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第42章 千楓が背負っているもの


夜と呼ぶにはまだ少し早い、空にはわずかに群青色が残り、昼と夜の境目のような時間が街を覆っている。


住宅街には生活の気配がまだ漂っていた。

どこかの家からはテレビの音、別の窓からは夕食の支度を思わせる灯り。

街灯もすでに点き始め、柔らかな光が路面に滲んでいる。


その通りへ、一台の軽自動車が入ってくる。


車内は静かだった。


前を見る。

バックミラー越しに、後部座席が映る。


梓の肩にもたれたまま、千楓は眠っている。


姉貴は穏やかにハンドルを握ったまま、

「寝顔、かわいいわね」

と、笑った


俺は何も言わない。


「次の角を右です」


千楓は起きる気配がない。

梓はそのまま淡々と道案内を続けた。


「了解!ごめんね、梓ちゃん家が後回しになった上にナビまでお願いしちゃって」


「大丈夫ですよ。うちにも連絡はしてありますし…それに千楓の家には昔から遊びにいってるので」


「2人は本当に仲良しなのね」


「いえ、ただの…腐れ縁です。あ!そこの三軒目です」


「はーい」


「おい!おきろ千楓!」


千楓の家の前に車を停めると梓が千楓の身体をゆすって起こすが…


「……だからまだ投げられるって………」


「まだ言ってんのかこいつは、どうすっかー」


「雄くんがまた担いでくれる?」


「またか」


「だって梓ちゃんは疲れてるしお姉ちゃんは、か弱いし…」


「本当にすまないが頼めるか?」


それしかないのはわかるが…しょうがないか


「よっと」


また抗議されると面倒なので変なとこに触らないように梓に手伝ってもらって背中に担ぐ


すると寝ぼけてるのか千楓が俺の首に手を回してぎゅっと強く抱きしめてきた


「スゥースゥー」


寝息が耳に当たりシャワーを浴びた後でもないのにシャンプーの匂いが俺の鼻をくすぐる


何より背中に柔らかいものが思いっきり当たっている…意識しないようにしても、どうしても気になってしまう。


「ぐっ!バチンっ!!」


自分の頬を叩いて雑念を飛ばす


「ど、どうした!?」


「い、いやなんでもねえ。」


ピンポーン


「はーい、あ、梓ちゃん!ちょっとまってね」

インターホンから声が聞こえてから千楓の家の中からパタパタと足音がすると


ガチャッ


ドアが開かれると千楓が成長したような妙齢で綺麗な女性が出てきた


千楓のお姉さんか?やっぱ似てんだな

遺伝子すげえな


「こんばんは。ご無沙汰してます、千冬さん」


やっぱお姉さんか


「初めまして弟が千楓ちゃんの同級生でお世話になっています。藤堂凛です」


「あら、すごい美人!じゃなくて…千楓の母親です。今日はご迷惑をおかけしてごめんさいね」


――は?


一瞬、意味が理解できなかった。


今、この人は何と言った?


嘘だろ!今、姉貴のこと褒めてたけどそれ以上に女子高生の母親とは思えないほど若々しい


姉貴と同じくらいか…


「いえいえ遅くなってしまって申し訳ございません」


「いいんですよ〜あら?そちらの男の子は…」


「あ、すみません千楓さんと同じクラスの藤堂雄平です。」


「あなたがよく千楓が話してた男の子ね!」


話?何の話だろうか。

変なこと話してないだろうな


なんかすごいムフフっていいながらにやけてるけど


「それで千冬さん。千楓なんですが寝てしまって…」


「起きないのね。この子がこんなに寝入るなんて珍しいわ…ごめんなさい重かったでしょ?」


「いえ全然大丈夫です、重さは…。えっと、どこまで運びましょうか?」


「そしたら申し訳ないけど千楓の部屋までお願いしてもいいかしら?私、今ちょっとお台所に戻らないといけなくて…梓ちゃんも千楓の部屋まで案内してくれる?」


まじか


「わかりました、行こう雄平くん」


「あいよ」


玄関で靴を脱いで上がり梓の先導で家の中を進み階段を登るとドアに[CIAKI]と書かれた部屋を見つけた…


「……いや、アルファベットの綴り雑すぎだろ」


ゴンッ


そう思ってると千楓の部屋の向かいのドアにぶつかって開いてしまった


千楓の部屋のドアを梓が開けて明かりをつけるとベッドがあったのでそこに寝かせる


うお!世界一のバッターでメジャーリーガーのシマジローのポスターだ。いいな!


「雄平くん先に部屋を出てくれるか、着替えさせるから」


「わかった」


言われるがままに部屋の外に出ると先ほど開けてしまったのを思い出す


「やべ、閉めとかないと」


割と奥まで扉は開いてたので少し部屋に身体を入れて閉めようとすると仏壇が目に入った


そしてそこに野球少年の写真が飾ってある


ユニフォーム姿の少年。

どこかで見た顔だった。

いや、違う。

似ているんだ。


「雄平くん?何をしているのかな」


「うお!」


後ろから怖い声が聞こえてきたので振り向くと梓が仁王立ちしていた


「人の部屋に勝手に入るなど言語道断だぞ!」


「いや違うんだ、さっきぶつけて開けちゃったから閉めようと思ったら気になる写真があってよ」


「それでも良いことではないぞ!」


「はいごめんなさい」


「ほら行くぞ」


「お、おう…ちなみにさっきの写真は?」


梓が立ち止まり振り返りながらジィロ〜と睨んできた


「いややっぱり何でもない


「千楓の兄の千尋さんだ」


「兄…」


「……事故だ。大雨の日の」


「そうだったのか…」


2人で階段を降りて台所にいる千冬さんに挨拶をして姉貴が待ってる車に戻ろうと玄関を出ると


「雄平くん…さっきの話だが」


「千楓には内緒だろ?わかってるよ」


「ああ、よろしく頼む」


2人で車に乗り込んでから無言が続く


運転席の姉貴はいつもおしゃべりなのだが俺と梓の雰囲気を察してくれたのか静かにしていた


そうこうしているうちに梓の家の門の前に着いた


「凛さん今日はありがとうございました」


「うん、お疲れ様!ゆっくり休んでね!」


バタンと車のドアが閉められたのを確認してから


「じゃ、行こっか」


「ごめん、姉貴ちょっと待ってくれ!」

出発しようすると姉貴を俺は静止して外にでる


「梓!」


玄関に入ろうとする梓を呼び止める


「どうした?」


「いやさっきのことなんだけどよ」


「千楓はな……」


一瞬、言葉を選ぶように間があく。


「負けるのが嫌いなんじゃない。

“失う”のが怖いんだ」


俺は何も言えなかった。


「だからあいつは投げ続けるんだ…

雄平くん あいつのこと、頼んだぞ」


「ああ」


梓はそれ以上何も言わず、玄関へ向かった。


門が閉まる音が、夜に溶ける。


しばらくその場に立ったまま、俺は動けなかった。


——失うのが怖い。


あいつは、そうやって投げているのか。


車に戻ると、姉貴は何も聞かずにエンジンをかけた。


無意識に、左腕を握る。


まだ投げられる。


誰の声だったのかは、わからない。


でも、その言葉は消えなかった。


ーーー


その夜――


葛城学園とは別の場所で、

もう一つの話が動いていた。


黒のワンピースに身を包んだ女が、カウンター席で静かにグラスを傾けていた。


琥珀色のウイスキーが、丸い氷の上でゆっくりと揺れる。

香りを確かめるように口に含み、静かに喉へ流した。


隣には、浅黒く焼けた肌の男が座っている。

ノータイのスーツ姿。仕立ての良いジャケットに重厚な時計、磨き込まれた革靴。

無駄のない体つきが、かつてグラウンドに立っていた人間であることを物語っていた。


男はグラスの氷をカランと鳴らし、ひと口飲むと苦笑した。


「いやあ……今日はやられましたよ。天城理事長」


女――天城レオーヌは、わずかに口元を緩める。


「こちらこそありがとうございました。

正直、途中までは負けるかと思っていましたわ。芦屋社長……いえ、芦屋監督」


芦屋は肩をすくめ、グラスを揺らした。


「よく言いますな。あの頑固な理事会が、その日のうちに許可を出すとは。

理事長もなかなかやります」


レオーヌは静かにグラスを回した。


「わたくしは何も。

皆さま、少しだけ昔が恋しかっただけですわ」


「昔、ねえ……」


芦屋は小さく笑い、視線を落とす。


「それにしても……藤堂雄平、ですか。

あんな選手を、よく見つけましたな」


レオーヌは答えない。

ただ、ウイスキーをひと口含むだけだった。


「一体、いつから用意していたんです?」


しばしの沈黙のあと。


レオーヌは、何でもないことのように言った。


「去年です」


芦屋の眉がわずかに動く。


「去年……?

彼が秋季大会で負けたときですか。

それとも――橘川咲春を退学になったときですか?」


レオーヌは微笑んだまま、グラスを口元へ運ぶ。


「どうでしょう?」


芦屋は小さく吹き出した。


「ふふ……相変わらずの秘密主義ですな」


氷が静かに溶ける音が、バーの静寂に落ちる。


芦屋はグラスを見つめながら、ぽつりと言った。


「ですが、あの投球を見ると……期待してしまいますね」


一拍置いて。


「あの――“葛城エース”のように」


その瞬間。


レオーヌの指先が、グラスの脚でわずかに止まった。


ほんの一瞬。


だが、確かに。


「……それは無理な話ですわ」


彼女は静かに言う。


「彼との契約は――今日の一試合だけですもの」


芦屋はしばらく黙っていたが、やがて何かを悟ったように笑った。


「なるほど」


そう呟くと、残っていたウイスキーを一気に飲み干す。


「もう一杯いかがです?」


レオーヌが尋ねる。


芦屋は首を振った。


「いえ、今日はこれで。

あまり飲みすぎると、娘の姫子がうるさいのでね」


立ち上がり、ジャケットを整える。


「マスター」


グラスを磨いていた男が顔を上げた。


「今日の理事長の支払い、私の方につけておいてください」


「かしこまりました」


「あら、よろしいのですか?」


レオーヌが言うと、芦屋は軽く手を振った。


「今日は祝勝会でしょう。

負け監督からの祝い酒です」


そう言って、扉へ向かう。


「では、理事長」


カラン、とベルが鳴り。


男の姿は夜の街へ消えた。


再び、バーに静寂が戻る。


レオーヌはグラスの中の氷を見つめたまま、静かに呟いた。


「……葛城エース、ですか」


氷が、かすかに音を立てて回った。


今回も読んでいただきありがとうございます。


第42章では、千楓がなぜあそこまで投げ続けるのか――

その根っこにあるものに、少しだけ触れる形になりました。


「負けるのが嫌い」ではなく、

「失うのが怖い」。


この違いは、今後の彼女の選択やプレーに大きく関わってきます。


そして、千楓の過去にあった出来事。

まだ断片ではありますが、少しずつ明かしていく予定です。


一方で、雄平の中にも再び何かが灯り始めています。

彼自身がそれをどう受け止めるのかも、今後の大きな軸になります。


さらに、後半ではレオーヌと芦屋の会話を挟みました。

「葛城エース」という言葉が、過去と現在をどう繋いでいくのか――

こちらもゆっくり描いていきます。


次章からは、また少し空気が変わっていく予定です。


引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。


次回も日曜21時に更新しますのでよろしくお願いします!

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