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第41章 ほんの一瞬だけ



女子野球野球部の存続を賭けたレッドアイアンズとの試合にあたし達は勝った


そして先生たちや凛さんのご厚意で行われた祝勝会。

そこで反省会から発展した議論が少し落ち着いたところで夏海せんせー達に止められそこで解散となった


凛さんが最後に奥から出てきて挨拶をしてくれたのでみんなでお礼が言えた


今度はほんわか美人の凛さんの撮影会が始まりそうになったけど、それは夏海せんせーたちが全力で阻止していた


空が暗くなりみんなが帰って半分だけ明かりが消えた店内のカウンターにあたしと梓は座っていた


他のみんなはせんせーたちや凛さんが手分けして送っていってあたし達は最後に凛さんに送ってもらうことになっていた


「俺コーヒー飲むけど2人とも飲むか?」


雄平くんがお店の奥の方から出てきながらふーっと息を吐きながら制服を着崩していた


みんながいた時より露出した首元や腕まくりする雄平くんを見てあたしはドキッとする


わっかりやすいなぁ…あたしも


「いいの?」


「俺が淹れるやつでいいなら…な。味の保証は出来ねえけど」


「じゃあお願いしよっかな」


「私もお願いしてもいいかな?」


「梓も?ブラック飲めるの〜」


「うう…いや飲めないけど砂糖とミルクがあればなんとか」


「梓はラテにするか?」


思いもよらぬ提案をする雄平くん


「いいのか…というか雄平くんも作れるのだな」


「姉貴に習ったからできるよ。味の保証は出来ねえけど」


「では頼もうかな」


「よかったね梓」


「うるさいぞ千楓」


雄平くんは慣れた手つきでコーヒーとラテを淹れてくれた


「ほらよっと」


「ありがとう」


「うん!相変わらずイイ香りだね」


本当に良い香りだ…凛さんが淹れたコーヒーとはまた違う香りにあたしは自然と口元が緩くなってしまう


ずずず…


「はー美味しー」


「うむ…なかなかだな」


「そらぁよかった」


3人で同時に飲んでは「ふぅー」っと息を吐く


落ち着くなぁ…雄平くんがカウンターで立っている以外は


「にしても今日の試合…すごかったな」


「お!甲子園優勝投手から感想が聞けるなんて光栄だね」


「そうだな、どういうところが気になったか聞かせてもらおう」


「特に驚いたのは…」


雄平くんが上を向きながら話す言葉に2人で耳をかた向ける


「驚いたのは?」


「2人のビンタ」


だー!


梓と同時にズッコケてしまった


「よりによってそこ!?」


「他にもっとあるだろう!」


2人で雄平くんに抗議をする


「いやだってあれ結構痛そうだったぜ?千楓のグローブビンタ、梓の全力ビンタ」


「そ、そんな全力ではやってないと…おもう」


「痛かったは痛かったよ」


「……すまないあの時は熱くなってしまった」


「あたしも叩いてごめん」


梓と頭を下げあって謝罪をしあう


「まあビンタ以外もすごかったよ。正直もうちょい早くに出番が来ると思ってたからな」


「ふふーん!あたし達の力をみくびってたね」


「みくびってたわけじゃないけどよ。でもほんとに驚いたしすげえかっこよかったよ」


「お、おおふ」


「なんかむず痒いな」


「2人ともバッティングがすごかったな。千楓のきっちり難しいボールを芯で捉えるバットコントロール、梓の大きい放物線をレフトスタンドまで飛ばす技術は侍ジャパンの点取りコンビを思い出したよ。それに守備面もすごかったな。スライダーとストレートを軸にしたピッチングやバッテリーの息の合ったサイン交換にピックオフプレーあとは…」


「もういい!もういい!褒めすぎだ!」


赤面しながら梓が大きい声で止める


「本当に雄平くんは野球バカなんだね」


あたしも呆れながらいうと


「まあそうだな。昔から自分のアイデンティティっつーのかな、初めてそうなったのが野球だったから」


「アイデンティティ?」


梓が聞き返す


「前に千楓にも話したけど野球始めるまでは何が好きで何になりたいってのがわからんかった。足も速くなかったし絵も下手だし頭もそんなに良くねえし…漠然とアニメのヒーローになりたいなぁくらいだった」


「前に言ってたね。アニメのヒーローか、可愛いね」


「幾つくらいから野球を初めてたんだ?」


「小1…兄貴がやってたからやらされたってかんじかな」


「そういえばお兄さんいるんだよね」


「当時W杯で流行ってたからサッカーがやりたかったのによ。おかげでクラスじゃすっかりマイノリティ側だったよ」


雄平くん…なんかイライラし始めてきたかな?


「それに小1からチームに入れられたって試合はもちろん練習だってマトモに混ぜてもらえるわけねえのにすげえつまんなかったぜ」


なんか顔が怖くなってきた。

今日はよく喋るな


「監督の方針で小4まで試合に出れなくて無駄な時間を過ごしたってのにその上最悪なことに…いやワリィ愚痴になってたわ」


「ちょっとそこで終わり?」


「とんでもないところで切るな」


「…めちゃくちゃイヤなことを思い出した」


「すごい気になるじゃん!」


「別に大したことねえよ。単に野球をやめさせられたっていうだけなんだから」


「……そうなんだ」


あたしは両手でカップをぎゅっと握り締める


「身体がそんなに強くなくてな。練習とかよく休んだり遅刻したりで母親がみかねてやめるように言ってきたんだ。」


「雄平くんのことが心配だったんだな」


「ま!俺からしてみりゃあ、じゃあやらせんなよって話さ。母親とかなり大喧嘩したよ、しかも少年野球…いや野球人生で一番楽しめる時なのによ」


「それは確かに…今も楽しくないわけじゃないけどあの時の時間はとても大切なものだよ」


「私もあの時のことは今でも大切な思い出だよ」


「結局は愚痴になっちまったな。悪かった」


「ううん…あたしたちこそ聞いちゃってごめんね」


「この話はここまでだな。それよりも気になってたのが今日の試合までに雄平くんがどうやって準備をしたかだったな」


「そんなにかしこまって話すことじゃないんだけど理事長、柊先生に頼まれて断っても何度も頼まれるから無理難題を要求したら全部呑むっていうから引くに引けなくなってよ…」


「何を要求したんだ?」


「ええっと…大会当日までの練習場所と練習相手の手配と身体作りのために通うジム代と…あとは今後の俺に対しての後ろ盾ってところかな」


「後ろ盾?」


「俺がちょっとなんかあったら助けてねって頼んだんだよ」


「そんなことある?」


「まーな。それに担任の先生にあそこまでお願いされちゃあな」


「お願い?どんな?えっちいやつ?」


「そんなお願いあってたまるか!別に…熱心にお願いされたんだよ」


「やっぱ、えっちいやつだー!夏海せんせースタイル良いし!」


「夏海先生は私たちのためにそんなことを…」


「だからちげえって!あのな、柊先生はお前らのためを思って…いやなんでもねえ!とにかく心打たれたんだよ!」


なんとなく歯切れの悪い言い方をする雄平くん


「「ふーん?」」


「なんでまだ疑う!?」


「だって今日あたしのお尻触ろうしたし!」


「それは誤解だ!当たるって忠告しただけだろ!」


「私の胸も時々チラッとみたりするだろう?」


赤面しながら自分の身体を両手で抱くようにおっきい胸を隠す梓にそう言われて黙り込む雄平くん


「……それは本当にごめんなさい」


昔、お母さんが使ってたガラケーくらいものすごく身体を折りたたんで頭を下げる雄平くん


「ダメだよ雄平くん。梓の胸はあたしのなんだから」



「それも違うぞ千楓…そしてなんで少し誇らしげなんだ」


頭を痛そうに抑えながら否定する梓だった


「話し戻すぞ!そんで練習場所はお前らんとこのを使わせてもらって準備してたってわけだ」


「古いとはいえウチのブルペンには一通りの設備は揃ってるから丁度いいのは確かだな」


「昨日の夜に練習場で会ったのは"そう"だったんだね」


「そう、あれが担任からの"頼まれごと"」


「ふーん……ずずっ…ひっ!」


納得しながらコーヒーを啜っていると急に隣から猛烈な悪寒を感じる


「昨日の夜?練習場?」


あ……怒られる

怖い顔した梓の髪の毛が妖怪みたいに広がって持ち上がっているような気がする


と思ったけど急速に落ち着きはじめた


「あ、梓?」


「ふぅ…やはり眠れてなかったのか。今日はかなりのハイペースな気がしたから変だとは思ったんだ」


「そうだった?疲れは不思議とないんだけどね」


「明日は休みにしよう。千楓は特にな」


梓はスマホを取り出してポチポチし始める


「ええ〜せっかく今後の方針とかも話せたのに〜」


「その方が良いと思うぜ。あんな試合は出てるのはもちろん観てて応援するだけでもかなり疲労感があったと思うし」


「ぶぅっ!いちばん美味しいとこ持ってったくせに!」


「美味しいとこってなんだ!?とれたて新鮮な魚か!」


「え、どゆこと?」


「何でもねえよ!」


あたしが雄平くんとワチャワチャやっている横で梓のスマホがポンと鳴った


「よし!夏海先生からも許可も出たし学校も休みだからゆっくり休んでくれ」


「あーあ、ざぁんねん!」


両手をバンザイするかのように挙げて背もたれに寄りかかる


「そういってくれるな。もし大会に出場に出来たらキミとリオンで回さなければならなくなる。リカバリーの勉強だと思ってくれ」


「そうだけどさー……」


抗議したいが意識が霞み、まぶたが言うことをきかない


「それに明日は一日中大雨だってよ。」


「そうなのか…そしたら明後日は午後からだな」


「ええぇぇ…」


暗闇の中で世界がゆるやかに遠のいていくみたいだった


ーーー


「スー…スー…」


カウンターに伏したまま、千楓の静かな寝息だけが漂っていた。


「完全に寝やがったな」


「かなり疲れていたみたいだな。すまないが凛さんが戻るまで…少し寝かせておいてもらえるか?」


「まあ1番頑張ってからなぁ…社会人の男たち相手に9回完投ってどんだけバイタリティあんだよ」


「今日は本当に驚いたよ。私は千楓と心中するような気持ちだったから…特に千楓が倒れた時はもうダメだと思った」


「千楓が聞いたらすげえ怒りそうだな」


「ああ、けどそんな絶望を薙ぎ払うかのようにヒーローが現れた」


顔を隠すようにコーヒーを啜る雄平くんにむかって私はガタッと立って背筋をぴんと伸ばし、選手が試合前に礼をするように、深く頭を下げた。


「ありがとう」


「……キミが来てくれなければ、終わっていた」


言葉が少し震える。

気付けば、視界が滲んでいた


「千楓と、もう一度野球をする時間を守ってくれた」


「守ったなんて大げさだろ。

俺は、ただ投げただけだ」


頭を上げて涙を浮かべている私にたいして真剣な表情で応える雄平くんだった


「それにキミは私の最初の願いまで叶えてくれた」


「最初の願い?……あ!」


あの春の日。

捕手として、目を奪われた。


――私は、この人のボールを受けてみたい。


あの日の生徒会室で私が言った言葉を思い出してくれたようだ


「まあ…な。叶えられてよかったよ」


照れ臭そうに鼻を指で擦る雄平くんを見て


私は涙を見せながら小さく笑って見せた


その表情を見て視線を逸らすように雄平くんはコーヒーを啜る


そんな時にポーンと雄平くんのスマホが光ってメッセージが届いた


「お!姉貴からもうすぐ着くってよ」


「わかった。千楓おきろ!帰るぞ!」


「うう〜ん、まだまだ投げられるよ〜」


「どれだけ投げたいんだ!」


無邪気な寝言。


その言葉に雄平くんがほんの一瞬だけ目を伏せたことを私は知らなかった

ここまで読んでいただきありがとうございます。


祝勝会のあと、ほんの少しだけ静かになった時間。

その中で、それぞれが抱えているものが少しだけ見えた回でした。


特に、言葉にしない感情や、

本人すら気づいていない想いを意識して書いています。


そして最後の一文――

あの「ほんの一瞬」が、これからどう繋がっていくのか。


次の章から、また少しずつ動き出します。


引き続き、見守っていただけたら嬉しいです。


次週も日曜日の21時に更新します

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