【3】
弥生があやかしの存在を知ったのは六歳の頃。祖母の一言がきっかけだった。
『弥生ちゃんはあやかしが見えるのね』
その頃の弥生の近くには色んなあやかしがいた。人の形をしている者やそうじゃない者、弥生と話せる者がいれば、話せない者もいた。
弥生にとってはそれが当たり前であり、誰もがあやかしと共に生きているものだと思っていた。
この時も、弥生は傘のあやかしや一つ目のあやかしなど小さなあやかしたちと一緒にボール遊びをしていたのだった。
『あやかしってなあに? おばあちゃん』
『あやかしはね。私たちのお友達なのよ。弥生ちゃんと同じようにお父さんとお母さん、おばあちゃんやおじいちゃんがいて、兄弟もいるの。私たちと同じなのよ』
子供の頃はあやかしが見えていた人も年を重ねて大人になるにつれて、やがてあやかしが見えなくなることを知った。
誰もがあやかしを空想上の生き物と考えるようになり、一緒に過ごした記憶だけではなく存在そのものを忘れるようになった。
けれども弥生は生まれながらに高い「霊力」を持っており、大人になってもあやかしの姿が見えていたのだった。
この「霊力」というのはあやかしに触れ、祓う力を指しており、この「霊力」を持ち続けている限り、いつまでもあやかしと一緒にいられるという。
遥かな昔は大勢の人間が「霊力」を持っていたが、今ではごく一部の人間しか持っておらず、特に弥生が持つ「霊力」は陰陽師や退魔師たちと同等に強い力とのことであった。
人間にとっての「霊力」はあやかしと触れ合う力であったが、対してあやかしたちにとっての人間の持つ「霊力」は自身が持つあやかしの力――妖力を高めるための餌であった。
祖母の話によると、霊力を喰らったあやかしの力は格段と上がり、高い妖力を持つあやかしになれるとのことだった。あやかしたちにとって妖力はあやかしたちの世界での序列に関係しており、妖力が高いあやかしほど贅沢な暮らしを送ることができ、あやかしたちを統治するあやかしの王にもなれるらしい。
反対にあやかしが持つ妖力を得た人間は、そのあやかしの力を取り込んで、自らもあやかしと化すと言われていた。実際に日本の昔話や民話の中にはあやかしとなった人間の話がいくつか載っており、その人間たちはあやかしの妖力を得たことであやかしになったのだと教えられたのだった。
『でもね、弥生ちゃん。人間と同じで全てのあやかしが良いあやかしな訳じゃないの。人間を騙すあやかしや人間を襲うあやかしもいるの。だから気を付けてね……』
弥生の祖母も弥生と同じく生まれながらに高い「霊力」を持った人間であった。そのため、弥生の祖母もあやかしが見える人だった。
弥生と同じように高い「霊力」を持ち、あやかしが見えることで何度も危険な目に遭ってきたとのことだった。
それでも祖母はあやかしに優しかった。怪我をしたあやかしには治療を施し、空腹に苦しむあやかしには食事を与えて、弱いあやかしを慈しんでいた。そんな祖母はあやかしたちに好かれており、弥生も祖母のようにあやかしに好かれる人になりたいと思っていた。
あやかしについてたくさん教えてくれた自慢の祖母だったが、弥生が中学生の時に亡くなってしまった。表向きは病死になっているが、本当は祖母が持つ高い「霊力」を狙ったあやかしに殺されたのだった。
弥生が物心をついた時から祖母の近くには常に妖力の強いあやかしが控えており、「霊力」を狙うあやかしたちから祖母を守っていた。
見た目は人間と何も変わらない若い男のあやかしだったが、他のあやかしたちから慕われており、弥生もたまに遊び相手になってもらったのだった。
そのあやかしがいない隙を狙って、祖母は殺されて霊力を奪われてしまったのだった。
今ではその用心棒をしていたあやかしの顔も声も思い出せないが、唯一覚えている言葉があった。それは祖母の葬儀の後に言われた一言だった。
『謝って済む問題ではないと分かっている。でも本当にごめんね。やよちゃん……。大切なおばあちゃんを守れなくって……』
そう言って、繰り返し弥生に懺悔をしていたあやかしだったが、弥生はそのあやかしに酷いことを言ってしまったのだった。
『あなたのせいでおばあちゃんは死んでしまったのよ!? どうしておばあちゃんを守ってくれなかったの!? おばあちゃんを返して! 返してよっ……!!』
大好きな祖母を失って感情の整理がついていなかったとはいえ、そのあやかしにやつあたりをしてしまった。それに気付いた時にはそのあやかしは消えており、謝ろうにもそれ以来一度も会えなかった。
そして大好きな祖母も祖母を守っていたあやかしもいなくなり、一人になって始めて、弥生は自分がいかに周囲に守られていたことを知った。祖母が亡くなってからは今まで以上に悪いあやかしたちに付きまとわれるようになったのだった。
今までは祖母を付け回していたあやかしたちが、今度は弥生を付け回すようになったのだろう。もしくは祖母を殺して霊力を奪ったあやかしが弥生の存在を吹聴したのか……。
それからというもの、弥生はあやかしたちから命を狙われる日々を送るようになり、次第にあやかしと距離を置くようになった。やがてあやかしと関わること自体が怖くなってしまったのだった。




