限界オタクが推しの心境を知ってみたら
翌日。
イオリは朝日の眩しさで目を覚ました。
もう朝か、と思いながら、上体を起こす。
──昨日のノヴァくん可愛かったなあ……。
目を瞑り、昨夜のノヴァのことを思い出す。
嫉妬心で歪む表情。
暗闇に光る鮮やかな色の瞳。
一晩寝た後でも、鮮明に思い出される。
イオリは顔を真っ赤にして、ベッドの上で悶えた。
「この世界にスマホがあれば、写真を撮って何回も見直せたのに……」
イオリは手を動かし、スマートフォンで写真を撮る仕草をする。
ないものねだりをしても仕方がない。
イオリはようやく、ベッドから立ち上がった。
身支度を整えて、リビングに出る。
リビングに人影が見えた。
──朝日が苦手なノヴァくんにしては、随分早起きだなあ。
「おはよう、ノヴァくん──」
その人影をノヴァだと思ったイオリは挨拶をした。
人影が振り返ったのを見て、その人物がノヴァではないことに気づいた。
「リブラさん!?」
イオリは驚いて彼の名前を呼ぶ。
数日家に帰ってきていなかったのに、一体どういう風の吹き回しだろう。
よくよく見ると、リブラの目の前にノヴァがいた。
ノヴァはリブラのスキル《《正義の秤》の剣によって、壁に縫い付けられていた。
「イオリ様、ご無事ですか」
リブラがイオリに尋ねる。
「わ、私は何ともないですけど……。これは一体、どういう状況ですか!?」
「そのゾンビがイオリ様に襲いかかったと」
「何処情報なんです、それ!?」
リブラは懐から一冊の手帳を取り出した。
イオリはそれに見覚えがあった。
──あれは……毎日、ノヴァくんが寝る前に書いている日記……?
「日報です。そのゾンビに書くように命令していました」
──そういえば、そんな命令してたっけ……。
リブラは手帳をパラパラと捲り、最新のページで止めた。
「昨日提出された日報に、『姉聖女様に襲いかかってしまった』と書いてありました」
指でトントンと書かれている部分を叩く。
──なんでそんなこと書いたの!
そう言うかのように、イオリはノヴァを見る。
「だって、事実だろ。お前を押し倒したじゃん」
「馬鹿正直~! 言わなきゃバレないのに! いや、そういうところも魅力なんだけどね!?」
ノヴァは「はあ」とため息をついた。
「人間に襲いかかるのならば、処罰するしかありません。考えるまでもない。《《正義の秤》」
リブラがスキルで複数の剣を召喚し、刃先はノヴァに向けた。
「ちょっ、待っ──」
「ああ。オレを罰してくれ。【天秤座の守護者】さんよ」
ノヴァが諦めたように笑う。
「待って待って! 誤解なんです!」
「何が誤解だ?」
リブラとノヴァの声が被る。
──そんなところでハモらなくて良いじゃない!
「えーと、えーと……」
イオリは考えを巡らせる。
何を言えば、この場は収まるのだろう。
「わ、私が襲いました……。その、ノヴァくんの可愛さに我慢出来なくて」
「何故、すぐにわかる嘘を……」
リブラは呆れる。
「従属契約により、日報に嘘は書けません。このゾンビが貴女に襲いかかったのは事実でしょう」
「私、何処も怪我なんてしてません!」
「怪我をしている、していないに関わらず、人間に襲いかかったことが問題なのです。わかるでしょう」
「そ、それはわかりますけど……! リブラさんは、本当にそれで良いんですか!?」
リブラは首を横に振る。
「最初からこうすべきだったのです。イオリ様の保護を最優先に考え、そのゾンビをただ利用するだけだったのに」
リブラは眼鏡を外し、手のひらで目を覆った。
「やはり、魔物を王国に入れるべきではなかった」
イオリも、ノヴァも、顔を歪めた。
ノヴァは自分の存在がリブラの苦しめていることだけわかっていた。
自分の弟、という肩書きが邪魔をして、リブラは適切な判断が下せないのだと思っている。
対して、イオリはリブラの本心をわかっている。
「リブラさん、行方不明になったノヴァくんを捜していたんですよね? それも、ごく最近まで」
イオリの言葉に、ノヴァは目を見開いた。
イオリはリブラの苦悩をヴァルゴから少しだけ聞いていた。
ノヴァが行方不明になり、寝る間も惜しんで捜していた。
しかし、結局見つからず、気持ちに区切りをつけるために、ノヴァの葬儀をした。
その直後、ノヴァが見つかった──ゾンビという魔物の姿で。
喜びと後悔……複雑な自分の気持ちに、リブラは未だに名前をつけられないでいる。
リブラは眉を顰めた。
「……ヴァルゴですか?」
ヴァルゴから聞いたのか、とリブラは目で言う。
「ええと、その」
リブラの気迫に、イオリは口ごもる。
「ヴァルゴですね? ……全く、余計なことを……」
リブラはやれやれと首を横に振る。
「確かに、私は弟を捜していました。しかし、捜索は既に打ち切っています」
「ノヴァくんを諦めた訳じゃないでしょう。やっと会えたんですから、今は喜び合うだけで良いじゃないですか!」
イオリは笑って見せる。
「今、ここにいるのはノヴァくんとリブラさんだけです。自分の立場とか、相手の立場とか、気にする必要ないでしょう?」
「イオリ様がいるでしょう」
「私は壁の一部だと思って下さい!」
「聖女様を壁の一部には出来ません」
「比喩ですよ、比喩!」
イオリはリブラの冗談の通じなさに慌てる。
「『やっと』って何だよ……」
ノヴァが恨めしそうに言った。
「オレは会いたくなかったよ。こんな姿、見られたくなかった……。出来るなら、記憶の中で、綺麗な人間のまま、死にたかった」
「ノヴァくん……」
「でも今は、聖ソレイユ王国に戻って来れて良かったと思ってる」
ノヴァは表情を和らげた。
「オレさ、ゾンビになってから、ずっと考えてた。オレは、太陽の光も届かない死体の捨て場で、ゾンビに囲まれて死ぬんだろうなって」
ノヴァはカーテンの隙間から溢れる光を眩しそうに見つめた。
「今、オレは聖ソレイユ王国にいる。これってまたとないチャンスだろ?」
「チャンスって、何が……?」
「人間の国で死ねるチャンスだよ」
ノヴァは目を細めた。
「魔物は死んだら【星の欠片】になる。でも、処分されるなら、その星屑がオレだってわかる……。オレをオレとして、弔って貰える」
イオリは【墓場の森】でのノヴァを思い出した。
【星の守護者】との戦闘の後、犠牲になったゾンビ達の【星の欠片】を拾い集めていた。
そのとき、ノヴァは言っていた。
『オレもこいつらに死を悼んで貰えるように、こいつらの死を悼んでる』、と。
「オレの死を悲しんでくれる奴もいるみたいだし」
と言って、ノヴァはイオリを見た。
イオリはどう言葉を返して良いかわからなかった。
ゾンビになってからノヴァはずっと〝自分の死に場所〟について考えていたのだろうか。
──それはとても……悲しい。
イオリはノヴァに生きていて欲しい。
しかし、それはイオリのエゴに過ぎない。
ノヴァは死にたがっている。
自分の望んだ場所で──自分の死を悲しんでくれる人がいる場所で。
リブラは黙り込んだままでいた。
ノヴァは一つため息をつき、片手で壁に刺さった剣を一本引き抜いた。
壁に貼り付けていた杭の一つが引き抜かれたことで、ノヴァは自由の身になった。
ノヴァはゆっくりとリブラに近づき、リブラの手首を掴む。
反対の手で持っていたリブラの剣を、リブラの手にしっかりと握らせる。
そして、自分の首元に刃を突きつけた。
あとは、リブラが力を入れて横に振るだけで
、ノヴァの首が斬れるだろう。
「さあ、やれ。折角なら、一息で頼むわ。痛いのは嫌だからよ」
ノヴァはくしゃりと笑う。
リブラが手に力を入れたのがわかると、ノヴァは自分の手を離した。
安心したように目を閉じて、最期のときを待つ。
イオリは迷っていた。
ノヴァの幸せをイオリはずっと願っていた。
ここで殺されるのがノヴァの幸せと言うのなら、見届けるべきなのだろう。
──……そんな訳ないじゃない!
イオリは止めようと足を踏み出した。
「ノヴァく──!」
そのとき、リブラの剣が床に落ちた。
リブラの剣はまるで砕けたように星となって消えた。
リブラはその場に膝をついて、項垂れる。
「……おい……?」
ノヴァは首を傾げる。
「星の神はクソだ」
リブラは神官にあるまじき言葉を吐いた。
「私に弟を二度も殺せと言うのか……」
リブラはゆっくりと話し始める。
リブラの〝罪〟について。




