第52章 君がくれた言葉
「落ち着いた?」
「ああ、悪いな。帰るところだったのに」
千楓に苦しんでいるところを見られた俺はそのまま家まで半ば強引に連れてこられていた
「ううん、大丈夫だよ。それに苦しそうな人をほっとけないよ」
「悪いな本当に」
家に入ってリビングのソファに座らされ慣れた手つきで水を用意しながら千楓は
「だから大丈夫だって!
っていうかさ、雄平くんて凛さんと実家に帰ってたんじゃないの?」
「何で知ってるんだよ。今日実家に帰るって…姉貴か?」
「今日お店にいったんだ」
「今日もかよ。どんだけコーヒー好きなんだよ、この前も来てたらしいじゃねえか」
「毎日通いたいくらいには[陽だまり]のコーヒーは好きだよ?」
「そ、そうか」
「飲んだのはミルクセーキだけどね」
「コーヒーじゃねえのかよ!」
「今日はちょっと疲れてたからさ。そしたら凛さんの代理だったご主人たちが教えてくれたんだ」
「なるほどな」
「だからこんなところで雄平くんと出会ってびっくりしたの。なんであんなとこにいたの?」
「ああ、まあ色々あったんだけど、とりあえずドタキャンした」
「ドタキャンしたの?!」
「姉貴だけ帰っていったよ。」
「凛さんかわいそー」
「そういうなって…悪かったとは思ってるさ」
「反省しているようだし、今回は許してあげます」
「ありがとうよってなんで千楓に許してもらわなきゃいけねえんだ?」
「あははは、バレた?」
2人で笑い合う、その何気ない一幕に俺は安堵を覚えていた
「なんか久しぶりだな。こうやって話すのは」
「そうだっけ?」
「千楓が避けてたからな。朝は挨拶だけ、昼は梓のとこ、放課後は部活」
「だってさ…なんか恥ずかしくて」
千楓はソファに手を置きながら頭を下げて足をぷらぷらさせる
「学校新聞のこと、まだ気にしてんのか?」
「うんまあ、それもあるんだけどさ」
「それも?」
「いやあ、なんていうかさぁ…ねえ」
「また何かみたのか?」
「またって!…またかな?」
「んで?こんどはなーにを見たんだよ。」
「……」
「まあだいたいは想像つくけど。おおかた、俺が病院とか出るとこでも見たんだろ?」
「なんでわかったの!?」
「なんとなくな、その様子だと当たってたみたいだな」
「肩……悪いの?」
「直球だな、あんまし良くねえみたいだ。この前の査定試合んときはそんなに悪くなかったんだがな」
「そうなんだ」
「多分この前の試合が最後になるだろうな。」
「最後?」
「ああ、誰かのためにガチで投げた試合はあれで最後だ」
「そっか」
「おいおい、そんな暗い顔すんなよ。千楓が投げられないわけじゃないんだからよ」
「そうだけどさ!それでもキミが投げられなくなるなんて…あんなに楽しそうになげてたのに」
「…しょうがねえよ」
「しょうがなくないよ!!しょうがなくなんてないよ、キミにとって野球はそんなものじゃないでしょ?」
「千楓…」
「あたしは何も知らないしわからないけど…」
「この左腕は誰の為に頑張ったの?本当に納得してる?してないよね。」
千楓は俺の左腕を優しく包むように掴んで泣きそうになりながら俺に訴えてくる
「キミを可哀想な人だとは思わない…けれど、野球の神様は酷すぎるよ」
涙が溢れそうになる千楓に俺はハンカチを差し出す
けれど、千楓は首を横に振って俺の手をそっと押し返した。
「キミのほうが必要だよ」
「……俺が?」
「うん」
たぶん千楓は、ハンカチのことを言ったのだと思う。
泣きそうなのは自分ではなく、俺の方だと。
けれど、その言葉が胸の奥へゆっくりと沈んでいく。
必要。
たったそれだけの言葉なのに、どうしてこんなにも重いんだろう。
涙目の千楓にそう言われて俺は自分が大粒の涙を流しているのに気づいた
千楓はそれを見て俺を優しく包み込むように抱きしめてくれた
柔らかい感触が俺の顔を包み込む。
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
自分でも驚くほどの声を上げながら、俺は千楓の制服がびしょびしょになるまで泣き続けていた。
たぶん俺には見えないけど、千楓は優しい泣き顔で見守っていてくれたと思う
しばらくすると
「どうかな、もう大丈夫かな?」
「いや、もうちょっとこの柔らかい感触を……」
「はい、ぽーい!」
さっきまでとは違い、少し乱暴にソファへ押し戻される。
「ひでぇ」
「ひどくないよ。ちゃんと元気になったみたいだし」
千楓はそう言って笑った。
その笑顔を見ていると、不思議と胸の奥が温かくなる。
泣いたせいだろうか。
それとも――。
「な、なんだよ」
「別に?」
そう言いながらも千楓は俺から目を逸らさない。
気まずい。
なのに嫌じゃない。
むしろ、その逆だった。
千楓は何も言わない。
俺も何を話せばいいのかわからなかった。
さっきまであれだけ泣いていたというのに、今度は別の意味で胸が落ち着かない。
なんだよこれ。
甲子園のマウンドに立った時だって、ここまで緊張したことはなかったぞ。
ふと視線を上げる。
すると千楓と目が合った。
慌てて逸らそうとしたのに、なぜかできなかった。
千楓も同じだった。
そのままお互いの視線が絡み合う。
長い睫毛。
少し赤くなった頬。
いつも元気いっぱいに笑っているくせに、今だけはどこか大人びて見える。
心臓がうるさい。
絶対に聞こえている。
聞こえていたらどうするんだ。
いや、俺はいったい何を考えてるんだ。
それなのに視線だけは逸らせなかった。
逸らしたくなかった。
そんな自分に気づいてしまったから。
いつの間にか俺たちの間から会話が消えていた。
静かなリビング。
聞こえるのは時計の音だけ。
千楓がゆっくりと俺の顔を覗き込む。
制服の柔軟剤の匂いがする。
心臓がやたらとうるさい。
「千楓……」
「雄平くん……」
気づけばお互いに見つめ合っていた。
千楓の頬は赤く染まり、どこか潤んだ瞳が真っ直ぐこちらを見ている。
俺も動けなかった。
視線を逸らせなかった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
千楓の顔が近づいてくる。
俺も自然と身体を起こしかけ――
「にゃあ!」
「うおっ!?」
突然の鳴き声に二人同時に飛び上がる。
視界の端ではCBが猫皿を咥えながら尻尾を振っていた。
「お、お前かよ!」
「CBぃ!」
完全にタイミングをぶち壊された。
当の本人――いや本猫はそんなこと知ったことではないらしい。
『飯だ』
と言わんばかりに皿を俺の足元へ置く。
「メシかよ…今じゃなきゃダメか」
ガチャッ
その瞬間、リビングの扉が開いた。
「あなたたち何しているの?」
「姉貴!」
「凛さん!?」
俺と千楓の声が綺麗に重なった。
凛は俺たちを見下ろしながら静かに微笑む。
その笑顔が逆に怖い。
「二人とも」
「は、はい」
「そこに正座」
「「はい……」」
そのあとは姉貴からの大説教が始まった
そういう時に限ってCBのやつはご飯のおねだりにはこない…空気を読みおってからに
「だからね、まだあなたたちは高校生なんだから」
「「はいすみませんでした」」
十分ほど説教を続けたあと、姉貴は大きくため息を吐いた。
「じゃあこれでお説教は終わり!そしたらご飯食べましょ!雄くんはCBちゃんにご飯あげて」
「わかりました」
「千楓ちゃんは制服脱いで洗っちゃうから」
「ありがとうございます」
「ん?姉貴はどっから見てたんだ?」
猫皿にキャットフードを入れながら聞く
制服を洗うってことは俺が泣いていたことを知っていたわけで…
「う、うーんまあ良いじゃない!」
「そうかい」
「ほらほら千楓ちゃん着替えるから部屋行ってて」
「はいよー」
「千楓ちゃんこれ着てね。ご飯食べて服も乾いたら家まで送るから」
「すみません、ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ雄平のことありがとう」
リビングへ戻ると、テーブルにはすでに夕食が並んでいた。
ハンバーグ。
ポテトサラダ。
コンソメスープ。
そして湯気の立つ白米。
姉貴は昔から料理が得意だった。
喫茶店を始める前から家族の食事を作ることも多く、その腕前は俺が保証できる。
もっとも、本人は褒められると調子に乗るからあまり言わないが。
「おお……」
「凛さんすごい……」
俺と千楓の声が重なる。
「ふふん、もっと褒めていいのよ?」
姉貴はどこか得意げだった。
「いただきます」
「いただきまーす!」
千楓はハンバーグを一口食べるなり目を丸くした。
「おいしい!」
「でしょー?」
姉貴が嬉しそうに笑う。
「これお店のメニューですか?」
「いや、家用だけど?」
「家でこのレベルなの!?」
千楓は本気で驚いているらしい。
その様子を見た姉貴はますます機嫌が良くなった。
「千楓ちゃん良い子ね~」
「え?」
「ちゃんと美味しいって言ってくれるし」
「だって本当に美味しいですよ!」
「雄くんなんて何作っても普通って言うのよ?」
「毎回うまいって言ってたらありがたみがなくなるだろ」
「何その理論」
姉貴が呆れたようにため息をつく。
すると千楓がくすくすと笑い出した。
さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、今はいつもの笑顔に戻っている。
その笑顔を見ていると、こっちまで少しだけ気持ちが軽くなった。
その後、姉貴の車で千楓を家まで送った。
「じゃあ、ありがとうございました」
「またきてね千楓ちゃん」
「あ、千楓!」
ガチャっ
俺は慌ててドアを開けて外に出る
「どしたの雄平くん?」
「あのさ、いや今日はありがとな」
「ううん、じゃあおやすみ」
「ああ、おやすみ」
千楓が家に入るのを見届ける。
「……」
気づけば自然と笑っていた。
さっきまであれほど苦しかった胸の痛みが嘘みたいに軽い。
そして今度は別の意味で胸がうるさくなる。
「参ったな……」
夜空を見上げながら俺は頭を掻いた。
あの笑顔が頭から離れなかった。
第52章を読んでいただきありがとうございます。
今回は雄平にとって大きな転機となる回でした。
そして、あと少しだった二人の距離を阻止したのはCBと凛さんでした(笑)
果たして雄平の想いはこれからどうなっていくのか。
次回も日曜21時に更新しますのでよろしくお願いします!
引き続き読んでいただけると嬉しいです!
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。




