第48章 普通の部活
昼休みの生徒会室には、紙をめくる音だけが響いていた。
眼鏡をかけた別当梓は、机の上に積まれた書類を前に、小さくため息をつく。
「……部活にかまけすぎたな」
生徒会室とは思えない広さの部屋
以前は校長室だった名残なのか、机や棚もどこか重厚感がある。
そこでひとり書類と向き合っているのは、野球部主将でもある別当梓だった。
昼休みだというのに、梓の机には未処理の書類が何段にも積み上がっていた。
役員たちも優秀だ。
それでも、会長の確認が必要な書類だけは、どうしても梓の机に積み上がっていく。
梓は休み時間を使って作業をしていた
コンコン
「どうぞ」
「ごめーん梓!またいいかな?」
「またか…別に構わないが見返りは頼むぞ」
「はいはい、何をすれば良ろしいですか?」
「そこの資料をまとめてくれ。わからないことがあったら聞いてくれ」
「りょーかーい。その眼鏡カワイイね似合っているよ」
「お世辞はいいから作業を頼む」
「ぶー!本当なのにさ」
「本当に溜まっているんだ、最近は部活動のほうにかまけていたからな」
「はいはい、ちゃんとお手伝いしますよ。ていうか他の生徒会メンバーは?」
「わざとではないにせよ私の都合で溜めてしまったんだ。こんなことにわざわざ頼みはしないさ」
「あたしには平気で頼んでるのにー?」
「そもそも誰の頼みで生徒会長になったと思ってるんだ?」
「それはあたしです」
梓は去年の秋、一年生で唯一生徒会長に立候補して見事に当選した
女子野球部を認めさせるため。
千楓たちは授業、行事、雑務――できることは何でもやった。
梓の生徒会長立候補はその一環であった
最初は千楓が立候補するつもりだった。
だが、「お前は絶対に違う」と当時の部員全員に止められた。
その結果、白羽の矢が立ったのが梓だった。
そのため生徒会の仕事で梓が大変な時は部員たちが持ち回りで手伝っている
「それで?毎回何から逃げているんだ。」
梓の声にぴたっと作業をしていた千楓の手が止まる
「え?なんのこと」
「誤魔化したってわかるぞ、何年の付き合いだと思ってる。」
「梓も新聞見た?」
「見るだろうあれは」
「あははは、恥ずかしいね」
「笑ってる場合か」
「そんなこと言われたってそもそもの原因は雄平くんだし」
「まあそうだな」
「それにあの時に梓が勝手に"頼んだ"から、あーなってんじゃん!」
「人の噂も七十五日というだろう。」
「長いよ!もっと短くして」
「だが、千楓も満更じゃなさそうに写っているように見えたぞ。雄平くんの顔を見てたし」
「あれは抗議をしてたからだよ。」
「なんにせよ、みんな面白がってるだけだ。そのうち静かになるさ」
「早く収まるといいなぁー」
しばらく話しながら仕事を2人で片付けていくとキリのいいところまで終えたのでお昼を食べてお茶にすることにした
「はあ〜〜お腹いっぱい」
「お茶をどうぞ」
「ありがとう、もらうよ」
「「ズズ…」」
「ほう…落ち着くね〜」
「なあ」
「「ふ〜〜」」
「なんか前にもこんなことがあったね」
「雄平くんのことで相談した時だったな」
「結局のところあたし達が助けてもらっちゃったね」
「うむ、彼がいなかったらと思うとな。」
「ね、99%負けてたよね…あたし達」
「本当に救われたな」
湯呑みから立ちのぼる湯気を眺めながら、梓がぽつりと呟く。
生徒会室の外から、遠くの笑い声が聞こえる。
その明るさが、今だけ少し遠かった。
「……でもさ」
千楓は、湯呑みの中を見つめたまま言った。
「雄平くんは、助けられないんだろうね」
「あの話を聞いてしまうとな…最後に晴れ舞台を用意できただけでも良しとしないとかもな」
「辛いだろうね雄平くん」
「そうだな。」
「あたし達、ちょっと酷いことしたかな」
「なんでだ?」
「だってさ、本人は野球をキッパリ諦めるつもりで転校してきたのに無理矢理引き込んだようなモンじゃん」
「確かにな、自分たちの為とはいえ…少し酷なことをした」
「あたしは彼の顔をどうやって見ればいいかわからないよ」
「だからここ最近は休み時間のたびにここに来ていたのか」
「わかっちゃってた?」
「噂だけが理由なのはなんとなくな」
「これからどうしようかなぁ」
ドンドン、と遠慮のないノックが響いた。
返事を待たずに、扉が開く。
「梓、いるかー!?」
「うわ!びっくりした」
「夏海先生…いつも返事をしてから開けてくださいと言ってるじゃないですか」
梓が頭を痛そうに抑えながら抗議をする
「はっはー!!すまんって千楓もいるのか!ちょうどいいな」
「ちょうどいい…?野球部のことですか」
「ああ、今度うちにな新しい指導者が来てくれることになったんだ」
「「新しい指導者?!」」
「お前らハモったなぁ〜!」
「どんな人なんですか?」
「この前、試合をしたレッドアイアンズの関係者だ。芦屋監督の推薦なんだ」
「レッドアイアンズの?」
「元選手の人でな、芦屋監督曰くかなり野球に詳しいらしい」
「それは頼もしいですね」
「夏海せんせーはどうなるんですか?」
「ん?アタシか?」
「だって新しい指導者が来るってことは…」
「あッ!」
「お前らなぁ…いるに決まってんだろ!!」
「「え?」」
「ちゃんとした専門の指導者とはいえ、外部の人間なんだ。学園の教師がきちんと見てないでどうする!他の部活動だってそうだろう!」
「な、なるほど」
「良かったね〜」
「そんなこと心配するな、お前らが在学中は最後まで面倒を見るって決めてるんだ」
「先生…」
「それってせんせーが決めることなんですか?」
「大丈夫だ!レオーヌにもそう言ってあるから!」
「そんなついでの用事を頼むみたいな」
「まあ、とにかく新しくコーチは来るし、大会出場は決まってるし…やっと普通の部活になったな」
「長かったね」
「そうだな」
「あと、今年の夏は大会の後になるけどレオーヌの別荘で合宿を行うことも決定したから」
「「おお〜」」
「……やっと、普通の部活になったな」
夏海先生のその言葉に、あたしと梓は顔を見合わせた。
普通の部活。
練習があって、指導者がいて、大会があって、合宿がある。
そんな当たり前が、あたしたちにはずっと遠かった。
でも――。
その“普通”の中に、雄平くんの場所はあるんだろうか。
あたしたちは、救われた。
だけどその代わりに、雄平くんをまたマウンドへ引き戻してしまった。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃのまま苦しかった。
今回は“普通の部活”というタイトル通り、ようやく女子野球部が少しずつ形になってきた回でした。
ただ、普通になっていくからこそ見えてくるものもあるのかなと思いながら書いていました。
梓の生徒会長としての一面や、千楓の中にある雄平への気持ちも少しずつ描けていたら嬉しいです。
そして新コーチに合宿……。
女子野球部もまた少し前へ進みます。
次回も日曜21時に更新しますのでよろしくお願いします!
引き続き読んでいただけると嬉しいです!
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。




