表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/46

第43章 悪夢からの


何の試合かわからないマウンドに俺は登板していた


何イニングス目かわからない…


ただ…スコアボードには0-19と書かれている


「はぁ…はぁ…」


疲れているのか、身体が動き辛い


なんか水の中にいるような


だからなのか…


何球、何十球、いや何百球投げただろう…


ミットは、いつの間にか遠くなっている。


届かない。


音だけが、乾いて響く


俺はどのチームで投げてるんだっけ?


自分のユニフォームを見てみると胸元に

[葛城学園]と書かれていた


は?


バックスクリーンの名前にも葛城学園と書いてあった、いやそれよりも捕手の方を確認する


マスク越しにとんでもなく失望をするような眼をした梓がキャッチャーボックスに座っていた


そして他の守備陣の顔を確認しても"アイツ"はいなかった…


恐る恐るベンチを見ると奥のほうで見たことない顔をしながら俺を睨みつけているアイツ…千楓がいた


嘘だろ…あいつがあんな顔するなんて


俺のせいで…俺のせいで出られなくなってしまったのか。


千楓の唇が動いたことに気付いた。


読唇術など持ち合わせていないが千楓が何を言ったか分かってしまった


(お前がいなければ…!)


ーーー


「っはぁっ!はぁはぁ」


目が覚めた瞬間、最初に残っていたのは感情だった。


嫌な夢を見た――そんな感覚だけが胸の奥に沈んでいる。

だが肝心の内容は掴めない。手を伸ばせば崩れてしまう霧のように、記憶はすでに遠ざかっていた。


浅く息を吸う。


視界には見慣れた天井。

現実へ戻ったことを確認しながらも、心のざらつきだけが消えない。


「……最悪だな」


声に出したのかどうかも曖昧なまま、雄平は瞬きを繰り返す。


そこで、ふと違和感に気づいた。


暗い。


朝のはずなのに、光がやけに弱い。

目覚めたばかりの頭でも、それくらいは理解できた。


さらに遅れて届く、もう一つの感覚。


空気が重たい。


乾いた朝特有の軽さがなく、どこか湿り気を帯びた気配が肌にまとわりつく。

わずかに感じる冷たさが、布団の温もりと不自然な対比を作っていた。


カーテンを確認するまでもない。


雄平は天井を見上げたまま、小さく息を吐く。


「……ああ」


今日の空がどんな色をしているのか。

想像するのは難しくなかった。


「天気予報は外れんかったなぁ千楓」


昨夜に充電しといたスマホで時間を確認すると、もう昼近くになっていた


そして姉貴からメッセージが来ているのに気づいた


[あとよろしく]


よろしく?よろしくとはなんだろうか


何をよろしくすればいいのか…

ともかくメッセージが来たということは姉貴はうちにいないということだ


今日は大雨だから店は開けられないって言ってたのになぁ


とりあえず悪い夢を見てうなされたせいなのか、汗だくの身体を何とかしなければ。


最近は少なかったから油断してたなぁ

夢を見るのに油断もクソもないとは思うが…


自分の部屋からそのまま風呂場にいってサッとシャワーを浴びる


水を浴びながら鏡の中の俺を見つめる


「ひでえ顔だな」


風呂場から出るとTシャツの用意を忘れていたのでとりあえずパンツと短パンを履いて首からタオルを掛けてることにした


ガチャッ


リビングとキッチンに繋がるドアを入ってすぐに冷蔵庫を開ける


コップ出すのめんどくせえなぁ…


姉貴がいないしペットボトルそのままにコーラを口に含むと


ゴトッ


「む?」


後ろで音がしたので振り向くと

真っ赤な顔で口を開けてスマホを落としたままの千楓がリビングのテーブルに座っていた


「……あれ、お前なんでいんの?」


その顔を見た瞬間、胸の奥がざらついた。

夢の中の目と重なった。


「いいから服を着てよ!!」


「うおっぷ!」


千楓の座っている隣の椅子に掛かってた服を投げつけられてしまった…

近くに洗濯したてのTシャツがあって良かった


改めてTシャツを着てからコーヒーを用意しながら千楓のところに置かれたカップの中身、姉貴が淹れたであろうコーヒーが空になっているのを確認してから

「千楓もおかわりいるか?」


「う、うん」


千楓のカップに注いでから千楓の向かい側に座る


「ありがと」


「そんでお前なんでここにいんの?」


「なんでだろうね…あはは」


「なんでってウチに用事があったんじゃないのか」


「そ、そうなんだけどさ」


「ていうか、よくウチがわかったな」


「前にさ、申し訳ないことに雄平くんの資料をチラッと見ちゃったことがあってさ。本当に偶然なんだけど…」


シュンと小さくなる千楓…今日はなんだかめちゃくちゃおとなしいな


「なるほどな、よく覚えてたな。メモったのか?」


「ううん、さすがにそれはできないから…マンションの名前だけは覚えててとりあえず近くまで来たんだ」


「ははは!すげえ行動力だな。」


「でも、来たは良いんだけど、部屋番号までは覚えてなくて…どうしたもんかと思ってたらたまたま出て来た凛さんに会って」


「それでウチに入れてもらったと?」


「う、うん。本当に急に来てごめんね」


「まーいいけどよ。姉貴はどこ行ったんだ?」


「開けないけど雨が降ってないうちにお店の様子を見て行くって」


「ん?つーことは千楓は何時に来たの?」


「1時間くらい前かな」


「そんなにか!?悪かったな1人にして」


「ううん、だいじょぶ…」


「んで?用事っていうのは何?」


「昨日おぶって家まで送ってくれたんだよね。ごめんなさい、ご迷惑をお掛けしました」


座ったまま頭をさげる千楓


「いや別に構わねーけどさ。疲れてたんだし、しょうがないだろ…え、まさかそれだけ言いに来たの?」


まさかお礼を言うためだけに雨予報の日にわざわざ来たというのか


「あとさ…これ」


千楓が何か包みを二つテーブルに置いて差し出して来た


「なにそれ」


「前にさ…ほら貸してくれたじゃんハンカチ」


「……あー!忘れてた。」


「一つはそのハンカチ…ちゃんと洗濯したから」


「そういや貸してたな。そんでもう一つは?」


「……お礼のお菓子」


「んな別にハンカチ貸しただけだし」


「長く借りちゃったしさ…それにお礼はそれだけじゃなくって」


「それだけじゃない?」


「これだけはキミ言わなきゃ意味ないからさ」


千楓はガタッと立って俺の前まで来ると頭を思いっきり下げる

そして涙声で自分の気持ちを伝えて来た


「あたしの…あたしたちの居場所を守ってくれて本当にありがとう…!キミが来てくれて本当に良かった」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきしんだ。

夢の中の声が、かすかに重なる。


「あ、ああ。いやお前らが頑張ってるとこにちょっと加えてもらっただけさ」


「それでもありがとう…本当に」


だからこそ…目の前の千楓の言葉は胸の奥に強く刺さった


「おう、じゃあこのお菓子は貰っとくよ」


「えへへ…うん!」


俺の言葉を聞いて千楓は頭を上げて涙ながらに微笑んで強く頷いた


ぐぅ〜きゅるきゅる


こんな良い場面で俺の腹がなってしまった


「そういや腹減ったな。なにか作るから千楓もなんか食うか?」


「いやいや悪いよ!もう帰るし」


「だってまだ雨降ってるぜ。姉貴が帰って来たら送ってもらえよ」


「それこそ悪いよ!せっかくのお休みなのに」


「俺が待たせたせいなんだしよ。つーか姉貴も起こせばいいのに!」


「あたしが起こさないように頼んじゃったんだ。勝手に来たのはあたしだしさ」


いつもより、しおらしい千楓に少し胸がざわついてしまう


「まっ、とにかくよ。おれの言う通りにしろって嫌いなもんとかある?」


「わかりましたじゃあ御相伴にお預かりいたします。嫌いなものはないです!」


「よし!そしたら俺特性の野菜炒め塩ラーメンでいいかい?」


「なにそれ美味しそう!」


俺はこの日…初めて気づくことになる。



失うのが怖かったのは、

居場所じゃなかった。



「はぁ〜美味しかった…!」


キッチンでどんぶりを洗いながら、千楓が満足そうに息をつく。


「お粗末さん。いや、食ってくれてよかったよ」


俺は隣で、千楓が洗ったどんぶりを拭いていく。


「市販のラーメンなのに、野菜炒めを乗せるだけであんなに美味しくなるんだね」


「だろ?ラードで炒めてるからちょっとカロリー高いけど」


「そこは気にしないでおくよ。昨日たくさん頑張ったしね!」


よかった。

いつも通りの千楓だ。


さっきみたいに大人しいと、こっちの調子が狂ってしまう。


「さて、この後は何する?」


姉貴が帰ってくるまで、どう時間を潰すか考えないとな。


「ごめん、その前にトイレ貸してくれる?」


「ああ。リビングから見て一番奥の左だ。『TOILET』って書いてあるから分かると思うぞ」


「ありがと」


パタパタとリビングを出ていく千楓。


「映画でも観るかな……あいつ何が好きなんだろう」


その時だった。


ふと、今の状況に気付いてしまった。


千楓ともだいぶ慣れてきたとはいえ——


可愛い女の子と二人きり。


ラブコメみたいな状況だと気付いた瞬間、胸の鼓動が一気に早くなる。


なんとなく時計を見る。


「大丈夫……大丈夫。まだ慌てるような時間じゃない」


「大丈夫……まだ慌てるような時間じゃない」


昔どこかで聞いたセリフを

自分に言い聞かせる。


……たぶん自分に全然効いていない。


落ち着かない。


とりあえず部屋の中を歩き回る。


ガッ!


「痛ったい!」


椅子に小指をぶつけた。


ドサッ!


さらに椅子に掛けてあった千楓の手提げ袋まで落としてしまう。


中身が床に散らばった。


「俺は何やってんだ……」


拾い集めながら、ふと手が止まる。


「DVDと……これはスコアブック?」


野球の記録ノートだ。


表紙には


『CHIAKIちゃん No.3』


と書かれている。


DVDは真っ白で、何も書かれていない。


なんとなく気になって眺めていると——


ガチャッ。


「雄平くん、お手洗いありがと!」


「ひえっ!ごめんなさい!」


「何が?」


変な声出た。

恥ずかしい。


「いや、ぶつかって袋落としちまって……中身は見てない!許してくれ」


「あーそれね。ほんとは梓のとこに持ってこうとしてたやつ」


「梓の?」


「昨日うちの家族が試合観に来てて、録画もしてくれてたの。だからその焼き増し」


「昨日の今日で?仕事早いな」


「うち昔からそうなの。撮ったその日にDVDにしちゃうんだ」


「へぇ。……それで梓にも?」


「梓、捕手でしょ?反省会したいんだって。根っからのお真面目さんだから」


「やっぱしっかりしてるなぁ」


千楓はスコアブックを持ち上げた。


「それでこっちは、お母さんが毎回つけてるスコアブック」


「お母さんが!?」


野球やってても、スコア書けるやつなんてそう多くないのに。


「見てみる?」


「いいのか?」


「ぜひ見てほしいです」


「じゃあ遠慮なく」


ページをめくる。


ペラ……ペラ……


「どう?」


「すげえな……球種ごとに色分けしてる。めちゃくちゃ分かりやすい」


「すごいでしょ〜」


えっへん、と胸を張る千楓。


これは本当に感心した。

強豪校並みにしっかり記録しているかもしれない。


「これいつからなんだ?シニア?」


俺の質問に、千楓の表情が少しだけ曇った。


「うーん……小学校のときかな」


少し間を置いてから言う。


「お兄ちゃんが死んじゃったとき」


「……は?」


「だから、お兄ちゃんが死んじゃったとき」


昨日の梓とのやり取りはなんだったんだ。


こんなにあっさり話すとは思わなかった。


「お、お兄さんいたのか……」


「うん。ていうか雄平くん、昨日仏壇の写真見たでしょ?」


「……!」


「大丈夫だよ。梓から聞いてるから」


あのおっぱい主将め……


「いや、本当に悪かった」


「怒ってないよ。それに、なんとなく雄平くんには知っててほしかったし」


「そ、そうか」


「お兄ちゃんが死んだときね、お母さんとお父さん後悔してたんだって」


「後悔?」


「うん。その頃は二人とも野球に興味なくて、お兄ちゃんの試合あんまり観に来れてなかったんだって」


「……」


俺は何も言えなかった。


「残ってるのは、お兄ちゃんの友達が撮ってくれた映像が一つだけ。写真はいっぱいあるんだけどね」


「そうか」


「ごめんごめん!湿っぽくなっちゃった」


「いや……聞かせてくれてありがとう」


ページをめくる。


ふと、見覚えのあるページに止まった。


「それ昨日の試合だね」


「そういやちゃんと全部観てなかったな」


「じゃあさ……これ、観てみる?」


千楓がDVDで口元を隠しながら見せてくる。


その仕草に少しドキッとした。


「……そうだな」


DVDをセットする。


ジュースを開けて、二人並んでソファに座った。


そこからは、至福の時間だった。


野球観の違い。

トレーニング。

戦術。


再生しては止めて、何度も議論する。


こんなことを一緒にやってくれる相手なんて、今までいなかった。


正直、めちゃくちゃ楽しかった。


そして——


楽しい時間はすぐ終わる。


グラスのジュースが空になった頃。


「あ、もうこんな時間!帰らなきゃ」


時計を見る。


「まじか……ていうか姉貴遅いな」


「ほんとだね」


「傘貸すから途中まで送るよ」


「いやいいよ!」


またこのやり取りか。


「だって暗いし——」


ガチャ。


窓を開ける。


ザーザーザー……

ピカッ!

ゴロゴロゴロ……ドーン!


「は?」


外はとんでもない大雨だった。


道路はほとんど冠水している。


そして——


目の前で、千楓が耳を塞いでしゃがみこんでいた。


「お、おい千楓……」


ピカッ!


「ひっ!」


肩が小刻みに震えている。


ここまで怯えるとは思わなかった。


こんな千楓を見るのは初めてだった。


「お、おい……大丈夫か?」


これは、ダメだな。


姉貴に電話しようとした、その時。


スマホが震えた。


姉貴からだ。


『ゆうくーんごめんなさーい!今日帰れなくなっちゃった!』


「は!?」


「ど、どうしたの?」


「姉貴が今日帰れなくなったって……」


「え……」


「どうしましょうか……」


外では、激しい雨音が鳴り続けていた。


第43章を読んでいただきありがとうございます。


今回は雄平の「悪夢」から始まる回でした。

スコア0-19、そして千楓のあの一言――

彼の中にある“恐怖”と“後悔”が、かなり露骨に出てきたと思います。


そして現実では、まるでその悪夢を打ち消すように、

千楓がまっすぐな「ありがとう」をぶつけてきました。


この“悪夢と現実の対比”が、今回一番描きたかった部分です。


ただし――

まだ安心はできません。


ラストの雷雨で見せた千楓の様子。

そして、雄平が感じた違和感。


ここから先、二人がそれぞれ抱えているものが少しずつ表に出てきます。


次回は、この続き。

雨の夜の出来事を中心に、関係性が一歩進む……かもしれません。


引き続き読んでいただけたら嬉しいです。



次回も日曜21時に更新しますのでよろしくお願いします!

引き続き読んでいただけると嬉しいです!


ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ