限界オタクが妹と喧嘩別れしてみたら
「お姉ちゃん、何してるの」
後ろからヒナの低い声が聞こえて、イオリは振り向く。
そこにはヒナが立っていた。
ヒナは鬼のような形相でイオリを睨みつけていた。
「ヒナ……」
イオリはバツが悪そうな顔をする。
「そいつは敵なのよ!? 何復活させてんのよ! もう一回殺さなきゃじゃない!」
「ごめん。ごめんね、ヒナ。でも、お願い」
イオリは手を地面について、ヒナに懇願する。
「ノヴァくんを見逃して……」
「ハア? 何馬鹿なこと言ってんの?」
「ノヴァくんは元々人間だったの。ゾンビに噛まれて魔物になってしまったけど、本当は人間と争いたくはなくて──!」
「化け物の言うことを信じるなんて馬鹿じゃないの!? 元人間だとか、人間と争いたくないとか! そんなの騙そうとしてるに決まってるじゃない!」
ヒナは地団駄を踏む。
「お姉ちゃん、良い!? そいつらがいるせいで、ヒナ達はこの世界に連れて来られたのよ!? 早く皆殺しにして、元の世界に戻るの!」
ヒナの言っていることはこの上なく正しい。
いきなり訳のわからない世界に連れて来られて、魔物と戦う最前線に立たされると言われて。
元の世界に帰りたいに決まっている。
──それでも、ノヴァくんだけは……。
「ヒナ──」
何か言おうとイオリは口を開く。
「──残念だったなァ、妹聖女サマ」
ノヴァはよろよろと立ち上がり、イオリの肩を掴んで寄せた。
イオリは驚いて、ノヴァの顔を見る。
ノヴァはニヤニヤと悪そうに笑っている。
「姉聖女は既にオレの手の内だ。何を言っても無駄。オレに攻撃しても、姉聖女が全部治してくれんだよ」
「ノヴァくん……」
ノヴァはイオリにだけ聞こえる声で言う。
「命令、『オレに話を合わせろ』。てめえを人間の国に帰す」
「ノヴァくんはどうするの」
「オレは適当に逃げる。心配すんな」
ノヴァは下手くそな笑顔をイオリに向けた。
──嘘だ。
イオリは直感的にそう思った。
──ノヴァくんは逃げたりなんてしない。だって、ここには部下のゾンビ達がいる。ノヴァくんは彼らを見捨てられない。そういう子だから……。
「てめえは人間だ。人間の国に帰れる」
ノヴァの優しさは敵であるはずの聖女・イオリにも向けられていた。
人間と敵対すれば、イオリは人間の国には戻れない。
それをノヴァが一番よく知っていた。
ノヴァは元々人間。
ゾンビに噛まれ、ゾンビになってしまった存在。
人間の国に戻ろうとも、人間達が受け入れてはくれなかった。
優しい彼を助ける方法はないのか、イオリは頭を回す。
「お姉ちゃん、そのゾンビに何かされたのね! 可哀想なお姉ちゃん……。今、楽にしてあげるから」
ヒナは液体の入った小瓶を取り出す。
「レオ団長、この液体をお姉ちゃんにかかるように投げて。聖女の力を使う儀式に必要なの」
「あ、ああ……」
レオは小瓶を受け取り、双子に目を向けた。
双子は何も言わずに頷く。
レオも頷いた後、小瓶をイオリに向かって投げた。
「《双子座流星群》!」
双子がスキルで小瓶を撃ち抜く。
イオリは驚いて、咄嗟にノヴァを庇った。
びしゃり、と小瓶の中の液体がイオリにかかった。
ヒナは祈るポーズを取る。
「星の神様、お姉ちゃんを正気に戻して!」
少しの静寂。
ヒナはパッと顔を上げた。
「これでお姉ちゃんは目を覚ましたはず! 戻ってきて、お姉ちゃん!」
イオリは目をぱちくりさせた。
「……今、何かしたの?」
イオリがそう言うと、ヒナは顔を真っ赤にして怒り出す。
「ハアアア!? 聖女の力、使ったじゃない!」
──使われた感が全くない……。私がノヴァくんを助けたときみたいに、星の瞬きもなかった。
イオリはふと、先程の戦いを思い出す。
ヒナは聖女の力と言いながら、小瓶の中身を【星の守護者】達にかけていた。
イオリは一つの可能性を思い浮かべる。
──ヒナも聖女の力の使い方を知らない……?
しかし、ヒナは実際聖女の力で街の人を癒していたはず。
イオリは自身にかかった液体を舐める。
──やっぱり、ポーションだ。私も作ってたからわかる。
イオリの頭を過ったのは〝嘘〟の文字だった。
ヒナが聖女の力と偽り、ポーションを使っていて人々を癒していた。
だとしたら、ポーションを買う金の出所は何処だ。
ここは異世界。
持ち合わせもないし、聖女の力を使ったことに対するお礼も少しだけのはず。
──……まさか。
「イオリ、『妹聖女の元に行け』。聖女の力が効いただろ」
例え、聖女の力を使われたとしても、イオリには何の影響もない。
ノヴァを助けたいという気持ちは本物だからだ。
「姉思いの良い妹だな。大切にしろよ」
ノヴァは名残惜しそうに笑う。
──そんな……。そんな顔されたらさ……。
イオリの意に反して、体は勝手に動く。
ヒナ率いる【星の守護者】達の元へ、足が前へと進む。
ヒナの手の届く距離まで来ると、イオリの脚は止まった。
「ヒナ……」
「良かった、お姉ちゃん! 帰って来なかったらどうしようかと思った!」
ヒナはイオリに抱きつく。
そして、耳元で呟く。
「このお礼はポーションで良いわよ。ヒナは命の恩人だもん。それくらい当然でしょ」
ヒナはくすくすと笑う。
「〝これからも〟ヒナのためにいっぱい働いてよね」
イオリは驚いて目を見開く。
「『これからも』って……」
「気づいてなかったの? お姉ちゃんの作ったポーション、ヒナが買ってたのよ。凄く安くね」
イオリはハッとする。
イオリの作ったポーションは【双子の守護者】の二人に買って貰っていた。
「新人の作った粗悪品なんて市場には出せないよ」
「こちらで買い取りますが、市場価格より安く買わせて貰います」
そう【双子座の守護者】の二人に言われたことをイオリは思い出す。
イオリは何の疑問も抱かずに双子からポーションを買って貰っていた。
あのときから、イオリのポーションはヒナに横流しされていたのだろう。
「じゃあ、今までの聖女の力も……」
「嘘に決まってるじゃない!」
ヒナは悪気なくそう言った。
──やっぱり、そうだったのね……。
ヒナの使っているポーションはイオリが作ったものだった。
今までヒナの聖女の力もポーションの力。
それを自分の力だと誇示していた。
ヒナはイオリを『役立たず』と罵りながら、イオリを利用していたのだ。
だから、イオリを取り戻しにきた。
ポーションの製造者がいなくなれば、聖女の力の仕組みがバレてしまうから。
「聖女の力のお礼、結構貰えてねー。お姉ちゃんへの支払いを済ませても、大分手元に残るのよ。でも、これからは支払わなくて良いわよね? ヒナ、命の恩人だもの」
イオリは首を横に振る。
「嫌っ……」
その瞬間、ヒナの足元からボコッと手が飛び出した。
血色の悪い手はヒナの足首を掴んだ。
「ヒィッ!?」
「にんげん、いやがってるー。にんげんがいやがることだめー」
部下ゾンビは土から這い出して、ヒナにそう言った。
ヒナはそのゾンビに汚物を見るような目を向けた。
「キモいキモいキモい!」
ヒナは部下ゾンビの頭を何度も踏みつける。
それでも部下ゾンビはヒナの足首から手を離さない。
「あの馬鹿、勝手に……!《死霊の指揮者》!」
ノヴァは《死霊の指揮者》を使い、部下ゾンビを地中へ戻す。
ヒナ達やノヴァの意識が部下ゾンビに向いていた。
そのため、イオリがノヴァの元に駆け出していたことに、誰も気づいていなかった。
気づいたときにはもう遅く、イオリはノヴァのすぐ目の前まで来ていた。
「はっ? おい! なんで戻ってきて──!?」
「『戻ってくるな』とは言われなかったもの!」
イオリはノヴァに勢いよく抱きつく。
「私、王国に戻りたくない! ノヴァくんと一緒にいたい!」
イオリは腕の力を強める。
もう二度と離さないとでも言うように。
ノヴァはくしゃりと顔を歪めて、「馬鹿が……!」とイオリを罵る。
しかし、何処か、安心したような様子だった。
「どうして……!」
ヒナはわなわなと唇を震わせて言う。
「そんな奴の何が良いっていうの!」
「存在」
即答である。
「もう生きてるだけで優勝!」
「ゾンビだから死んでんだけど……」
「意思疎通出来れば生きてると言って過言ではない!」
「過言過ぎる……」
イオリはヒナの方を向く。
「だから、ごめんね、ヒナ。私は戻らない。ずっとヒナの言いなりなんて嫌だもの」
イオリの言葉に、ヒナは顔を真っ赤にして怒る。
「……命を賭けて助けたのに……! 恩知らず! お姉ちゃんなんか、もう知らないっ! 化け物に食べられて死んじゃえば良いんだわっ!」
ヒナは踵を返した。
【星の守護者】達は困惑したような顔をしながら、ヒナの後ろを追った。




