01-06:高位次元力精製炉に関する調査報告書
次元境界線防衛機構。初根市第三支部。
隊員は僅か四名しか所属しておらず、適合者である二人はまだ高校生。
子供に前線を任せなくてはならない歯痒さを感じながら、責任者である安達謙吾はある報告書を眺めていた。
これまでに何度も目を通した書類。だが、何度も読み直してしまう。
謙吾もまた、裂けた空に囚われた人間だった。
題名には、こう記載されている。
『高位次元力精製炉に関する調査報告書』と。
――高位次元力精製炉は現状、O-disに対抗する唯一の手段である。
現状。と記載されている事に、矜持が見え隠れしていると感じた。
今は対抗できなくとも、いつか必ず。O-disの喉元に自分達の力を突きつけて見せるという強い意思が、垣間見える。
この一文を謙吾は嘲笑するでもなく、むしろ共感さえ覚えた。
自分だってそうだ。
代々、この国を守護する為に磨き続けて来た技術が役に立たないと知った時の絶望を、忘れる日は決してないだろう。
過去も未来も。自分の全てが否定された気分だった。
奥歯を噛みしめながら、謙吾は報告書に書かれた文字を目で追った。
――高位次元力精製炉を扱える者。通称適合者は、偶発的に生まれる。
――裂空現象が発生頻度に応じて多くの適合者が現れる事から、O-disによる次元力の干渉が影響していると推察される。
――ただし、必ずしも全ての人間に可能性がある訳ではない。先天的に因子を持つ者が、次元力を受けて初めて発現するのだろう。
適合者となる為に必要な因子。
それが存在しているとされる根拠はいくつか散見される。
――適合者の申告によると、高位次元力精製炉は各々が独立した意思を持っている。
――直接、頭に響くような声が適合者には聞こえている。
――尤も。適合者でなくとも声が聞こえる事例は確認されている。
――恐らくは、因子を持つ者が次元力の影響を受けた結果なのだろう。
この一文は謙吾にとっては歯痒いものだった。
自分は一度たりとも、高位次元力精製炉の声を聴いた事がない。
幾度となくO-disや適合者と接しても、次元力の影響を受けた様子は見当たらない。
汚名を返上する機会は、二度と訪れないかもしれない。そう言われているようなものなのだから。
――発現した高位次元力精製炉の『核』は、適合者となる人間の手元で形成されている。
高位次元力精製炉の『核』は、知らぬ間に存在している。
紗香も、凛も。彼女達だけではない。あらゆる適合者が気付かぬうちに所持していたというのだから、真実なのだろう。
――また、適合者は発現中、身体能力の向上が見られる。
――同時に『核』と接触している間は、治癒能力も向上をしている。
これは次元力が体内を覆っているからではないかと、追記されていた。
正直に言うと、謙吾にとっては有難い。本人の意思とはいえ、愛娘が負った傷を見ているだけというのは心苦しい。
治るのが早いだけでも、心が休まるというものだ。
――個体によって発動後の形状が異なる理由は、適合者としての資質に準ずる形で組み上がっているからだと推察される。
――また、『核』の形状は本人の性格を色濃く反映していると推察される。
謙吾も、この記述に関しては同意するところがある。
娘である紗香は、幼少期より剣術を嗜んでいた。
だからこそ、日本刀の形を模した《像断》が発現したのだろう。
『核』が剣の柄なのは、ストイックな彼女の性格から現れた結果に違いない。
一方で、腑に落ちない。
いいや、自分には判り兼ねるものもあった。
音無凛の持つ《忘音》は《像断》とは違い、鈴の形をしている。
能力も武器を形成するのではなく、本人の身体能力を向上させている。
天間あかりが所持していた《天掏》は、黒曜石のような美しい宝玉だった。
彼女に至っては武器を形成するでも、身体能力を向上させる訳でもない。O-disや他者に干渉をしている。
凛とあかりの二人は稀有な適合者だ。
通常、高位次元力精製炉は対抗手段である何かを形成する場合が多い。
次元境界線防衛機構に所属する適合者も、大半が武器を創り出している。
高位次元力精製炉そのものが身体能力を強化するのだから、ある意味では当然なのだ。
脚力を重点的に強化する《忘音》は、珍しい存在だった。
凛が次元境界線防衛機構へ所属した際に、その性能を確認した事がある。
感覚派の彼女は上手く説明が出来なかったものの、《忘音》についていくつかの仮説が立てられた。
脚力の重点的な強化だけではなく、次元力が姿勢制御にも働いているのではないか。
加えて、空気との摩擦やO-disへ攻撃した際に掛かる負荷を《忘音》は軽減している。
言わば、彼女自身がひとつの武器なのではないかと。
特に、後者が正しければ彼女はもっと速度を引きだせてもおかしくはないのだ。
武器を形成するという手順を省いている《忘音》には、それだけの潜在能力を感じさせる。
そんな彼女よりも更に稀少な存在が、天間あかりが持っていた《天掏》だ。
これまで多くの適合者を見て来た謙吾だったが、相手に直接干渉する高位次元力精製炉を他に知らない。
この報告書を執筆した研究者ではないが、興味は尽きない。
どんな風に、どうやって相手の視界を奪うのか。そのカラクリを教えてもらいたかった。
読み進めていた報告書が、最後のページを迎える。
記載されている内容は、高位次元力精製炉の破壊について。
――高位次元力精製炉は、O-disと同じく我々の次元を超越した物質で構築されている。
――故に、同じ高位の次元力を持たなくては破壊は不可能と推測される。
高位次元力精製炉は、人類の持つ武器や兵器では破壊できない。
これは世界中のあらゆる機関が幾度となく実験を繰り返した結果、立証されている。
逆説的に捉えれば、O-disも高位次元力精製炉を破壊できるという意味を持つ。
前線で戦っている適合者は、いつも命懸けなのだ。
「紗香……」
謙吾はぽつりと、娘の名を呟いた。
結局のところ。よく解らない、曖昧な存在に頼って人類は怪物を戦っている。
もしも、この調査報告が誤っていれば。
突如、高位次元力精製炉が起動しなくなってしまえば。
懸念される点は、まだ残されている。
裂空現象が発生しなくなれば、O-disはこの世界に現れない。
そうなった時。高位次元力精製炉は、どうなるのか。
機能が生きたままであれば、今度は高位次元力精製炉が世界を混乱に陥れかねない。
事実、適合者の中には選民意識を持つ者だって少なくないのだ。
空が裂けたように、この世界も段々と裂けているのかもしれない。
因子を持つ者と、持たざる者で。
安達家が培ってきた技術や理念など、O-disの前では意味を持たない。
適合者だって、立場が強まっていくにつれ暴走する者が顕在化するかもしれない。
現状では、ただの悲観的な意見に過ぎない。
だが、いくらでも想像できてしまう最悪の未来が存在するのは確かだ。
O-disに対しては無力でも、この国を守護してきたという自負がある。
安達謙吾は先代までとは違った形で、己に宿る使命感を燃やし続ける。
「支部長。またその報告書を読んでいたんですか」
不意に、自分の机へカップがひとつ差し出される。
立ち昇る湯気から香りに、脳が安らぎを覚える。
たったそれだけの事で、皺を寄せていた謙吾の表情が和らいだ。
「ありがとう、佐和君」
謙吾は礼を述べ、カップの中身を喉へと流し込む。
丁度いい苦みが喉を通って、全身を駆け巡るように感じた。
「この報告書、私も何度か読みましたけど具体的な解決策はないんですよね。
O-disは高位次元力精製炉で倒す。
皆知ってることを、改めて言われているだけで」
謙吾の読んでいた報告書を、佐和は渋い顔で受け取る。
つまらなさそうにページを捲っては、深いため息を吐いていた。
「そういえば、この報告書を書いた人物は佐和君の知り合いだったね」
「ええ、大学の同期です」
そう言った佐和の反応は、芳しいものでは無かった。
自分の目の高さにまで報告書を持ち上げては、もう一度不快ため息を吐く。
「口では『いつか科学でO-disを越えて見せる』なんて言ってた癖に、何処かへ消えちゃって。
ずーっと音信不通ですよ。一体、どこで何をしているやら」
ジッと見つめていた報告書を、指で弾く。
どこか間の抜けた乾いた音が、初根市第三支部へと鳴り響いていた。




