第50章 思わぬ交流
とある休日、俺は街のショッピングモールを適当に歩いていた
服屋やスポーツショップを覗いたり話題の映画を観たりして思うままに過ごしていた。
本来なら、今ごろは姉貴の運転する車に揺られながら、高速道路を走って実家へ向かっているはずだった。
実家に帰るのが嫌すぎて昨夜は眠れず、朝早くに出てきてしまい、そのままここまできてしまった。
最初は姉貴から鬼電がすごかったけど、メッセージで謝ったら矛をおさめてくれて一人で実家に帰っていったらしい。
ぶっちゃけあの人たちと今でも冷静に話せる気がしない。
スポーツショップの前を通りかかった時、ふと足が止まった。
別に何か買うつもりがあったわけじゃない。
それでも気付けば野球用品売り場へ向かっていた。
壁一面に並ぶグローブ。
金属バット。
スパイク。
ロジンバッグ。
どれも見慣れたものばかりだった。
投手用のグローブを手に取る。
新品特有の革の匂いが鼻をくすぐった。
まだ誰の手にも馴染んでいない硬い革。
何度もボールを受け、汗を吸い、少しずつ自分だけの形になっていく。
昔なら何も考えずに手に取っていたはずなのに、今は妙に感慨深かった。
値札を見る。
「たっか……」
思わず苦笑が漏れる。
女子野球部の備品事情を思い出した。
ボール一つ買うにも予算を気にしていた梓。
古くなった用具を大事そうに使っていた部員たち。
そして無邪気にバットを振り回していた千楓。
「天城さんならこういう堅実なやつ選びそうだな」
棚に並ぶグローブを見ながら呟く。
「桜田さんは派手な色好きそうだし……」
そこまで考えてから苦笑した。
いつの間にか女子野球部のことばかり考えている。
数ヶ月前なら考えられなかった。
野球なんて二度と関わりたくないと思っていたのに。
店を出たあと、今度はフードコートで昼食を取ることにした。
休日だけあって人が多い。
家族連れ。
学生グループ。
カップル。
そんな中、一人でテーブルに座る。
別に寂しくはない。
……いや、少しは寂しいかもしれない。
近くの席から子供の元気な声が聞こえてきた。
「今日ホームラン打ったんだ!」
野球帽を被った小学生くらいの男の子だった。
向かいに座る父親が嬉しそうに笑う。
「おお、すごいじゃないか」
「今度は試合で打つんだ!」
「じゃあ練習しないとな」
楽しそうな親子の会話。
俺は視線を落とした。
昔の俺もあんな風だったんだろうか。
いや、違うか。
そもそも親にそんな話をした記憶がほとんどない。
気付けば食事の味もよく分からなくなっていた。
昼食を終えたあとは映画館へ向かった。
話題作だったこともあり客席はほぼ満席だった。
映像も迫力があった。
ストーリーも面白かった……と思う。
たぶん。
映画が終わり館内が明るくなる。
周囲の観客は満足そうな顔をしていた。
けれど俺は途中から内容がほとんど頭に入っていなかった。
頭の中ではずっと実家のことがぐるぐる回っていたからだ。
もし今日帰っていたら。
父親は何を言っただろう。
母親は。
兄は。
そんなことばかり考えてしまう。
一人で昼飯を食べながら過去のことを思い出すと左肩に痛みが走った。
「くっ!厨二病じゃねえんだからよ」
昼飯を食べ終わってしばらく歩いているとどこからともなく気配を感じたので振り向くと
「あ、あの!」
「藤堂先輩!」
「こ、こんにちは」
見たことのある3人の女の子たちがいた
右から理事長の妹さんに遊撃手の桜田さん…もう1人はおおきな耳のようなツインテールの女の子、3人とも野球部にいた女の子たちだった
「よう、今日は練習休みか?」
「いえ、午前中に終わったのでそのままの足で来ました」
理事長の妹の天城リオンさんが俺の質問に答える
そういえばよく見ると3人とも着こなしは違えど、葛城学園の制服を着ていた
「練習後に買い物とは元気だな」
「藤堂先輩は…誰かお友達とですか?もしかして彼女とか!」
桜田さんが元気よく聞いてきたが
「残念ながら1人だ…」
「い、いえ!1人でも良いとおもいますよ!今はお一人様も流行ってますし!」
ツインテールの女の子がフォローしてくれた
「ははっありがとう。んじゃあ、3人とも楽しんで」
「あ、あの先輩!」
ツインテールの子が俺に声をかけたかとおもったら急にもじもじし始めた
「ん?どうした」
「じ、実は先輩にお聞きしたいことがありまして…お時間よろしいでしょうか?」
意を決するように質問をしてきた
「俺に…ってことは野球関係か?」
「は、はい!」
「わたくしたちもよろしいでしょうか?」
天城さんも聞いてきた横でうんうんと頷く桜田さん
「うーむ、俺に聞けることなんて少ないぞ?」
「そんなことないです!!甲子園優勝投手のお話なんて滅多に聞けませんから!」
「お、おう」
めちゃくちゃ食い気味に桜田さんが否定してきた
正直、あの時のことはあんまし思い出したくないし話すこともあんましないんだよなぁ
ただ、俺が話したくないことと彼女たちが聞きたいことが一致しているとは限らない。
まずは話を聞いてみないと分からない。
3人の後輩がウルウルした瞳で俺を見つめてくる
なんか犬っぽいなこの子たち
「わかった。そんな目で人を見るんじゃねえ」
俺がそう言うと可愛いケルベロスたちは、ぱぁっと花が開くように笑い…
「「「ありがとうございます」」」
「その代わり、あんまし時間は取らねえでくれよ?」
「はい!」
「では、早速お迎えを呼びますね」
「は?」
「お話しを聞くならちゃんとした場所で聞かせていただきたいですから」
「ちゃんとしたって…どこで?」
俺が質問すると
「わたくしの家ですわ」
「へ?」
といつのまにかおおきな屋敷の中に俺はいた
彼女に言いたい
俺、時間取るなって言ったよね?
「へーここがリオンの家かー」
「ねーすごいねー!」
他の2人は普通に天城さんの家に感心していた
順応力が高いな
高校の後輩3人と休みの日に後輩の家に来るとはどういう状況だ?
というかここ理事長の家でもあるってことだよなぁ…
うん?なんか良い匂いがす…
「呼んだ?」
「うおい!!びっくりした!」
耳元で囁かれ驚愕のあまり飛び上がろうとしたけど人ん家なのでなるべく我慢して後ろを振り向くと
「いらっしゃい、藤堂くん」
「あ、どうもお邪魔します…って理事長!」
「あ、理事長!こんにちは!」
「お邪魔します」
驚く俺を差し置いて冷静に桜田さんとツインテールの子が挨拶をする
「お二人もどうぞ、ゆっくりしていって」
「あ、お姉様。講堂のほうを使わせていただきますね」
「構わないけど何をするのかしら?」
「はい、藤堂先輩から野球理論に関してのご指導を賜ります」
なんか話がデカくなってきてないか?
俺そんな野球理論なんかもってないしな
「そう、よかったわね。藤堂くんよろしくね」
「あ、はい」
そして俺たちは講堂?に移動して話をすることになった
1対3で向かい合うと俺は
「ええっと今更で申し訳ないんだけど、名前の確認していいかな?天城さんと桜田さんと…ごめんね、名前なんて言ったっけ?」
「福嶋晴佳です!」
「福嶋さんね…了解」
やっとツインテールの子の名前がわかった
「お嬢様、こちらでよろしいでしょうか?」
2人のメイドがガチャガチャと用意をしている
「天城さん…なにこれ?」
「こちらはホワイトボードですわ」
「あ、そう」
そこまでやるのか…責任重大だなぁ
「じゃあやるか」
「「「よろしくお願いします!藤堂せんぱい!」」」
と講堂に三人の声が響いたところで講堂の外、屋敷の廊下で
「ええ、よろしければ今からでも。彼の野球に対する姿勢がわかるかもしれません」
どこかに電話をする理事長がいた
「ではまず桜田さん」
「はい!」
「この前の試合で二打席目、初球のストレートを打ってショートゴロだったよな?」
「あっ……はい」
桜田さんが気まずそうに肩をすくめた。
「なんで打った?」
「えっと……打てそうだったので」
「それがダメってわけじゃない」
俺はホワイトボードに大きく『根拠』と書いた。
「大事なのは理由だ」
「理由……ですか?」
「例えば相手投手が立ち上がり不安定だったとか、前の打者にもストレートが続いていたとか、配球を読んだとか」
俺は桜田さんを見る。
「打てそうだから打つ、じゃなくて打てると思ったから打つ」
「似てるようで違うんですか?」
「全然違う」
俺は即答した。
「根拠のない成功は再現できない」
三人が真剣な顔になる。
「甲子園でもそうだった。たまたま打ったホームランより、狙い通り打ったヒットの方が次に繋がる」
「なるほど……」
「だから失敗してもいいんだ。失敗した理由が分かれば次に活かせる」
桜田さんは何度も頷きながらメモを取っていた。
「じゃあ次は福嶋さん」
「は、はいっ!」
「君は守備の時に緊張するタイプだろ?」
「えっ!?な、なんで分かったんですか!?」
「顔に書いてある」
「ひどいですぅ!」
講堂に笑いが起きた。
「でも実際そうなんだろ?」
「うぅ……はい」
福嶋さんは小さく頷く。
「エラーしたらどうしようとか考えてしまって……」
「それは普通だ」
俺は腕を組んだ。
「俺だって甲子園で毎回緊張してた」
「えっ!?」
「優勝投手でもですか!?」
「当たり前だろ」
むしろ緊張しない方がおかしい。
「ただな、緊張を消そうとするな」
「え?」
「緊張は消えない」
三人が息を呑む。
「だから俺は緊張したまま投げてた」
「そんなものなんですか……」
「そんなもんだ」
俺は苦笑した。
「大事なのは緊張してても出来る準備をすることだ」
「出来る準備…」
「うん、緊張はもちろんのこと怪我だったり体調だったりチームの雰囲気だったり100%でグラウンドに立てるやつはほんの一握りだしな」
「なるほど」
「1番は意識だな」
「意識ですか?」
「そう、意識にスランプは関係ないからな。さっきの桜田さんの打席もそう、根拠を持って意識すると例え三振しても打たれても相手に重圧を与えることができる」
「よくいうだろ?監督の名前で〇〇イズムとか、そういう意思の疎通というのをチームでするんだ。」
「意思ですか?」
「どんなプレーやチームスタイルは流行り廃りはあってもそれよりもどれだけ徹底出来るかがキモだから」
「謂わゆるチームカラーというやつですね」
「コンセプトと言っても良いだろうな。有名なのは機動破壊とか、重量打線、守備重視とかな」
「コンセプト…」
「まあそれは千楓や梓が考えることだからな」
「藤堂先輩のチームはどうだったんですか?」
「俺の?ああ、去年のチームは投手と心中だったから」
「心中…」
「だから好き勝手にやらせてもらってたよ。それでも緊張はするし疲労は溜まっていくそれでもチームの意識は忘れないようにしてた」
「あ、あの…」
天城さんが手を挙げた
「はい、天城さんどうした?」
教師っぽくなってきたな
「そうなるとエースとしての責任はどうなるんでしょうか?」
「天城さんは投手だったな、エースとしての責任か」
「やはりみなさんを引っ張っていくような力強い…言うなれば、藤堂先輩や千楓先輩のような方々がふさわしいのでしょうか?」
「それは……知らん」
「へ?」
天城さんが素っ頓狂な声を出す
「甲子園でも色々なエースがいるからな、先発完投型や途中リリーフ出てくるやつ、あとは周りに支えられるエース」
「周り…」
「これもチームカラーとそこの投手のチカラによるところが大きいからな、一概には言えん」
「なるほど…」
「これからの天城さん次第だと思うよ」
「これからのわたくし…ですか」
「高校生は化けるからな、一年で別人みたいになる奴もいる。良い意味でも悪い意味でもな」
そうして時間は過ぎていった
数時間後…
「とまあ、俺の考え方というか意識してんのはこんな感じかな」
ずっとホワイトボードに図を書いたり文字を書いたりしたから疲れた…
最終的にはテレビまで持ってきてもらってこの前の試合の反省会というか気になったところを指摘した
「はえ〜ここまで意識してるんですね」
感心した様子で福嶋さんが話す
「つっても拾い食い的な知識が多いし独学なとこがあるから絶対とはいえないけどな」
「いやいや、独学でってところがすごいです。ここまで私たち考えてなかったですよ!」
「そうですわね、わたくしたちも考えを改めなければですね」
桜田さんと天城さんも理解してくれたようだ
「つい長々と話してしまった、悪かったな」
「いえいえ!ちゃんと血肉にさせていただいてこれから役立たせます!」
「おう、三人とも頑張ってな」
ガチャっ、パチパチ
俺がエールを送ると扉が開かれ1人の女性が拍手をしながら入ってきた
小柄で髪型はショートでアシンメトリーみたいで中性的な女性だった
その人は俺の前まで来ると
「素晴らしい講義だった、聞いていて僕もすごく勉強になった」
まさかのボクっ娘だった
「いえありがとうございます。」
「キミは確か、藤堂雄平だったかな」
「はい、そうです。えっと」
「失礼、僕はこの度葛城学園女子野球部の監督に就任することになった芦屋姫子です。よろしく」
そう言いながら芦屋さんは手を差し出してきた
「あ、どうも」
この手は…やれやれどうもこの人も相当な野球バカなようだ
第50章を読んでいただきありがとうございました!
気付けば50章です。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
今回は久しぶりに千楓や梓以外の部員たちにスポットを当ててみました。雄平からすると何気ない会話かもしれませんが、部員たちにとっては甲子園優勝投手から直接話を聞ける貴重な時間だったのではないでしょうか。
そしてついに新キャラクター、芦屋姫子が登場しました。
これまで葛城学園女子野球部は、良くも悪くも選手たちだけで走り続けてきました。そこへ新たな監督が加わることで、チームがどのように変わっていくのか。そして雄平との関係がどうなっていくのか。今後の見どころの一つになればと思っています。
また今回の冒頭では、雄平がまだ過去や家族との問題を抱えていることにも少し触れてみました。前へ進み始めた彼ですが、全てを乗り越えたわけではありません。そのあたりも少しずつ描いていければと思います。
次回からは新たな監督を迎えた女子野球部が本格的に動き出します。
次回も日曜21時に更新しますのでよろしくお願いします!
引き続き読んでいただけると嬉しいです!
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。




