36.エピソード・ローグ:記憶の中の彼
「死の声交う丘、屍積る野、骨も遺らぬが理想郷…」
五代執政『紅』は嵐紅城の天守閣にて座禅を組み、鬼の面は彼の血濡れた顔を隠していた。
「この駒は、如何にして益と成すか…いや、最早捨て駒と成すが吉と言えよう」
彼は糸を引き、ある男を眼前に吊り下げた。
───暗の拠点にて。
「ローグ、ちょっとクータスタとリズの様子見てきてやってくれねぇか? オレはまだやることがあるんだが…」
「おうよ! …どこだ?」
「あんたなぁ…」
ルベリウスは地図を広げ、ローグにザルトニアの家の位置を示し、背中を押しながら送った。
「ローグに任せて良かったのか? 俺も今手空いてるが…」
「あんたは貴重な………の適格者だからよぉ、もしもの危険にさらす訳にはいかねぇんだ」
「え? なんて?」
するとルベリウスは目を逸らし、頬を人差し指で掻きながら黙った。
「…ま、それは置いといてだな」
「はぁ…」
───ザルトニアの家までの道にて。
「えっと…こっちか」
ローグはゴツくてデカいハンマーを肩に持ち、周りを見渡しながら歩いていた。するといつの間にか、目の前にある一人の男が現れていた。
「ん? あんた誰だ?」
「俺、は、お前、の、記憶、を、預かった、恩人、だ」
フラフラとしたぎこちない動き、途切れ途切れの言葉、動いていない口。ローグは察した。
「…『紅』の玩具か!」
彼はハンマーを振りかぶり、その傀儡を跳ね飛ばそうとする。
「【邂逅再帰】」
ローグはゴツくてデカいハンマーを肩に持ち、周りを見渡しながら歩いていた。するといつの間にか、目の前にある一人の男が現れていた。
「ん? あんた誰だ?」
「俺は、お前の記憶を預かった恩人だ」
記憶の消去は救済になるのか、ローグの頭の中にはそんな考えが浮かんだ。
「今俺が預かっている、お前の記憶が、暴走しているんだ。そろそろ、返させてくれないか?」
「…いや、お前はとっくに『紅』の玩具になってるはずだ。オレのその記憶も、もう『管理者』に引き渡してもらった。オレの旧友を偽って何のつもりだ、『紅』?」
───『追憶の星』の側面と呼ばれる場所、『忘却の花園』にて。
「君は、どうしてろうそくの姿なんですか?」
「私の姿が蝋燭である理由、ですか。私には分かりませんが、いつか溶けゆく蝋燭のように儚い記憶ということを、主が示しているのではないでしょうか」
綺麗に整った白い建物、縦長のステンドグラス、一対一のテーブルとイス。玲花と執事服の蝋燭頭の男が向き合っている。
「君は、記憶や忘却とどんな関係なんですか?」
「分かりません。しかし私が、記憶に関連する者の魂が移った思念体ということは分かっています。恐らくこの魂は生前、貴方に何か伝えたいことがあったのでしょう」
「じゃあ、君の名前は何ですか?」
「…分かりません。魂が蝋燭という非生命体に移った以上、親という者は居らず、無論名前も授かっていませんので」
「なら私が、エフェメロスと名付けて良いですか?」
「蝋燭に口はありません。私が口出しできない以上、その名前で宜しいでしょう」
エフェメロスは指を鳴らした。
───場所は戻り、『赤霧の星』。
「ツァグラ…もう、二度と傀儡にはなんなよ」
ローグは涙流らに男をハンマーで潰した。どうやらぺしゃんこになったこの男の名前はツァグラと言うらしい。
「さて、もうこの事は忘れて、さっさと行くとするか…」
───『忘却の花園』。
「これで、私は正式に『エフェメロス』です。宜しくお願いします。これにより、主の記憶が少し浮かんできました…」
「じゃあ、その主の名前は?」
「…ツァグラです。彼はローグという男性のネガティブな記憶を預かり、ある管理者に引き渡しました」
「もしかして、その管理者っていうのは…」
エフェメロスは少し前屈みになり、玲花に言った。
「ええ。貴方のことです、玲花さん」
───『赤霧の星』。
「おーい! クータスターー! リズーー! いるかぁーー?」
ローグはザルトニアの家のドアをノックし、叫んでいた。
「「いますよー!」」
「なら良かったー!」
ローグはこれで十分だろと思い、早歩きで去っていった。そしてしばらく経った頃、
「…!?」
ローグは激しい頭痛に襲われた。
「な、なんなんだ…これ…」
彼の頭の中には多大な情報量が流れ込み、放心状態になってしまった。いきなりのことで対処も叶わず、彼はそのまま地面に倒れ込んだ。
「父さん、母さん…?」
───『忘却の花園』。
「…今、嫌な予感がしました」
玲花は青く光るキューブを取り出し、その中から一つのカセットを抜いた。
「…やっぱり!」
「どうかなさいましたか?」
「ローグ君の記憶が、彼に戻ってしまいました!」
ローグがツァグラと接したことで昔の記憶が蘇りかけ、その記憶はカセットを貫きしばらくして完全に復活したのだ。
「急いで取り戻さないと…」
その時、エフェメロスの頭の中にもある一つの記憶が蘇った。
「…思い出しました。ツァグラが、伝えたかったことを」
「え?」
エフェメロスは静かに玲花からカセットを取り、少し俯いた。
「『ローグという親友に永遠に幸せに生きてほしいから、この嫌な思い出を抹消してほしい』…カセットを壊せば、それに入っていた記憶も消えます」
「ま、待ってください! カセットを壊すなんて、そんなこと、できるはずが…」
するとエフェメロスはカセットを持つ腕を上げ、肘を少し曲げた。するとカセットはエフェメロスの頭の上、つまり蝋燭の炎に当てられた。
「焼けば良いんですよ。ツァグラの魂が蝋燭を選んだのは、こういうことだったんですね」
「でも、願いを叶えた思念体は…」
すると、エフェメロスの体は徐々に薄れていった。
「ええ。もう役目は果たしましたから。束の間でも、彼を救えたのなら、私は大満足です」
───『赤霧の星』。
「…!?」
ローグは暗の拠点で目が覚めた。
「やっと起きたぜ! あんた、何してたんだ?」
「いやオレも、何が何だか…」
ローグは、記憶を消された。記憶を消されたことも、忘れた。ローグには、何が起きたか何も分かっていない。しかしツァグラの意思は、確かに彼を救った。もう、ローグが家族の死を思い出し嘆くことは無くなるだろう。
「ああそう、クータスタとリズは無事そうだったぞ! 多分!」
「はあ!?…やっぱ他に任せた方が良かったか…」
ローグについて
幼い頃に家族全員を亡くし、嘆いていたところをツァグラに救われた男。彼の記憶には、何かを忘れたことしか残っていない。
ツァグラについて
ローグの記憶を預かり、玲花に引き渡した男。既に『紅』の捨て駒になり、呆気なくローグに潰された。
エフェメロスについて
玲花の前に突如現れた蝋燭頭の男。その正体はツァグラの魂が宿った蝋燭だった。ツァグラの願いを継ぎ、ローグの記憶を抹消した。
カセット…記憶の管理者達が持つ、記憶の媒体。カセットを壊せば中に入っていた記憶も消えるが、記憶という概念によって構築されているため、破壊はほぼ不可能。




