兄の懺悔・最初の罪
リブラとノヴァの生家──アルタイル家は名の知れた名家であった。
代々大神官を数多く輩出し、星の神教団の中では強い権力を持っていた。
その末孫──リブラとノヴァも大神官となるべく、物心つく前から高度な教育を受けていた。
リブラのそばには、一日中、家庭教師がついていた。
とはいえ、一日中同じ家庭教師が教えるのではなく、次から次へと、違う分野の家庭教師が二人に様々なことを教えた。
神を信仰する家の子として聖典の暗記は勿論のこと、名家の息子としての礼儀作法を体に叩き込まれた。
剣術、合気道などの武道を教えられたと思ったら、ピアノやバイオリンなどの楽器や社交の場で披露するダンスも教えられた。
起きている時間の大半は学習に消えていった。
おそらく、弟のノヴァも同じような教育を受けているのだろう。
たまに見かけるノヴァは、一生懸命、家庭教師の話を聞き、出された課題に向き合っていた。
幼いながらに過密なスケジュールで動いていた二人は、顔を合わせること自体少なかったように思える。
そうして、リブラとノヴァの二人は、何処に出しても恥ずかしくない、神官一家の兄弟になっていった。
そんな中、将来、大神官となるのは確実、とまで言われていたのは兄のリブラであった。
大神官となるには、教養の高さと神への信仰心が必要である。
信仰心の高さを示す指標は、固有スキルの比重が非常に大きい。
固有スキルは星の神から与えられたものと言われ、信仰心が高ければ高いほど、優秀なスキルの使い手になると言われている。
リブラは早々に固有スキル《正義の秤》を発現し、使いこなした。
そして、王国一の学園に入学し、好成績を収め続けていた。
一方の弟のノヴァは、固有スキルの発現さえしていなかった。
「長男が優秀な固有スキルを発現させたのだ。次男もそうに違いない」
両親はノヴァに大きな期待を寄せていたと思う。
リブラが優秀なスキル使いだったから尚更。
リブラと同等、否、それ以上の固有スキルを発現させるだろうと。
固有スキルの発現が遅いほど、両親のノヴァに対する期待は膨らんでいった。
□
両親のノヴァを見る目が変わったのは、ノヴァが固有スキルが発現してからであった。
ノヴァは神官の親族達に囲まれ、素直で純粋な子供に育っていったように思う。
「お父様、お母様! ノヴァ、固有スキルが使えるようになりました!」
ノヴァは「自分の固有スキルを見せる」と言って、両親と兄をとある部屋へと案内した。
その部屋には今、一匹の猫がいる。
アルタイル家で飼っていた猫だ。
その子は老猫で、先日、老衰で亡くなったばかりだった。
火葬の日取りが決まるまで、生前愛用していたベッドに寝かされている。
猫の前まで来て、ノヴァは言った。
「見ていて下さいね!《死霊の指揮者》!」
ノヴァは固有スキルの名前を詠唱する。
すると、死んだはずの猫が動き出したのだ。
その猫はところどころ毛が抜けており、皮膚が見えている。
猫は確かに死んでいた。
死んだまま、動かされている。
死体を操るスキル《死霊の指揮者》。
ノヴァは意気揚々と、両親と兄の前で、死体を動かして見せたのである。
ノヴァは笑顔で猫の死体を抱き上げ、その姿を見せた。
「どうです? 凄いでしょう!」
ノヴァは笑顔を両親に向け、褒め言葉を待っているようだった。
両親は眉を顰めた。
「死体を操るなんて気味が悪い……」
両親はその言葉と共に、侮蔑の視線をノヴァに向けた。
──そのときのノヴァの不思議そうな顔が忘れられない。
何故、罵られたのか。
何故、そんな目を向けられるのか。
ノヴァは本当にわかっていなかったのだろう。
そのとき、ノヴァはまだ十代前半。
学園への入学試験も控えていた時期であった。
自分が発現した固有スキルが、両親に喜ばれるだろうと疑いすらしていなかったのだ。
──可哀想に。
幼い頃から勉強を強いられ、家から出ることさえ、両親の許可が必要だった。
世間の常識に疎い弟。
もし、ノヴァがもう少し世間を知っていたら。
自分の固有スキルが──死体を操るなどという、恐ろしいスキルが。
神官一家に生まれ、潔癖な両親にとって。
軽蔑の対象でしかなかったと、少しでも予測出来ていたら……。
両親に固有スキルを隠すか、誤魔化すか、出来ていただろうに。
──実に、愚かだ……。
弟の無知さが招いた悲劇。
その当時、リブラは他人事のように思っていた。
□
それから、ノヴァに対する両親の態度は明確に変わった。
言葉を交わすことも減り、社交の場に出すこともなくなった。
そんな彼らを見兼ねて、リブラは両親に苦言を呈した。
「弟を雑に扱うことは世間体が悪いのではないでしょうか」
と。
世間体を何よりも気にする両親にとって、この言葉が一番効くだろうと思って言った。
それでも、両親のノヴァへの扱いは変わることはなかった。
ただ、外の人間に隠れてノヴァを罵るようになっただけだった。
──学園に入学すれば、寮に入ることになる。あの二人と物理的に距離が出来る……。友人が出来れば、ノヴァの味方が増えるはずだ。もう少しの辛抱だろう。
そう思っていたが、その希望は打ち砕かれた。
予定していた学園への入学は、いつの間にかなかったことになっていた。
リブラは驚き、急いで父に理由を聞きに尋ねた。
「不気味なスキルを使う者を外に出したら、アルタイルの名に傷がつく」
「……ノヴァの将来はどうなるのですか。ノヴァは大神官になりたいと言っていました」
──お兄様みたいに好成績を取って、様々な人と交友関係を結んで、立派な大神官になりたいです。
リブラはノヴァがそう語っていたのを思い出す。
──そうすれば、お父様もお母様もノヴァのことを認めてくれますよね。
続けて、そう悲しそうに言っていたことも。
「あれを神官に? 出来る訳なかろう」
父は嘲笑う。
「あの冒涜的な固有スキルを発現した時点で、奴は背神者だ」
「ノヴァは誰よりも真面目に星の神と向き合ってきました。固有スキルだけで背神者と呼ぶのは如何なものかと」
「それが全てだろう。固有スキルは保持者の人柄、これからの人生を暗喩している。あいつはいずれ、星の神に背く。星の神のため、我々はあれを厳重に管理する義務がある」
──星の神のため? 自分達の外聞のためだろう。
リブラは唇を噛み締める。
今はまだ、両親を従わせるほどの権力を持っていない。
ノヴァをこの両親から引き離すことは叶わない。
学園で好成績を収めようと、固有スキルを使いこなそうと、神官の卵という立場では何も出来ない。
今のリブラは無力だった。
──力が欲しい。理不尽に対抗する力が……。




