23話
オスカーが香水をつけた腕を差し出してきた。
「私に嗅いでほしいの?」
頷かれたので、鼻を近づける。
ふわっと良い香りが鼻孔を満たす。
「いい香りです」
「それだけ?」オスカーが少し不満げに訊いてくる。
「さっきのリカルドの香りと似てます」
「へえ。僕にも嗅がせて」オスカーの腕を取って遠慮なく嗅いだセオドアが
「これ、僕が感じてる香りとエマが嗅ぎ取ってる香りが一緒かどうか、一生わからないんだよな」
「そう・・ね」
「同じように景色が見えているかどうかも確かめようがないし、人間って不思議だな」
「同じ景色かどうかはものすごく絵が上手い人がいれば確認できるかも。でも写真でさえ、人によってどこにピントを合わせてどこを大切に思って見るかは違うし、確かに不思議だわ」
「僕はエマが嫌な香りをまとっていても良い香りだと感知する気がする」
「セオドア・・」
「ふっ。オスカー、セオドアが本気出してるぞ」
「・・・」オスカーは黙り込んだまま。
「僕はエマがが幸せなら、なんでも良いと思ってる。冷たい愛情だと思われるかな」セオドアの声にほんの少し不安が滲んでいる。
「本当にそうだとしたら、セオドアは人間じゃないかもしれないな」リカルドがしみじみ言ったあとに「好きな人が自分以外を選ぶなんて想像するのも嫌だ」と小声で言うのが聞こえた。
「嫉妬・・・。セオドアが誰かと・・・」
「少しは残念に思ってもらえるようになったかな?」
「私・・・決めました」
「何を?」
「待って、嫌な予感がする」オスカーが腰を浮かせる。
『私はセオドアを愛します!』
「「エマ!!」」
「性欲などという分野の欲に従って動いた先に希望が抱けません!」
「え」
「ええっ」
「愛の中に色んな要素があると思うのです。性欲はおそらく繁殖欲であり、人間はそれを超えられる生き物なのです!」
「うんうん」
「は?」
「私はセオドアから差し出される愛情がとても好きです。セオドアにも私の愛情をたくさん受け取って欲しいと心から思います」
「ものすごく嬉しいよ。本当に・・すごく・・だめだろうなって思ってた」
「・・・」
「例え性欲が満足できなくても、セオドアとなら大丈夫だと思うのです!」
「えっと・・・エマ?」
「なんですか?」
「満足する可能性があるからね」
にっこり笑うセオドアに、心で満足できなくても大丈夫よと呟いて微笑み返した。
「まあ、いいんじゃないか」
リカルドが頬杖ついたまま言う。
「写真の感じでいくと、エマとセオドアにしかない世界観がある。オスカーとの関係も良いけど、なんというか・・既存の枠の中だよな」
「なんだそれ、理解できない」オスカーが拗ねたのかもしれない。
「未来はセオリー通りじゃないってことだ」
□ □
「エマ、送っていくよ」
「ありがとう」
車内で二人きりになると、セオドアが私の手を握りしめて
「全力で愛し合っていこう」
真剣な顔なのに、目が優しく笑みをたたえているから見つめ返すと安心が広がっていく。
「はい」
「まずは性的に満足できないという思い込みを外していかないとな」
「何と?」
「いや、なんでもない」
「セオドア」
「ん?」
「全力で愛し合う方法がわかりません」
「ふ」
「セオドアはわかる?」
「んーー。少しずつお互いの愛情を深めていきたいのだから、僕はエマにしたいことをしていくし、エマにしてほしいこともちゃんと伝える。もちろん、エマが嫌だと思うことはしない」
「なるほど」
「ただ・・困ったことに・・僕はエマがいるだけで嬉しいし楽しいし満たされてしまう」
「それのどこが困ること?」
「したいことやしてほしいことがあまり思い浮かばなくて退屈させてしまうかもしれない」
「セオドア・・」
「うん?」
「私はその満たされた退屈が良いと思ったからセオドアがいいの」
「そうか」
「二人で行きましょう、退屈のその先へ。ずーっと退屈だったらなにか考えましょう」
「楽しみだな」
「ええ」
「エマといて僕が退屈するわけがないけどね」
□ □
「というわけで、セオドアと愛の交換をすることにしたわ」
「すごい意気込みね」今日もステラが美しい。
「質問していいか?」無口なアスランが私に質問してきた。
「エマはセオドアが好きなのか?」
「好きです。恋かどうかがいまだにわからないけど」
「恋かどうかわかないのか」
「なにか・・こう・・衝動に突き動かされるようなのが恋でしょう?」
「誰にも渡したくない、その人のことが頭から離れない、とか」
「そういうのが無いので」
「それでも、セオドアが他の女性といちゃいちゃしたりしていたら嫌でしょう?」
「セオドアがそんなことをする想像ができないの」
「ああ・・なるほど」




