兄の懺悔・人の顔をした化け物
──理不尽に対抗する力が欲しい。
リブラがそう願った翌朝のことだった。
リブラが目を覚まし、身支度を整えていると、右胸に紋様が浮かび上がっていることに気づいた。
点と線。
アザというにはあまりにも不自然なものだった。
「これは……星座……。まさか──」
星の神教を信仰しているリブラはそれが何を表しているのか、直ぐにわかった。
──【星の守護者】に選ばれた者は、体の一部に星座が浮かび上がる──。
リブラは【星の守護者】に選ばれたのだ。
星座の形は天秤座。
つまり、リブラは【天秤座の守護者】ということになる。
──この特別な立場を利用しない手はない。
リブラは即座にそう思った。
【星の守護者】は星の神に選ばれた人間。
リブラが【星の守護者】として功績を上げられれば、両親はリブラに何も言ってこなくなるだろう。
──両親からノヴァを引き離せる。
リブラは両親に【星の守護者】に選ばれたことを報告した。
「【星の守護者】に選ばれただと!? よくやった、リブラ!」
「流石私達の子ね!」
自分が【星の守護者】に選ばれたことを両親に伝えると、二人はリブラを称賛した。
二人の後ろに、ノヴァがいる。
ノヴァは顔を真っ青にしていた。
身内が【星の守護者】に選ばれることは、とても光栄なことだ。
星の神教の敬虔な信者であるノヴァなら尚更。
「ノヴァ」
「……おめでとうございます、お兄様」
ノヴァは無理矢理作ったような笑顔で微笑む。
「お兄様が星の神様に選ばれたこと、とても誇らしく思います。お兄様ならきっと、魔王を倒せます。人類のために、頑張って下さい。ノヴァは応援しています」
ノヴァはそれだけ言って、部屋に戻って行った。
──久しぶりだから、もう少し話したかったが……。体調も悪そうだったし、仕方ない。また次の機会にでも話そう……。
少しだけ寂しく思いながらも、リブラはノヴァを追うことはなかった。
それがリブラとノヴァの最期の会話となるとは知らずに。
□
リブラが【星の守護者】に選ばれたことで、両親は更にノヴァへ目を向けなくなったようだ。
彼らはノヴァの話を一切しなくなった。
それはそれで好都合だった。
リブラが【星の守護者】としての地盤を固めている間、ノヴァが嫌な思いをせずに済む。
リブラは【星の守護者】として魔物を殲滅に精を出す一方、大神官となるべく、教団内で信頼を得ていった。
出来るだけ早く、ノヴァを両親から解放するために。
リブラは多忙を極めた。
ノヴァと顔を見合わせる暇もなく、ただただ慌ただしく過ぎていく日々に身を任せていた。
一年が経ち、リブラは異例の若さで大神官の称号を得た。
落ち着いた頃、休暇を貰い、実家に戻った。
「おお、戻ったか、リブラ!」
「おかえりなさい、リブラ!」
父と母、そして、使用人一同、リブラを笑顔で出迎えた。
「まさか、その年で大神官となるとはな」
「しかも、シュタインボック様から『【星の守護者】の規範となる者』と言われているらしいじゃない。私達も鼻が高いわ」
彼らはリブラの帰りを喜んでいるのではない。
【星の守護者】選ばれ、大神官となった息子に媚を売っているのだ。
──気色が悪い。
リブラは実の親ながら卑しいと呆れた。
──純粋に喜んでくれるのはノヴァくらいだろうな。
そう思ったリブラは、有象無象の人間の中からノヴァの姿を探した。
しかし、何処にもノヴァの姿がない。
リブラはついに両親に尋ねた。
「ノヴァは何処に?」
「ああ、ノヴァは死んだぞ」
父は何ともなしに言う。
「……は?」
リブラは信じられずに聞き返す。
騒がしかった玄関先が一瞬で静まり返った。
「墓守りをしているときにゾンビに噛まれたのだ」
「ノヴァが……ゾンビに噛まれて……?」
「ああ、情けないことにな」
リブラの父はため息をつく。
母も「本当に鈍臭い子」と呆れてため息をついている。
「墓守りは……ゾンビに噛まれる危険があるから、戦闘に長けた者が行っているはずでは……」
「危険なことをさせて優秀な兵士を失っては世界の損失だろう。金もかかるしな」
──ノヴァは失っても良いと?
それを聞いて、もし肯定されたらと思うと、 リブラは口に出せなかった。
ノヴァは両親の血を分けた息子だ。
不気味なスキルは発現したからと言って、親の無償の愛を貰えない訳がない。
両親はそこまで非道ではない……。
そう思いたかった。
「遺体は徹底的に火葬してから埋葬しているでしょう。何故、ゾンビが墓場に……」
「ちゃんとした葬儀屋に依頼するのに、いくらかかると思っている」
二言目には、金、金、金。
この男は、息子の命と金を天秤にかけ、金を取った。
──ゾンビが出るとわかっていて、ノヴァに墓守りをさせていたのか。
怒るのは後だ。
今はノヴァのことだけを考えなければ。
リブラは早まる呼吸を何とか正常に保とうと、深く息を吸って吐くのを心がける。
「……ノヴァの遺体は今何処に?」
「知らん。即処分しようとしたのだが、【墓場の森】の方に逃げていきおった」
「処分しようとしたのですか。実の息子を」
「ゾンビに噛まれる間抜けは私の息子ではない。はあ……。全く、長男はこんなにも優秀なのにな」
父は下卑た笑みを浮かべる。
「信仰心が足りなかったのよ。だから、リブラのようになれなかったの」
母は高笑いをした。
「いなくなってくれて清々したわ。私の息子はあなただけよ、リブラ」
リブラは筋組織が傷つくかと言わんばかりに拳を握り締めていた。
──人でなし。
リブラの目には、母と父が獰猛な魔物に映った。




