自身の一声で姉が国外へ追いやられ、魔物に惨たらしく殺されたと知ったら、彼女はどう感じるじゃろう?」
「自分を……一生恨むかもしれない……」
シュタインボックは「わかっておるではないか」と頷いた。
「この世界の住人であるわしらが、良い方へと導いてやらねばな」
ベリエは押し黙って、席につく。
シュタインボックは「それでいい」と頷いた。
「自分を恨む訳ないじゃない!」
ヒナはテーブルの上に手をついて立ち上がる。
「ヒナはお姉ちゃんが遠くに行ったら安心するわ! ベリエ王子! 騙されないで!」
「妹聖女・ヒナよ。そなたは姉を取り戻すため、【星の守護者】を伴い、【墓場の森】へ行ったのじゃろう?」
「そ、それが何よ。お姉ちゃんが心配だったの! 悪い!?」
「何も悪いことはない。そなたには、姉を想う気持ちがある」
ヒナは否定も、肯定もしない。
否定したら、ヒナの印象が悪くなる。
肯定したら、姉を追放しようとしている今の言動や行動と矛盾してしまう。
「危険を覚悟で助けに行った姉に拒絶され、相当ショックだったじゃろう。故に今、姉を追放せんとしている。……しかし、側から見れば、そなたは意地を張っているようにしか見えん」
「意地なんて張ってな──!」
しー、シュタインボックは唇に指を当てて、静かに、と言った。
「今は答えを出さんで良い。少し時間を置こう。その間、気持ちの整理をつけるのじゃ。本当に気持ちが、自ずと見えてこよう……。そのときに、結論を出すのじゃ」
ヒナは悔しそうな顔で黙り込んだ。
ただでさえ、姉の貯金を盗んだ疑惑があるのだ。
これ以上食い下がったら、ヒナの好感度は地に落ちる。
今は、シュタインボックの提案に乗っかるしかない。
──流石、シュタインボック様。最古の【星の守護者】は伊達じゃない。ベリエ王子とヒナを完全に黙らせた……。
シュタインボックは我の強い歴代の【星の守護者】達と関わってきている。
彼が他の【星の守護者】と大きな争いを起こした記録はない。
むしろ、【星の守護者】同士の諍いを諌めてきた記録があるくらいだ。
そのコミュニケーションの高さはおそらく、人生経験から来るものだ。
今や、【星の守護者】の相談役を担っている。
しかし、彼が【星の守護者】のまとめ役になることはほぼない。
「老いぼれがでしゃばる時代ではなかろう。時代を動かすのは、いつだって若人じゃ。若人に未来を託そう」
そう言って、一歩引いたところで、【星の守護者】を見守っている。
現在は、【天秤座の守護者】リブラがまとめ役をしている。
──シュタ様が味方になってくれるなら心強い。このまま、ノヴァくんの件も認めてくれたら良いけど……。
 




