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ディメンション・ドライブ!  作者: 晴海翼
第一章:四月に君と再会する

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01-04:お揃いの制服

 凛は自宅へ帰った途端、ベッドへと倒れ込んだ。

 マットレスに顔が沈み、息苦しさを覚える。

 けれど、顔を上げる気にはなれなかった。


 明日からは、新学期だ。

 高校二年生になる。後輩だって入学してくる。晴れて、先輩となるのだ。

 けれど、凛はちっとも楽しみとは思えなかった。


 クラス替えが憂鬱な訳でもない。

 誰と同じクラスになっても、同じだ。あかりがいないのだから。

 

 凛はふと、頭を横に向ける。

 視界に入るのは、ハンガーに掛けられた制服。

 

 子供の頃に憧れていた、初根ヶ丘高校の制服だというのに。

 今は着る事が心苦しくて堪らない。


 本来なら、あかりと一緒に着るはずだった。

 一生懸命受験勉強をして、合格をした。

 それで達成できるはずのささやかな夢は、自分のせいで叶わなかった。


 毎日、毎日。自分だけが、この制服に袖を通す。

 肘が擦れたり、裾がほつれたりしていくのは自分だけ。

 あかりの家では、今もきっと綺麗なままで制服が残っている。

 

 そう考えると、じっと見ていられなくなった。

 逃げるように視線を逸らすと、今度は姿見が視界へと映る。


 向こう側に居るのは、ひどい顔をした自分だ。

 だが、凛は自分の表情を気にも留めていない。

 

 注目をするのは、肩にまで伸びた自分の髪。

 中学時代のショートカットから、随分と様変わりをしている。


 この一年、凛は髪を伸ばし続けていた。いや、切る事が出来なかった。

 あかりの母は、美容室を営んでいる。

 中学時代まではあかりと共に、彼女の母に髪を整えてもらっていた。


 だからと言うべきか。

 あかりが消えたあの日から、凛は美容室へ通えなくなっていた。

 彼女の家族に合わせる顔がない。

 かと言って、他の場所で髪を切る事も出来なかった。

 髪と一緒に大切な縁まで切れてしまうのではないかという恐怖が、凛の足を止めていた。


「あかりちゃん……」


 凛はぽつりと、あかりの名を呟く。

 彼女の朗らかな笑顔を見られなくなって、もう一年が経過した。

 それでも、凛の脳裏には彼女の笑顔が刻まれている。


 会いたい。

 

 その願いは、叶わない。

 自分が彼女を巻き込んだから。

 

 ヒーローごっこは自分だけでよかった。

 どうして、あかりを連れ出す必要があったのか。

 それなら、彼女が居なくなる事も無かったのに。

 

 何度繰り返したか解らない、同じ問答。

 結果は変わらない。あかりが居なくなったという事実は、変えられない。

 零れ落ちる涙が、皺だらけのシーツを汚した。


「凛、ご飯出来たわよ」


 声を殺して泣いていると、ドアの向こうからノックの音が聴こえる。

 部屋の外から、母が夕飯の支度が出来たと教えてくれていた。


『凛、晩ご飯だって』

 

 便乗した《忘音(わすれね)》の声が、頭に響き渡る。

 こうやって呼び掛けでもしないと、凛は梃子でも動かないと知っているからだ。

 一生懸命、凛の『日常』を作り上げてくれている母親を無下には出来ない。


「うん、すぐ行く」


 母と《忘音(わすれね)》。二人の声を受け、凛は身体を起こす。

 ゴシゴシと目元を拭いながらした返事は、絞り出した元気から放たれたものだった。


 ……*


 その夜。凛は夢を見た。

 あかりと共に過ごした時間を、思い返すように。


 中学一年生の頃だった。

 まだ凛が、高位次元力精製炉ディメンション・ドライブ適合者(ドライバー)となる前の話。


 空が裂ける。

 それが巷で話題の裂空現象だという事は、すぐに解った。


 次の瞬間、不快な音と共に現れる異形の怪物。

 凛とあかりが初めて見たO-dis(オーディス)は、とても小さな個体だった。


 それでも、凛とあかりは息を呑む。

 ニュースで嫌と言う程O-dis(オーディス)の危険性を聞かされていた事は、決して無関係ではない。


 逃げなくてはいけない。

 本能が訴えるも、身体が言う事をきいてくれない。

 硬直する凛を救ったのは、あかりだった。


「凛ちゃん、逃げよう!」


 息も絶え絶えに、あかりは凛の手を引いては知り始める。

 いつもは凛が振り回しているというのに、完全に立場が逆転してしまっている。


「う、うん!」


 必死にO-dis(オーディス)から逃げる二人。

 動くモノを見つけたからか、狙いを彼女達に定めるO-dis(オーディス)


 絶体絶命かと思われたその時。

 あかりの口から出たモノは、凛にとって初めて耳にする単語だった。


「――お願い、《天掏(あまずり)》」

「えっ」


 祈るように呟いた言葉の意味を、凛は咄嗟には理解できない。

 脳に酸素が行き届いていないから、頭が回らないのだろうか。

 

 そんな事を考えている時だった。後方から、大きな音がする。

 自分達を追っていたO-dis(オーディス)が、勢いよく壁に激突する。


「凛ちゃん、急ごう!」

「う、うん」


 何がなんだかわからない。けれど、逃げるなら今しかない。

 凛の手を引くあかりはO-dis(オーディス)には目もくれず、ただただ走り続ける。

 一刻も早く、この場から逃げなくてはいけない。その一心で足を動かしていた。


 ……*


「はぁ、はぁ……」


 全ての体力を使い切った二人が、公園のベンチに座り込む。

 噴き出した汗がシャツに張り付いて、気持ちが悪い。


「び、びっくりした……。いきなり、空が裂けるなんて……」


 まさか追って来ていないだろうかと不安になり、来た道へ顔を向ける。

 ぼやける視界に映るのは、夕焼けに染まる街並みだけ。

 一先ず振り切った事に、凛は安堵で胸を撫でおろしていた。


「凛ちゃん。さっきのO-dis(オーディス)だけど、適合者(ドライバー)のひとがやっつけたみたい」


 あかりは手に持ったスマートフォンでニュースサイトを辿り、O-dis(オーディス)の様子を確認していた。

 自分達が逃げたすぐ後に高位次元力精製炉ディメンション・ドライブ適合者(ドライバー)が現れたらしく、大きな被害も出てないという。


「そっか、よかったぁ」


 O-dis(オーディス)が討伐された事に、凛はもう一度胸を撫でおろす。

 小さくても、危険な怪物には変わりがない。

 何事も無くて本当に良かったとベンチへ腰掛ける彼女に付き添うように、あかりも隣へと腰を下ろした。


適合者(ドライバー)のひと、すぐに来てくれてよかったね」

「本当だね」


 O-dis(オーディス)と戦える適合者(ドライバー)は、凛にとってヒーローみたいな存在だった。

 創作物(フィクション)じゃない。本当に世界の危機に立ち向かっている人達がいるという事実は、彼女にとって憧れに近い存在だ。

 

 ベンチであかりと話しているうちに、冷えた空気が体内に取り込まれていく。

 自然と呼吸が深くなり、落ち着きを取り戻していく中。

 凛は非日常の記憶の中に溶け込む、ある重要な事を思い出した。


「そういえば。あかりちゃん、さっき言っていた『アマズリ』って?」


 自分の手を引くあかりから発せられた、聞き覚えのない単語。

 あんな緊急時だ、知らない神様に願ったとは考え辛かった。

 

「あ、えーっと……」


 あかりは少しだけ困った顔をしながら、胸ポケットからある物を取り出した。

 とても綺麗な黒曜石にも似た石が、彼女の掌に乗せられている。


「《天掏(あまずり)》っていうのは、この子なの。

 いちおう、わたしの高位次元力精製炉ディメンション・ドライブなの」

「……えっ?」


 言い辛そうにするあかりに対して、凛は目が点になる。

 あかりが高位次元力精製炉ディメンション・ドライブを持っていたなんて、初耳だ。

 

「あかりちゃんも高位次元力精製炉ディメンション・ドライブを持ってたの!?」

「う、うん。ずっと黙っててゴメンね?」

「えっ……。どうして謝るの!?」


 本当に申し訳なさそうな顔をしているあかりに対して、凛は困惑をする。


「凛ちゃんが高位次元力精製炉ディメンション・ドライブに憧れてたのは知っていたから。

 わたしも適合者(ドライバー)だって、なんだか言い辛くて……」

「あー……」


 確かに、O-dis(オーディス)と戦う適合者(ドライバー)の姿はヒーローのようだ。

 自分も高位次元力精製炉ディメンション・ドライブを持っていれば、間違いなく戦っていただろう。

 更に言うなれば、身近な誰かがそんな風に戦っていれば、自分はきっと羨んでいただろうと容易に想像が出来る。


「わたしの高位次元力精製炉ディメンション・ドライブは、あまり戦うのに向いていなくて」


 そう言って、あかりは苦笑いをする。

 彼女は《天掏(あまずり)》を使って、狙った相手の視界を奪う事が出来ると教えてくれた。

 補佐(サポート)は出来ても、直接戦闘には向かない。だから、あまり人前に晒すつもりもなかったらしい。


「それでも、あかりちゃんはあたしのために使ってくれたんだよね」

「うん。だって、凛ちゃんは大切な友達だもん。ケガする方が、いやだよ」

 

 だが、あかりが出し惜しみをしなかったお陰で、自分はこうやってO-dis(オーディス)から逃げきれた。

 高位次元力精製炉ディメンション・ドライブが羨ましくないと言えば嘘になるが、守ってもらえたという事実がとても嬉しい。


「あかりちゃん。それに《天掏(あまずり)》も、ありがと」


 凛は、屈託のない笑顔を見せる。

 あかりは兎も角、適合者(ドライバー)でない自分は《天掏(あまずり)》の声は聞こえない。

 

 そもそもこの時点での凛は、高位次元力精製炉ディメンション・ドライブが意思を持っている事すら知らない。

 ただ気持ちを伝えたくて、一方的にお礼を述べた。つもりだった。


『気にしなくていいわ。あかりの友達だもの』

「えっ?」


 あかりのものではない別の声が、頭へと響いた。

 誰の声か判らず、キョロキョロと周囲を見渡す凛。


「なにか、知らないひとの声が聞こえる……」

「凛ちゃん、もしかして」

 

 彼女の行動が持つ意味をいち早く理解したのは、あかりだった。

 高位次元力精製炉ディメンション・ドライブの声が聞こえる。

 

 それは即ち、彼女にも因子が備わっていた事を意味している。

 高位次元力精製炉ディメンション・ドライブ適合者(ドライバー)になる可能性の。


 凛に《忘音(わすれね)》が発現したのは、それから一ヶ月ほど経過した頃だった。


 ……*


 瞼を持ち上げると、薄暗い景色が広がる。

 春休みが終わったのだと、早々に理解をした。


「夢……」


 目元を擦りながら、頭の中に残っている景色を反芻する。

 鮮明に覚えているのは、自分の記憶から作られたものだからだろうか。

 あかりの顔を思い出しては、申し訳なさから下唇を噛みしめていた。


『もう、朝ぁ?』

「おはよ、《忘音(わすれね)》」


 自分が起きたからか、《忘音(わすれね)》も覚醒をする。

 否が応でも、凛は夢の続きを考えてしまう。

 

 初めて《忘音(わすれね)》の声が聞こえた時は、本当に嬉しかった。

 あかりと同じ、適合者(ドライバー)になれた事も。O-dis(オーディス)から人を護れる事も。

 何もかもが誇らしくて、万能感に溢れていた。


 《天掏(あまずり)》の補佐(サポート)もあって、次々とO-dis(オーディス)を倒していった。

 一年前のあの日まで、身の程を知る機会は訪れなかった。知った時には、取り返しが付かなくなっていた。


「あたしは、本当にバカだ」

『凛?』


 ぽつりと、自虐するように呟く。

 心配をする《忘音(わすれね)》の声が頭に響く。


「ううん、こっちの話。それより、早く学校に行かないとね」


 凛は作り笑いを浮かべて、誤魔化す。

 今日から新学期が始まる。気を引き締め直さなくてはならない。


 初根ヶ丘高校の制服を身に纏った彼女は、音を立てないように家を出る。

 時刻は五時を回ったばかり。誰もいない時間を求めて、彼女は早朝の街へと繰り出した。


 これが、『今』の凛の日常。

 今日からまた少しずつ、自分の制服だけが傷んでいく。

 抗いようの無い事実が、凛の胸を締め付けていく。

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