限界オタクが推しといることを選択してみたら
ヒナ達が去った。
【墓場の森】にはイオリとノヴァ、そして、ノヴァの部下ゾンビ達が残された。
戦いで傷ついた部下ゾンビ達は、どれが自分の体だったかを話し合っている。
ノヴァは土の上で胡座をかき、ぼうっとその様子を眺めていた。
「何戻ってきてんだよ、馬鹿が。王国に戻れる最後のチャンスだったのによォ」
「ごめんね」
「謝るくらいなら、さっさと王国に戻れよ」
イオリはノヴァの隣にしゃがみ込む。
「……ノヴァくんの耳にも届いてるんでしょ。私の噂」
「怠惰の姉聖女?」
「そう。それ」
イオリは膝の上で腕を組む。
「ヒナはね、昔から明るい子だったの。それに対して、私は一人でいる方が好きなタイプだったから、ヒナ程の友達がいなくてね」
イオリは腕の中に顔を隠した。
「いつからだったかな。ヒナは自分の友達に、『お姉ちゃんに虐められてる』って嘘を言うようになった」
ヒナに同情する友達が多く、次第にイオリは孤立していった。
イオリと仲良くしていたはずの友達も離れていった。
「それは別にどうでも良いの」
「良いのかよ」
「ヒナはそういう子だって知ってるし。わかってくれる友達もいたしね」
イオリは顔を上げて、遠くを見つめる。
「私は『意地悪な姉』でも、『怠惰な姉』でも構わない。好きに言って良い。けど……。ノヴァくんと離れてまで、王国に戻りたいとはどうしても思えなくて」
イオリは苦笑する。
ノヴァは視線を横に動かした後、下に向ける。
「……やっぱり、お前は王国に戻れ」
「え?」
ノヴァは怒ったような顔をする。
「魔王軍にお前の味方はいねえ。居場所もねえ。墓場にいたって、腐った死体しかねえんだ」
「ノヴァくんがいるじゃない」
「何勘違いしてんだよ。オレはお前の味方じゃねえ。オレは聖女のお前を従属させて、出世のために利用したいだけ。オレと妹聖女のどこが違う?」
ノヴァは体を傾ける。
「全然、違うよ……」
ノヴァとヒナの違いは明確にある。
ヒナはイオリを利用したいと本気で思っている。
対して、ノヴァは酷い言葉を投げかけて、王国に戻るように仕向けている。
王国にいた方が、イオリは幸せになれると思ってのことだ。
それは正しい。
聖女である限り、イオリは王国で大事に、大事にされるだろう。
──そこに、ノヴァくんもいたら。
イオリはそう願ってしまう。
ノヴァが魔物である限り、魔王軍にいる限り、ノヴァは王国に歓迎されることはない。
ノヴァもそれを痛いほどわかっている。
どうしたって、人間の国には戻れない。
「どうして、人間と魔物は一緒に暮らせないんだろう……」
「……魔物は、夜空から現れたと言われている。魔物は夜空からの侵略者だ。人間の命を脅かす存在。だから、一緒には暮らせない」
「ノヴァくんは人間だったんでしょ。侵略者じゃない」
「魔王軍に与している時点で同類だ」
イオリはふと、疑問を口にする。
「ノヴァくんはどうして魔王軍に入ったの。王国には家族もいるでしょ?」
ノヴァは元々人間だ。
敵対する【星の守護者】の中にはノヴァの兄弟もいる。
先程、【星の守護者】をゾンビに噛ませ、仲間に出来る絶好の機会があった。
それなのに、ノヴァはゾンビに噛ませることはしなかった。
ノヴァは人間をゾンビ化させることに積極的ではないのだろう。
しかし、それは、魔王軍の意に反しているように思える。
何故、ノヴァは魔王軍にいるのだろう。
「……オレの居場所はそこにしかないから……」
ノヴァはゆっくりと話し出す。
「ゾンビになる直前、オレはお父様に命じられて、墓場の掃除をしてたんだよ」
「墓場の……【墓場の森】の掃除をしてたの?」
「違う。実家が管理しているちゃんとした墓場だ。ゾンビは出ない……はずだった。でも、土の中からゾンビが這い出して……」
ノヴァの声が徐々に小さくなる。
「普通はゾンビにならないよう、肉片一つ残さず火葬する。どうやら、火葬場の火が弱くて、燃え残っていたらしい。……オレは運が悪かったんだ」
ノヴァはへらへらと何かを誤魔化すように笑う。
「後ろからゾンビに首をガブっといかれた。オレは痛みに耐えながら、何とかスキルでゾンビを無力化して……意識を失った」
ノヴァはその日の出来事をなぞるように、目を瞑る。
「お父様とお母様の声が聞こえて、オレは目を覚ました。二人はオレを指差して叫んだ」
『魔物め!』
ノヴァの耳の奥に両親の罵声が響く。
ノヴァは眉間に皺を寄せた。
「……オレはゾンビになっちまってた」
ノヴァは右腕を左手でぎゅっと握り締めた。
「お父様に右腕を斬りつけられてさあ。オレの右腕が土の上に落ちた……。痛みなんてなかった。オレ、本当に魔物になったんだって痛感したよ」
「ご両親は、そのゾンビがノヴァくんだって、わかってなかったのかな……」
イオリはグッと自身の拳を握り締める。
やるせない気持ちがイオリの頭の中でぐるぐると回る。
「わかった上でだよ。魔物になったら殺すしかない。……それが例え、実の息子であっても……」
ノヴァは下を向く。
「なまじ知性があったから、余計しんどくてさ。オレは右腕を抱えて、【墓場の森】の方に逃げた。『【墓場の森】はゾンビの溜まり場だから、絶対に入るな』って両親に口酸っぱく言われてたから」
「のゔぁさまー?」
部下ゾンビが心配そうにノヴァを見る。
ノヴァは目を細めて、部下ゾンビ達に微笑みかける。
「そうしたら、こいつらが出迎えてくれたんだ。こいつらはオレを『仲間』だと受け入れてくれた……」
「のゔぁさまはなかまー」
「おなじぞんびー」
「ははっ。そうだなァ……」
ノヴァは笑う。
「こいつらには人間の国に近づかないように言った。近寄ったら星にされるぞってな」
「ほしのなるの、いやー」
嫌々と部下ゾンビは首を振る。
「だろ?」
ノヴァは笑いかける。
「……それで、オレは暇潰しにスキルの使い方や言葉、簡単な算数をこいつらに教えた。自衛にもなるし。こいつら、今は会話が出来てるだろ? 昔は会話もままならなかったんだぜ?」
「そうなの!?」
「教えたら結構覚えるもんでなあ。こいつらの出来ることが増える度、嬉しくなった」
急に、穏やかだったノヴァの表情が険しくなった。
「暫くして、魔王様から声をかけられた」
魔王城に呼び出され、ノヴァは赴いた。
魔王直々に、ゾンビに教育を施したことを褒められた。
そして、こう告げられた。
「お前には、魔王軍幹部スターダスト八等星の席と【墓場の森】の管理の任を与えよう──」
魔王軍にノヴァの居場所が出来た瞬間だった。
「正直、嬉しかった。オレの存在が認められたみたいで」
あまりにも嬉しくて、魔王軍に入ることを受け入れた。
もう二度と、人間の国に戻れないと知っていながら。
「あーあ。オレもこいつらみたいに、馬鹿になれたらなァ……」
ノヴァはか細い声で次の言葉を言った。
「イオリに『行くな』って言えたのかなァ……」
両親に拒絶され、国を追われたノヴァ。
【墓場の森】に辿り着き、子供のようなゾンビ達と、進まない時を過ごして来た。
イオリに──人間に好意を持って接されたとき、彼はどれほど嬉しかっただろう。
──ノヴァくんのためなら、私は魔王軍に力を貸しても良かった。でも、ノヴァくんは人間だ。魔物じゃない……。
イオリはノヴァを抱き締める。
「イオリ?」
「私は、何処にも行かないよ。ノヴァくんと一緒にいる」
慰めの言葉はそれしか思いつかなかった。
──ノヴァくんが人間を傷つけたくないなら、それがノヴァくんの幸せなら……私はその望みを叶えるよ。
イオリはそう決意した。
「……お前……」
本当の馬鹿だな、とノヴァは消え入るような声で言う。
イオリは「嬉しい」とは言わない捻くれ者の彼を可愛いと思う。
──ノヴァくんを人間に戻せたら、こんなに悩まなくても良いのに。
ノヴァを王国に連れていって、商店街で買い物をして、侵入してくる魔物を街の人と協力して撃退して、温かい家に帰って、お腹いっぱいご飯を食べて。
そんな毎日がずっと、ずっと続いて……。
──そんな未来があれば良いのに……。




