33.昔日の無彩は今も尚(前編)
ザルトニアはリズに昔話をしていた。
「実はね…」
───世歴200年、『焔光の星』のとある森にて。
「はぁ、はぁ、もっと速く…逃げないと」
月明かりが木々の間から差し込み、ある少年は何者かから逃げるように走っていた。
■………!■
「うわぁっ!?」
少年はペストマスクを着けた『変数』に片足を掴まれた。もう走馬灯を見ることになるのかと思ったその時、目の前に小さい猫耳を生やした白髪の少女がいた。その少女は『変数』を睨みつけ、少年を引っ張った。
「ま、待ってください! 相手は『変数』です! 僕のことは見捨てて、早く逃げて!」
すると少女は表情を変えることなく少年を逃がした。
「安心して。私は『α化』の対象だから」
「…よく分からないけど、健闘を祈ります!」
■………■
───アズディリア・アブソリュートの家にて。
「あら? こんな時間に誰かしら?」
アズディリアは玄関のドアを開けた。そこには雨に濡れたレインコートを着た黒髪の少年、椋がいた。
「…お宅の娘さんにお助け頂いた、黒門 椋です。本日は改めて感謝をお伝えしたく、伺いました」
「あら、そう。ザルトニアが人助け、ね…まあ入って、びしょ濡れになっちゃう」
彼女は椋のレインコートを脱がせ、大きなタオルを被せた。
「それで…助けてもらったって、何があったの?」
「いじめっ子に追いかけられてあの森に行ってしまい、『徘徊者』に追われ足を掴まれた時に、ザルトニアさんに逃がしてもらったんです」
椋は常に俯き、何か落ち込んでいるようだった。なぜならば、彼はザルトニアの生死の行方を知らず、あの『変数』に殺されてしまったかもしれないからだ。
「いや、あの子ならきっと大丈夫よ。α化の対象だし、常人とは比べものにならない戦闘能力を持ってるからね。霊化の目は未覚醒だけど、徘徊者くらいなら十分に相手できるはずよ(あの子、勝手にあの森に立ち入ったの?!)」
───椋が逃げた少し後、徘徊者の森にて。
「そろそろ、決着をつけないとね。レジェルデ」
■………?■
徘徊者は骨をボキボキと鳴らしながら首を90度傾け、血を散らした。
「…死者に耳なし、か」
■………■
彼は大鋏を取り出し、ザルトニアの首を切ろうとする。
「シャキン!」
しかし大鋏が切ったのはザルトニアの首ではなく空気だった。彼女は既に徘徊者の背後に周り、ペストマスクを外そうとしていた。
■………!!■
「レジェルデ、目を覚ませ! 君は『患者』なんかじゃない! 『変数』の囁きなんか無視しろ!」
■!!!!!■
そしてザルトニアは徘徊者のペストマスクを外すことに成功した。するとマスクは大鋏と共に一瞬で霧散し、中にいた少年が姿を現した。その少年は倒れ、死亡したように見える。ザルトニアは一滴ほどの涙を落とし少し安堵した。その少年はレジェルデと呼ばれ、椋によく似ていた。
「もう二度と、こんなところ来ないでくれよ」
───アズディリアの家にて。
「母さん、帰ったよ」
「あら、ザルトニアが帰ってきたわ。椋君、ちょっと待っててちょうだい」
アズディリアは小走りで玄関に向かい、雨で濡れたザルトニアの服を拭いた。
「あなた、勝手にあの森に行ったの!? どうして!?」
「母さん、そこに男の子がいるでしょ。彼が、私の友達に似てたから。友達は、徘徊者から解放してあげた」
決して表情を変えないザルトニアだが、内心はまだ悔いで埋まっていた。今にでも涙を流したい、そう思っていたのだ。
「あ、ザルトニアさん!」
椋はザルトニアに歩み寄り、深々と頭を下げた。
「あの時はすみませんでした! 僕のせいであなたまで巻き込んでしまって…」
ザルトニアはコートをポールハンガーに掛け、ドライヤーで髪と耳を乾かしながら言った。
「礼はいらない。私が自己満足の為にやっただけだから。でも…」
「いきなりで悪いけど、仕えさせてもらっていい?」
本当にいきなりの言葉に椋は少し引いた。
「え…? 僕が仕えるんじゃなく? あなたが?」
「うん、そう…君、椋って言った?」
「あ、はい、黒門 椋って言います」
ザルトニアはドライヤーを置き、首を傾げながら椋を睨んだ。
「それ、嘘でしょ? この星で、漢字の名前の人はいない。他の星から旅行か観光に来たとしても、異様にこの辺りに詳しいいじめっ子がついてきてることになる。君、本当の名前は?」
「あ…ぼ、僕は…」
するとアズディリアがしゃがみ、椋の肩に手を置いた。笑顔で椋を見つめ、
「クータスタ君、でしょ?」
と言った。
「な、なんで知って…?」
「君、レジェルデって男の子、知らない?」
クータスタがザルトニアの問を聞いた時、目を見開いた。その名前は記憶の奥底に捨てられていたのだ。
「聞いたことあります、誰だっけ…?」
そしてザルトニアは目を閉じて息を整え、覚悟を決めて言った。
「それは、君の前世だよ」
ザルトニア・アブソリュートについて
世歴200年頃からいた女性。その頃にはアズディリアという母がおり、椋の命の恩人となった。
徘徊者について
『焔光の星』のある森にて椋を襲った『変数』。不気味なペストマスクと血に染まった大鋏が特徴。
黒門 椋について
いじめによりある森に迷い込み、徘徊者に追われていた少年。
アズディリア・アブソリュートについて
ザルトニアの母。優しくて人付き合いが良く、子のことを何より気にかけている。
『焔光の星』…『闇影の星』の過去の姿。『影喰い』により『闇影の星』に変貌した。
患者…『変数』に取り憑かれた人の総称。『変数』はどうも、人に取り憑くことが多い…




