35.堕天の蛇
■裁きを…■
1:6Fがクータスタに手を伸ばしていく。その時、
「あ、またなんかやってる」
『闇影の星』で『穿』が指を鳴らした。すると1:6Fは動きをピタッと止め、力尽きたようにクータスタの身体に戻っていった。
■おのれ…せ…『穿』め……■
「…え? なんで…?」
そこにいた三人はとりあえず安堵し、ザルトニアは鎌を光にして仕舞った。
「何が起きた?」
もちろん全員、『穿』がしたことについては分からない。少し心配しながらもザルトニアが玄関に向かうと、彼女は何か違和感を感じた。そして彼女が振り返ると、クータスタの前に、彼を見下す紺色のコートの女性がいた。ルベリウスが城望の丘で会った女性だ。
「………」
彼女はただクータスタを凝視している。危ないと判断したザルトニアは鎌を取り出し、その女性に迫る。しかしザルトニアは動きを止めた。
「(ダメだ! オーラからして彼女は強すぎる!)」
その女性は右耳に人差し指と中指を当て、イヤホンの通信を聞いているようだった。すると、彼女が早口かつ小声で言った。
「…どうやら来る場所を間違えたようだ。失礼する」
彼女は音も無く一瞬で消え去った。ザルトニアとクータスタは恐怖で身体から視線まで固まっていた。リズは怖くて棚の裏に隠れていた。
「(ルベリウスさんから「彼女がいるところでは声も音も出すな」と言われておいて正解でした…)」
しばらくして三人は脱力し、クータスタは1:6Fの状態を確認した。
「大分力が弱まってる…? これくらいなら僕の力だけで制御できます」
「じゃ、もう行って大丈夫かな。第三者が入ってこられないように、光の帳を張っておくから安心して」
ザルトニアはそう言うと辺りを警戒しながら去っていった。
「(あの女、本当に場所を間違えたのか? あの圧、あの冷酷さ…絶対に場所を間違えるような人じゃない。その上、あの耳を押さえる仕草は…仲間との魔力通信か)」
そう思いながら彼女は『闇影の星』の戦場に到着した。
「や、やめろぉ! 近づくなぁ!!」
怯える兵士の前に立っていたのは、肌、長髪、服、全てが白い少女、ルナソノーレ・レッドクロウだった。そこにザルトニアが駆け寄り、間に入った。
「ちょ、『調停者』か…? た、助けてくれ! 今こいつに殺されそうに…!」
ザルトニアはルナソノーレの無表情の顔を見つめ、こう言った。
「君、『調停者』だよね?」
「そうだよ。でも、これは『調停者』としてじゃなくえあたし個人の行為。この人がお兄ちゃんの悪口言ってたから…」
その時、赤黒い大剣を肩に乗せた赤髪の男性がやって来た。
「おー? なんか賑やかだな」
───ザルトニアが去った少し後、彼女の家前にて。
「…彼を庇う為に貴様は嘘を吐いている。違うか?」
「違う。1:6Fは彼の中にいない」
「…貴様もか」
「待て!」
「黙れ」
氷のような女性は通信を切り、光の帳を無視してザルトニアの家に入っていった。
「…ぇ」
二階にいたリズはその静かな訪問に気付かなかったが、クータスタは女性の顔を見て固まることしかできなかった。
「…1:6F、死ね」
女性がコートを翻し、氷の刃でクータスタに斬り掛かる。その時、
「…【雪隠れ桜】」
白い桜吹雪が女性を覆い、彼女を消した。やがて桜吹雪も、何事もなかったかのように消え去った。
「…ぇえ??」
───桜吹雪の先、盈月の下の華の川にて。白い長髪に簪を刺した、白い和服に白い太刀を携えた女性がいた。
「汝、『堕天の蛇』の主、レイデロア・リダイスと申すか」
「…貴様も名乗れ」
そのレイデロアと呼ばれた女性は氷の刃を構築し、両手に持った。
「妾は雪途 夜咲。人呼んで、釁り雪。好きに呼ぶが良い」
「雪途…『残旧』の『五家』か。私をここに呼んだのは、何が目的だ」
夜咲は目を閉じ、静かに刀を少し抜いた。
「…無論、躊躇わぬ殺しと弔わぬ冷酷さを裁く為よ。然れど、司令も汝一人に五家等言う貴き者共を遣わすとは。中々の強者と見える」
「成る程、私を殺すのか…殺れるのなら殺ってみろ」
「後からの逃避は出来ぬぞ」
彼女は表情一つ変えず、ただ刀を握ったまま佇んでいる。
「構わない」
「…であらば、斬り伏せるまで」
夜咲は刀を抜き、レイデロアに複数の剣圧を放った。彼女は腕を組んだまま身を捻り、全ての剣圧を華麗に躱した。
「私を殺すのなら、本気を出せ」
「何、只の調べだ」
次に攻めたのはレイデロア。細かい氷の結晶を夜咲の四方から飛ばし、包囲網を築いた。
「ほう? 妾を甘く見ているのか?」
夜咲は刀を鞘に納めたまま、足を一つ踏み込んだ衝撃で全ての氷の結晶を砕いた。
「見たところ、貴様も氷を司るのだろう。ならば、これはどうだ?」
レイデロアの声は遠くなり、徐々に離れていく。
「妾の前にて小細工など無用」
夜咲はゆっくりと振り返り、鞘を構えた。
「チッ」
すると夜咲に向かっていたレイデロアは鞘を蹴った。
「汝の為す事は粗方悟った。次こそ、本気の剣戟を始めようぞ」
「…上等だ」
レイデロア・リダイスについて
堕天の蛇のリーダーにして、或る存在とそれらを知った者を殺す使命を背負う女性。氷を扱う。
雪途 夜咲について
五家の一。刀と氷を扱い、故郷では釁り雪と呼ばれていた。
堕天の蛇…レイデロアがリーダーを務める組織。
残旧…万■の■■原■の住民の総称。圧倒的な実力を誇る。
五家…残旧の内の或る五つの家。■、■、神■■、■■針、雪途が当てはまる。万■の■■原■の最高戦力達と呼べる。




