第40章 祝勝会
今日の試合はあたしたちのサヨナラ勝利に終わった
相手チームと試合終了の挨拶を交わす。
応援団や、たまたま見てくれていた人たちにも、みんなで頭を下げた。
「ベンチで待機してろ」と言われ、グラウンド整備を終えてから腰を下ろす。
すると理事長がバックネット裏の審判室から出てきた。
こちらに向かってくるのに、歩き方が少し変なことに気づいた。
原因は足元
いつも外ではハイヒールなのに今日はスニーカーにキャリアウーマンみたいな格好でアンバランスなファッションだった
たぶん…グラウンドを傷つけないようにだろうな。理事長は野球のことを知っているのかもしれない
理事長がベンチ前に柵越しに立って向かいあったので主将の梓に促されみんなで立とうとすると
「そのままでいいわ、疲れてるでしょうし」
理事長の言葉を聞いて周りを見ると相当へとへとみたいなのであたし達は甘えることにした
「野球部の皆さん、本当にお疲れ様。熱くて情熱的でとても素晴らしい試合でしたわ。」
全員で理事長をみつめる
「けれども…どんなに労いの言葉を言っても1番気になるのは野球部の今後よね」
天城理事長は口を結び、次の言葉を喋ろうとする
勝ったのはあたし達だ。約束の勝利は奇跡的に果たせた、それでもキチンと言われるまではドキドキしてしまう。鼓動が止まらない
1分…1秒がたまらなく遠く感じてしまう
「女子野球同好会は廃部にします」
「「「え……?」」」
その言葉を聞いた瞬間、あたしたちは絶望した
「そして、年内限りで野球同好会の活動場所である野球練習場にあっては取り壊しが決定しました。」
……は?
頭の中で、声にならない声が跳ねた。
違う。
そんなはず、ない。
「…嘘ですよね?」
1人の女子部員がおそるおそる訊ねた
「本当よ」
「……」
理事長はあたしたちに言い聞かせるように重く話す
あたしと梓はずっと黙って聞いていたが、みんながザワザワし始める
「そ、そんな」
「どうしてですか!?勝ったのに!!」
当然の反応だ、納得がいかない。
負けたら廃部、勝ったら存続の条件でとんでもなく強い相手と試合をしてあたしたちは勝った
それなのに…それなのに!
「みんな、ちょっといいか」
夏海せんせーが少し呆れ顔で理事長が喋ってるところに口を挟んできたと思ったら
べシッ‼︎
「「「???」」」
理事長の頭をすこし強めに叩いた…え、いいの?
「夏海…痛いわ」
頭を抑えるが表情を変えないまま抗議をする理事長
「お・ま・え!が!生徒たちを不安にさせるような言い回しをするからだろうが!!」
夏海せんせーの言葉を聞いた梓が問う
「なるほど、そういうことでしたか。先生方…ありがとうございます。」
梓の言葉を聞いてあたしもなんとなく理解した
「梓、もしかして?」
「ああ、そういうことだ。千楓」
ガシっ!
2人で強く握り合うが周りのみんなはまだ状況が飲み込めない
「ちょ、ちょっと、どういうこと?」
「2人だけで納得しないでよ!」
「みんな、一旦こっち向いてくれ。レオーヌ…理事長の話を聞いてくれ!簡潔にお願いしますよ!理事長!」
夏海せんせー騒ぎ始めた部員たちを静止して理事長に話すよう促す
「わかったわよ…こほん」
理事長はブスッとした表情だったのを咳払いをしてキリッと直して話を再開する
「女子野球同好会は廃部になり、女子野球部を新しく創設します。そして老朽化の進んでいる今の施設を壊して新しく練習場も作ることになりました。」
理事長の言葉を聞くとみんな、少し静かになる
だんだんと顔を合わせて顔をくしゃくしゃにして笑顔とも泣き顔ともわからない顔に変わっていく
「「「………やったーーーー!!!!」」」
みんなで抱き合って泣いて笑って帽子を投げて喜びを分かち合う。
廃部の話を聞いてから気丈に振る舞っていても重圧を強く感じていたようだ
「よかった、本当によかった」
「これでまだみんなと野球が出来るね!」
泣きながら笑うみんなの顔をあたしは一生忘れてないだろう
「あれ?」
あたしは恩人の1人に声をかけようと探すとどこにもいないことに気づく、グラウンド整備をしたあとにベンチの奥の方にいたのに
キョロキョロしてると後輩の1人が教えてくれた
「藤堂先輩なら、ものすごい美人に連れてかれてましたよ」
「え、そなの?」
ものすごい美人っていうと凛さんかな
お礼が言いたかったのに…そう思ってると
「そんでこれは私たちからのご褒美というわけじゃないが、このあとみんなで祝勝会をしよう!もちろん、理事長や私たち大人の奢りだ!!場所は……」
その夜、あたし達は凛さんのお店[陽だまり]に集まっていた
「では…今日の勝利と女子野球部が正式に創部されたことを祝って!」
「「「カンパーイ!!」」」
ジュースだけど梓の音頭で乾杯をした…
みんなでワイワイと話しながら凛さんお手製のサンドイッチやアップルパイ、他にもたくさん軽食が並んでてどれも美味しくて舌鼓を打つ
残念ながらコーヒー類は人数が多いから今日はナシらしいのでジュースかウーロン茶を飲む
凛さんのお店はお世辞にも広くは無いけど、10人以上いるあたしたち相手に凛さん1人で大丈夫かなと最初は思っていたけど…
「そこ開けてくれー!ピザが届いたぞー」
「飲み物は足りてるかしら?まだあるから欲しかったら言ってくださいね」
何故か、葛城学園の野球部顧問と学園理事長が[陽だまり]の制服を着てお料理や飲み物のサーブをしてくれていた
せんせーたち曰く、祝勝会用の場所を探していたが、良い場所が見つからず凛さんにお店を使わせてほしいとお願いしたらしい
理事長と夏海せんせーが手伝うことでOKが貰えたそうだ
野球部顧問の夏海せんせーはともかく学園の理事長が自ら給仕をしている姿にみんな戦々恐々としている
いや、していた…
「先生、やっぱその服似合ってる〜!」
「ははは!そうだろー!!」
「理事長!目線くださ〜い!」
「こうかしら?」
「きゃー!良いですー!」
食事もあらかた食べ終わったころに店のスミで何故か撮影会が始まっていた
しかも、2人ともノリノリでポーズを決めているし…
「ほぼ……全員が撮影会に参加してるな」
「2人とも美人だし絵にはなるよね。このお店の制服もかっこいいし」
あたしと梓はお店のカウンターで座って呆れながら見つめているともう1人のバイトくんが声をかけてきた
「なにやってんだ、あの人たちは」
「お疲れ様、雄平くん」
「手伝いはもういいのか?」
「ああ、あとは明日の仕込みをするらしいから2人の相手をしてこいってさ」
「凛さんは大丈夫か?本当は今日休みだったのだろう」
「そういえば今日はお店に出てきてないよね、だいぶ負担かけちゃったかな」
心配そうに2人で聞いてみると
「んーいや、元気だよ。なんか今日は顔見せられないんだとさ」
「そうなんだ。なんでだろうね」
「知らんけど、目の辺りが赤く腫れ…」
シュッ!ガン!
「いった!何すんだ姉貴!!」
厨房の奥の方から銀のトレイが飛んで来て雄平くんのこめかみにヒットした
「ああ、なるほどな」
「今のは雄平くんが悪い」
「なんで!?」
雄平くんはトレイが当たったところをさすっていると思い出したかのように
「そういえば、梓の左手は大丈夫なのか?しきりに気にしてるみたいだけど、もしかして痛めた?」
「いや大丈夫さ、雄平くんの球は捕りづらくて仕方なかったが…なんとか捕け切れたよ」
「それなら良かったよ。」
「それにしてもさ雄平くんはいつから準備してたの?」
「試合が終わってグラウンド整備をやったらすぐに姉貴に連れ去られてよ。給料やるから手伝えって強引にそこからずっと仕込みやらなんやらを手伝ってた」
「そっちじゃなくてさ。いやそっちも気になってたけど野球のほうだよ、いくらなんでもあんな球を前日や当日に投げただけじゃあんな投球は無理でしょ?」
「たしかにな…リオンは知ってたということは理事長が絡んでいるのか?」
雄平くんは少し考えていてから奥に入っていってしまった
「なんかダメなこと聞いちゃった?」
「い、いやそんなことはないはずだが…」
全くの予想外の行動に2人で少し戸惑っていると戻ってきた
「2人ともこのあと時間あるか?ちょっと話がしたいんだ…帰りは姉貴が送ってくれるから」
「そんなに遅くならなければ…」
「私もだ」
「悪いな」
「なんで今じゃダメなの?」
「あそこのボックス席で2人の話を聞きたがってる後輩がいるからな」
雄平くんがそう言いながらフッと視線を向ける。同じ方向に振り向くとリオンと茅夜がチラチラずっとこっちを見ていた
2人の間には野球の記録シートが置いてあった。野球に一途な子たちだから今日の試合の振り返りでもしていたのだろう
「可愛い後輩に人肌脱いできますか」
「そうだな」
「雄平くん悪いけどあそこの可愛い後輩たちとあたしたちに凛さんお手製のミックスジュースをお願い」
「あいよ」
梓と一緒にリオンと茅夜が座るボックス席に移る
2人に矢継ぎ早に質問されあたしと梓が答えていく…議論が白熱してだんだんと熱が帯びていく
何が正しかったのか
どの戦い方が最善だったか
勝つために何が必要だったか
今日の試合相手はあたし達にとって2度とお目にかかれないチームだった
雄平くんが来てくれなかったら確実に負けていた
だからこそぶつかる意見。譲れない信念。
胸の奥にしまい込んでいた未練や後悔が、言葉となって溢れ出す。
撮影会をしていたみんなも加わってより一層議論が燃え上がる
お互いの声が強い口調になり大きくなる
それは喧嘩ではない。
互いに野球を愛しているからこその、真剣勝負だった。
あたしたちは、まだ終わっていない。
その想いだけが、全員に共通していた。
勝ちたい。
あの場所へ行きたい。後悔のない野球をしたい
議論はやがて、決意へと変わっていった
純喫茶[陽だまり]の下で交わされたその声は、
やがて一つの答えとなり、
あたしたちを次の一歩へと導いていくのだった。
あたしたちの野球は、まだ続く。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は祝勝会の回でしたが、
ただ楽しいだけでは終わらせず、
「勝ったあとに何が残るのか」を意識して書いています。
特にラストの議論のシーンは、
それぞれが違う考えを持っているからこそぶつかる――
でもそれは野球が好きだから、という形にしています。
ここから女子野球部は“スタート地点”に立ちます。
勝ったことで終わりではなく、むしろここからが本番です。
次回は少し空気が変わるかもしれません。
引き続き、見守っていただけると嬉しいです。
また次回も日曜日の21時に更新します




