8:あなただけ見つめてる
その視線に気付いたのは、シルヴィアが一番最初だった。
この学園の食堂は、便宜上食堂という名がついてはいても、流石に利用者が利用者なだけあって非常に贅沢なものである。
敷地内に大中小三つが点在する食堂は内装もメニューも工夫を凝らされており、女子に好まれるカフェスタイルの所もあれば、この大食堂のように多人数の収容を第一目的とした場所もある。
朝や昼や夜、食事を求めて一斉に詰めかける生徒たちは、カウンターで料理を受け取り、きっちりと並べられたテーブルの中から好き勝手座席を選んで座っていく。
今日のカトリーナとシルヴィアも、例に漏れずそんな風にして昼食をとっているところだった。
「カトリーナ、それはなあに? ブラマンジェにしては白くないわ」
自分の分の料理を持って席にやって来たカトリーナを見て、チキンのトマト煮込みと温野菜のプレートを前に待っていたシルヴィアがそう問うた。
カトリーナの方は、メインに焼きサンドを選んだらしい。
ライ麦パンの間に挟まっているのは、レタスとオニオンとトマト、切り口が真っ赤なローストビーフが数枚。分厚いサンドイッチの隣には、淡い黄色の小さな山を盛ったガラスの器が乗っている。
うふふ、と自慢げに笑って、カトリーナは行儀良い仕草で着席した。
「メニューに出ていたから注文してみたの。栗のブラマンジェですって」
「栗? 季節外れじゃないの?」
「缶詰めのペーストを使っているそうよ。ペーストのままだと味が強過ぎるけど、生クリームと混ぜると一気に上品になるみたい。試験的にメニューに乗せてる試作品だから、いつ無くなるかは分からないけれどね」
「……ずるいわ。そんなこと言われたら、私も食べたくなってしまう」
シルヴィアはもう、自分のデザートを確保してしまっている。
スポンジを台にしたレアチーズケーキの上に、更に濃い苺のゼリーの蓋を被せた、それなりにカロリーの高いケーキだ。
けれど明日も栗のブラマンジェがあるか分からない以上、今日くらいデザートを一つ追加しても許される気がする。
カトリーナのトレイにある、つるりと滑らかな栗のブラマンジェは、優しい色合いもあって如何にも上品な味がしそうだ。やはり自分もデザートにブラマンジェを頼むべきだろうか。
「あなたの選ぶものは大方外れがないから迷うわ……。そう言えばカトリーナって、料理の研究には余念がなかったわね。食堂の試作品にも目敏いのはそのためかしら」
「ふふ、当然ですわ。料理の腕は磨いておかなくては、フリードリヒ様のお世話を焼けませんもの」
得意げに笑ったカトリーナは、芳香の立ち上る紅茶の水面を微かに揺らしてみせた。
寝食を疎かにするフリードリヒの元に、彼女はしばしば食べ物を持っていく。
それはフリードリヒの気が向いた時に手を出しやすい保存食であることが多いが、時に新作の菓子やスープを持ち込むこともあり、どうやら彼女は婚約者の胃袋を掴もうと日々奮闘しているようだ。
「栗のクリーム、あなたもそれを使って何か作る予定なの?」
「ええ、新作のプリンを試しているの。悪くない味だから、そのうちシルヴィアにも食べてもらうわ」
「そう、楽しみにしているわね……なら、やっぱりブラマンジェも試しておくべきかしら」
カトリーナが新作料理を作る際は、大体シルヴィアも味見に呼び出される。経験から評する限りカトリーナの舌は確かなものであり、ならば今日のブラマンジェも、やはり見逃すには惜しい代物だ。
眉間に浅い皺を寄せながら、彼女はカウンターへと視線を流して、
「――……?」
何となく。
小さな違和感があった気がして、シルヴィアはカウンターに向けていた視線を逆戻りさせた。
ほんの一瞬の違和感の正体を記憶の中から探り出し、程なく正体を悟る。
――ああ、誰かと目が合った気がしたのか。
一人納得して、もう一度カウンター付近の席を一瞥する。
食事やお喋りに興じる生徒たちと目が合うことはもうなくて、こちらを見ていた生徒が誰だっのか――或いは、目が合ったということすら気のせいだったのか、シルヴィアには判断できなかった。
「シルヴィア、そんなに悩むくらいなら、わたくしとデザートを半分ずつ分けるのはどうかしら? わたくし、そちらのケーキも気になるの」
「あ、……そうね、良いわね。ありがたくそうさせてもらうわ」
沈黙したシルヴィアが踏ん切りをつけかねていると思ったのか、カトリーナがそう提案してきて、シルヴィアは思い出したように頷いた。
その後はいつものように、カトリーナとお喋りをしながら食事を済ませ、教室に戻る頃には、もう視線のことなど忘れていた。
※※※
それから二週間ほど経って、シルヴィアは一人で掲示板の前に佇んでいた。
休み明けテストの成績はカトリーナの予定通りの結果に終わり、掲示板にずらりと張り出された各学年のトップ十人の名前は、その頂点のうち二つに、カトリーナ・メルインとフリードリヒ・イルデガルナの名前が燦然と輝いていた。
張り出された名前は、発表から三日経った今日、教職員の手で回収される。
三年生トップに君臨する友人の名前の真下に、シルヴィアの名前は存在していた。
けれど彼女の目的は、学年二位という己の偉業を再確認するためでは勿論なくて。
(一位との点差は一点だったわ。かつてないほどの僅差……でも、結果彼女の方が上位になったなら、それは慰めになどならない。次よ、次こそ彼女を破って、私が学年トップになってみせる……!)
物静かに見えて、シルヴィアは意外と熱い少女であった。
ついでに、こと学問に関しては、非常に負けず嫌いでプライドの高い少女でもあった。
ココアブラウンの瞳を光らせ、彼女はぎりぎりと拳を握り締めてリベンジを誓う。尤もこれは、彼女たちの入学以来テストのたびに繰り返されていることでもあるのだが。
恋に生きる女カトリーナは、生来の才覚にフリードリヒを原動力としたバイタリティが加わって、実際極めて高い壁である。
それでもようやく一点差まで詰めてきた以上、このままノーミスで食らいついていけば必ず勝機は見えるはずだ。
「――あの、バルドー先輩……」
「そうよ、たとえカトリーナが全教科満点を取ったところで、私も同じ点数を取れば、同率一位……、……呼んだかしら?」
ぶつぶつ呟きながら、彼女がそもそもの目的だった図書館に向かって身を翻した時。
不意にかけられた小さな声に、シルヴィアは一拍置いて振り向いた。
少しおどおどした様子でそこに立っていたのは、栗色の三つ編みが可愛らしい、まだあどけない少女だった。
アリア・エルドラム。入学歓迎式典以降、カトリーナを熱っぽい目で追うようになっていた少女だ。
「……あなた、エルドラム家のご令嬢だったわね? 何か用なの?」
カトリーナでなく自分になのか、という疑問を込めて、シルヴィアは努めて静かに問いかける。
臆病な小動物のような少女は、どうやらここに立っていることにすらびくびく怯えているらしく、そうしてやらなければたちまちぴゃっと目を見開いて逃げてしまいそうに見えた。
アリアはしばしもじもじと口ごもっていたが、やがて意を決したように唇を開く。
「あの……カトリーナお姉様のことで、少し気が付いたことがあって……」
ぽそぽそもじもじと言われて、シルヴィアは首を傾げた。
「それは、カトリーナ本人に言わなくて良い話なの? 話しかけるチャンスだと思うのだけど」
「とんでもないですっ!」
アリアがカトリーナを物影からじっと見つめている、微笑ましいが若干怪しい光景は、カトリーナのクラスの人間なら一度は見たことがあるだろう。
健気かつほんのりストーカー気質な後輩に対する一応の善意から出た問いかけだったが、アリアは存外食いつくような勢いで首を横に振ってみせた。
「カトリーナお姉様のご親友に話しかけるだけでも精一杯なのに、お姉様ご本人になんて、そんな恐れ多いこと出来るわけないじゃないですか! 私、あの運命の日のことを日記に書くだけでも顔が赤くなるんです! もしもお姉様ご本人の目の前に出てしまって、それで、あ、あの綺麗な緑の目に見つめられたら……『可愛い子ね』って顎を持ち上げられて微笑んだお姉様の美しい顔が私に寄せられて、艶やかな唇が綻んで花のような吐息と共に私の唇へと近付いてきたりしたら、私は、私は一体どうしたら良いんですかっ……!」
「起こらないから安心なさい」
後半ただの願望になっているが、その日記とやらの中身はよもや官能小説みたいになってはいるまいな、などと思いながら、シルヴィアはじっとりした目でツッコミを入れた。
カトリーナといいアリアといい、他者に夢中になる少女というものは妄想癖が通常装備なのだろうか。実に愉快ではあるのだが、正直こうなりたくはない。
やはりカトリーナとアリアは接触させない方が互いのためなのではないかと考えつつ、シルヴィアは「それで?」と先を促した。
「本題に入りましょう。カトリーナがどうしたの?」
「あっ、す、すみません。あの、実は――」
ようやく我に返って、アリアがまたもじもじと手を握り合わせる。
困惑したように眉をひそめ、そうして「カトリーナ様のことを聞き回ってる人がいるんです」と言った。
「カトリーナのことを? あなたみたいに、彼女を慕っているということかしら?」
「そんな風じゃありませんでした。私の所にも来たんですけど、『メルイン先輩ってどんな人なんですか?』って……」
「女の子だった?」
「いえ、男の子でした。制帽を被ってて顔が分からなかったけど、身長からして、多分私と同じ年頃じゃないかと……」
情報を並べていくアリアに、シルヴィアは口元に手を当てて眉を寄せた。
シルヴィアからすれば聡明な令嬢であり、恋に生きる馬鹿である友人にも、やはり立場上、敵は存在するだろう。
問題は、その敵意がどの程度なのかだ。
軽い悪口程度で済む話なのか、或いは彼女の実家である伯爵家すら絡めた問題なのか――
(勿論、敵意があると決まったわけではないけれど……これは、私一人で考えるべきことではないわね)
アリアの話す情報を丁寧に頭に入れながら、シルヴィアはひっそりと目を細めていた。
――たった一人の親友に起きている事態を座視するほど、誇り高きバルドー辺境伯の娘は日和見ではない。
※
アリアとの会話から一日、昼の大食堂には早速シルヴィアによって収集されたメンバーが揃っていた。
メンバーと言っても、カトリーナとシルヴィアに、アデルとハルトが加わったいつものメンツだ。
アデルはクラスが違うし、ハルトは学年が一つ下だから、基本的にはカトリーナとシルヴィアの二人で行動することが多い。
それでも時折食事を共にする程度の交流はあるため、アデルとハルトはシルヴィアとも馴染みの顔である。
「――シルヴィア嬢、アリア・エルドラムの情報の正確性は確かめたのか?」
ランチラッシュで賑わう室内、一通りシルヴィアの話を聞き終えて、アデルが真っ先に口を開いた。
相手の性別が男となれば、カトリーナへの想いの都合上、心情的に一番警戒心を持つのがアデルだ。彼は赤銅色の瞳を油断なく瞬かせ、既にちらちらと周りの生徒に視線を送っている。
「昨夜、カトリーナと手分けして三年生の生徒に聞いてみたけれど、そんな男子生徒に心当たりはないそうよ。揃って庇う理由はないから、嘘ではないと思うの」
上品にカネロニを掬いながら、シルヴィアがそう言った。
これは太いパスタにぎゅうぎゅう挽き肉を詰め込み、軽いソースをかけた上に、二年以上熟成させた上等なパルミジャーノ・レッジャーノを惜しげもなく削り盛って焼き上げた料理だ。
香ばしいチーズの香りがするそれを口に入れ、シルヴィアはちらりとカトリーナに視線を流す。
上品に口の中のものを飲み込んでから、ことりと小首を傾げた。
「エルドラム様も、用心のために一応伝えてくれただけで、その少年の目的は分からないとはっきり言っていたわ。最初はカトリーナの外面に一目惚れした被害者かと思ったのだけど……」
「ちょっと、どういう意味よ」
余計な一言を挟んだシルヴィアをじろりと見やり、カトリーナが抗議した。
そのカトリーナはフォークをくるくる操って、緑色のソースを絡めたパスタを綺麗に食べている。バジルをたっぷり使ったジェノベーゼは、松の実のアクセントが香ばしい。
見事なテーブルマナーを息をするように披露しつつも半眼で軽く睨んでくるカトリーナに、シルヴィアはしれっと紅茶を啜った。
「言葉通りの意味だわ。あなた見た目は完璧な令嬢なのに、中身は残念なくらい恋愛一色だもの」
「フリードリヒ様に一途だと言って頂戴。外面くらい取り繕えなくて、立派な貴族になれるものですか」
「そうね、後半は全く同感だわ。でも、イルデガルナ様の絵を何十枚と描いて部屋の壁一杯に飾るのは、一途を通り越してちょっと狂気を感じると思うの」
「な、何故あなたがそれを知っているの! それは自宅の部屋でしかやっていないはずよ!」
「あっ、すまんカトリーナ。こないだシルヴィア嬢が家の用事でうちに来た時、お前が描いたフリードリヒ殿の微笑み絵画を見られて口が滑ったんだ。俺がフリードリヒ殿のファンだと思われるのが嫌過ぎた」
「アデル! あなた何てことを言うの! フリードリヒ様のファンだなんて、名誉この上ない称号じゃないの!」
「あなたって、時々狂信者みたいになるわよねえ……」
「あの、カトリーナ様」
シルヴィアが深々と溜め息をついたところで、ずっと沈黙していたハルトが不意に口を挟んだ。
大きなエビやイカや貝がどさどさ入った海鮮カレーをかき込んでいた彼は、兎じみた大きな目をほわりと和ませて告げる。
「カトリーナ様のパスタ、一口ください!」
「…………」
シェルピンクの頭部にアデルの肘がめり込んだ。「痛いいいい!」と頭を抱えて泣き声を上げるハルトに、アデルは枝にぶら下がるミノムシでも見るような目を向ける。
この状況で全く関係ない話を振ることと、アデルの前でカトリーナに「一口頂戴」をすること。二重の意味で、この従者は実に良い度胸である。
「ハルト、お前ひたすら食ってると思ってたが、ちゃんと俺たちの話を聞いてたのか?」
「聞いてましたよぉ、カトリーナ様の自室がフリードリヒ様の非現実的な表情で満ち溢れてるって話でしょう?」
「そっちじゃねぇ! いや確かに話ずれてたけどさ!」
裏手ツッコミで否定してから、アデルは話を元に戻す。フリードリヒの微笑みが非現実的とまで称されたことにカトリーナが抗議したそうにしていたが、シルヴィアが無言で鼻を摘まんで止めていた。
「良いか、本来の議題はカトリーナのストーカーだ。今だって見られてるかも知れないんだぞ。この中で気配に鋭いのは俺とお前だけなんだから、お前ももうちょっと緊張感持って、食うなあああああ!」
「んぐー!」
兎を人参で餌付けするかの如くカトリーナが差し出したフォークにハルトが迷わず食い付いて、アデルが再度その頭をぶっ叩いた。くぐもった悲鳴を上げてパスタを呑み込んだハルトが、恨めしそうにアデルを見やる。
「アデル様、暴力的……喉に詰まったらどうするんですか」
「てめぇこそ図太いのも良い加減にしろよ、エセウサギ……! そんなに足りないなら俺の分をいくらでも鼻から食わせてやる」
「臓物コロッケは好みじゃないんですよぉ。なんか生臭いような気がして嫌いだから、アデル様だけで食べてください」
濃色をしたコロッケをフォークに突き刺し、顔を引きつらせながらにじり寄るアデルに、ハルトは散歩を嫌がる犬のような顔で首を横に振った。歯に衣着せない生意気な従者に、アデルのこめかみにピキピキと青筋が立っていく。
注釈を入れると、アデルが注文した臓物コロッケは、別にイロモノでもグロテスクな代物でもない。
これは仔牛の胸腺、脊髄、脳みそなどを賽の目に刻み、マッシュルームやマディラ酒を加えて温めた後、小麦粉を少し色づく程度に炒めてブイヨンで伸ばしたもの――所謂ソース・ヴルーテと卵黄で繋ぐ。
綺麗に丸めて揚げたそれは、見た目こそただのコロッケだが、実態は由緒正しい高級料理なのだ。
「何だか一々話がずれるわね……。とにかく、まだ相手がストーカーだと決まったわけではないのよ。できればわたくしがアリア嬢に直接話を聞きに行きたいのだけど……」
「やめておいた方が良いでしょうね。カトリーナのことを聞き回っている人間に悪意の有無が分からない以上、私やカトリーナが接触すれば、エルドラム様まで目を付けられるかも知れないわ」
いつもの主従のじゃれ合いを、慣れた様子でさらりと流し。
話を戻したカトリーナに、シルヴィアが静かに言葉を続けた。
「二年生のハルトもその相手のことを知らないなら、やっぱり聞き込みの対象は一年生に絞ってるってことかしら。なら、やっぱりきっと本人も一年生で間違いないわね」
「はい。オレ、そこそこ顔は広いですけど、誰かがカトリーナ様のことを聞き回ってるなんて話、聞いたことがないですよ。
あっ、ストーカーが、アデル様やシルヴィア様に接触してくることはないでしょうか?」
「無理でしょうね。アデルやシルヴィアは流石にわたくしとの距離が近過ぎるし、それに相手が一年生なら、委員会の先輩でもない上級生に話しかけるのはハードルが高いもの」
「だが、だったら動機はどうなる? 貴族として暮らしてりゃあ、一人や二人は年上の知人も出来るもんだ。上級生に一切顔がきかない程度の人間が、一年生の身でカトリーナに興味を持つ理由っつーのは、逆に何なんだ?」
「それこそ一目惚れとか……?」
「それは私がエルドラム様に確認したわ。勘だけど、カトリーナに恋をしているわけではなさそうだと言っていたわ」
「わたくしの所に直接来てくれたら話は早いんだけど……」
ひそひそと話し合いながら、四人は今もいるかも知れない聞き込み犯を警戒して視線を巡らせる。
今日はいないのか、それとも人混みに埋もれているのか。いずれにせよもっと直接的に意識を向けてきてくれない限りは、アデルやハルトの感知能力にも引っかからない。
正直カトリーナとしては、これといった心当たりがないのである。
生活態度も成績も至極優等生の彼女は、「正史」の『カトリーナ』のように敵を作り回ってなどいない。或いは実家絡みかとも考えるが、それにしてはやり口が拙すぎるだろう。
「カトリーナ、お前、しばらく一人になるなよ」
全員分の皿が空になるまで意見を戦わせた後、結局そう告げることでアデルが論議に終止符を打った。
「今のところ相手のやってることは、単に噂を集めるだけなんだ。聞き込みの後にどういうアプローチを取ってくるか、まずはそれを確かめないとこっちも対処のしようがない」
「それもそうですねぇ……カトリーナ様、シルヴィア様、何かあったら、すぐオレかアデル様に言ってくださいね」
唇を尖らせたハルトが唸り、不安げにカトリーナを見上げた。
冷静な様子で顎に手を当てて、シルヴィアもこくりと頷いてみせる。
「そうね。私、しばらくはカトリーナから離れないわ。課題の研究でペアを組むし、彼女にも昼夜みっちり付き合ってもらうつもり」
「えっ、あの、シルヴィア、わたくしフリードリヒ様に差し入れる料理の研究をしたいのだけど」
「課題が終わるまで諦めて頂戴」
「そもそもわたくしたちがペアを組むとは、まだ決まっていなかったような」
「私の本気について来られるような生徒、うちのクラスにはあなたしかいないじゃない」
「あっ……飛ばしていく気満々なのね……」
学徒の鑑のような友人を見て引きつり笑いを洩らしたカトリーナを、背伸びしたハルトがよしよしと撫でた。
べちん、とその手を払いのけ、アデルが代わりにカトリーナの頭を撫でる。
シルヴィアが「ペアがカトリーナなら無理が利くわね。学年2トップのプライドに懸けて、半端なものなど絶対に提出するものですか」と独りごち、カトリーナを静かに震撼させていた。