第三十二話 旅立ち フランの悩み。巽の悩み。
サトリの村を出ることになりました。
ミサキの完成を待つためにこの村に留まっていたので、完成したら出るってのは当然のことなのだが、日本風なこの村にいると、心がとても落ち着き、ずるずると一週間近く滞在してしまった。
ある程度、技もモノになってきたので、そろそろフェリシアファミリーを助けに行かねば、と思ったのである。
なんだか暫く旅をするうちに当初の目的を忘れそうになる俺は意思薄弱だと自分でも思う。恩人の家族なので出来る限り助けたいものだと思ってはいるのだが。
「それじゃあ」
カトウに挨拶をする。
こいつにはサトリの村を出たあとも暫く付き合いをしたい。日本人に今後も出会えるのか分からないし、なによりいい奴だから。
「ちょっと挨拶が適当すぎないかい?」
そう苦笑ぎみにカトウは言う。
きっと彼はオシャレで気の利いた別れの言葉を欲しているのだろう。
なんで分かるのかって?俺だって言えるものなら言いたいからさ。
「日本には携帯があって車があって、本当の別れになるかもしれないってことはあんま無かったからさ。慣れてないんだよ」
「なら仕方がないね」
こんな例えが出来るのもカトウくらいだ。
むむ、やっぱり別れが辛い。
「そう、ならこうしよう。またな」
カトウの提案に俺は思わず満面に笑う。
「ああ。またな」
たぶんもう会うことのない友人に言う一言。
うん。とってもクールだね。
「もう大丈夫ですか?我が君」
俺とカトウの別れを見ていたルゥがそう言う。
こいつはここで育って俺よりずっとこの村に思い入れがあるはずなのだが、随分と淡白だ。こいつみたいなのをクールって言うんだろうな。
「お前はいいのか?」
主らしく確認を取っておく。
「ええ。私は昨日のうちに済ませましたから」
表情を変えずにそう言い放つルゥの姿は実にさっぱりとしている。
こいつはこいつの家を持っていて財産もたくさん持っていると思うのだが、その背景を感じさせない手荷物の簡素ぶりだ。
肩に斜めに掛けた布にお金と数点の荷物をいれ、腰に二本差しの姿はなんというか武士のようだ。
そういえばこいつは家族への挨拶とかいいのかな。
当然親だっているだろうし。
「ルゥ、家族への挨拶とかいいのか?」
「いえ、私は一人ですので」
さらっと重い事実を告げる。
まあ、今まで見たことなかったし薄々その可能性は感じていたのだが。
「そうか」
あまり突っ込んで聞くのもなんというか、失礼だと思ったので問わないでおく。
ルゥとは長い付き合いになるだろうしあまり角は立てたくない。
「そうです」
やはり眉ひとつ動かさないその姿からあまり気にしていないようだしな。
「ところで我が君。ミサキは?」
「ああ、少し事情があってな。村の外に置いてある」
ムカついたから雪に突き刺してやった。
今ごろ主人にたてついた己を反省していることだろう。
たっぷりと熱を冷ますといい。
挨拶をして回り、最後に長老さんにも挨拶に向かう。
そこで分かったのだが、なんとこの長老は村長だったらしい。いや、ちっとも驚きはないのだが。
長老は俺の顔をチラリと見ると驚いたような表情を浮かべた。
「これは驚いたな。心の声がほとんど聞こえん」
どうやら俺の心の壁の厚さに驚いたようだ。
とくに何をしたわけでもないのだが、この村に滞在しているうちにココヨミ耐性が俺についていたのだ。RPGとかなら、
読心術耐性 A
とかなんとかついてるんじゃなかろうか。
「ええまあ努力しましたからね」
とりあえず嘘をついておく。
男にとって虚勢は必須スキルだ。プライドを守る鎧なのさ。
「嘘をつけ」
長老は呆れたように笑う。
なんだか最初に見たときより機嫌は良さげだ。
「だがまあやはりこれは良いな。ゴチャゴチャ言葉が聞こえてこないのは」
「やはり常に心が読めるのはキツいんですかね」
「あたりまえだ。頭痛に悩まされるからこんな所に引きこもってるんだぞ」
常に繁華街にいるような感じなのかな。かなりキツそうだ。事故物件ってレベルじゃねーぞ。
「まあまだ少し声が聞こえるが。うん。実にいい」
安心したような、柔らかな笑みを長老は浮かべる。
俺の隣ではルゥが顎を外すようにそれを見ていた。
話の流れから考えてルゥも初めてみる表情とかなんだろう。
こうまで喜ばれるとなんだか村から出づらくなってきた。
「いや、それはいかん。フェリシアも俺にとっては大事な友人だ。その家族は是非大切にして欲しい」
長老はスッと元の少し気だるげ表情に戻した。
それはやはりどこか楽な表情だったが。
「そうですね」
「ん?どうした?....ああ、やはり問いかけの言葉は実にいい」
新鮮な言葉に感動を受けている長老に俺の悩みを打ち明ける。
「なんだか、最近俺は自分がないように感じているんです。吸血鬼のこの力だってこの体だって与えられたものですし。仲間も出来て何もかもうまくいっているのに、流されるように目標をもって。そのことに真剣さというか、必死さがかけていますし、生きることに明確な指針が見当たらないんです」
この世界に落ちて、フェリシアさんに体と力をもらった。
俺がその力をちょっとふるえば仲間が出来たし家族だってできた。
全て借り物なような気がしてたまに無性に泣きたくなる。
俺は俺なのか?
端的に言うと「フラン」という俺に現実味を感じないのだ。
フェリシアさんの仲間を助けたい、と思ってはいるものの、焦燥感を感じない。つまりは何処かで「どうでもいい」と感じているのではないだろうか。
「フラン」は俺じゃないからその目的は「工藤巽」にとってどうでもいいことなんじゃないだろうか。
そう考えるとたまらなく不安になる。
この世界に一人なような、結局は漠然としない不安が心をしめる。
「ふむ、俺も世に飽いた身だ。多少は気持ちが分からんでもないがお前はさらに特殊だからな。アドバイスの仕様がない」
そりゃそうだわな。ほいっと解決策が伝授されても戸惑う。
「ただあまり考えすぎるのもどうかと思うぞ。多少時の流れに身を任せればいずれは解決するかもしれん。なんせお前は吸血鬼だ。身の滅びまで時はいくらでもあるだろう」
そのことにすら現実感がないのだが。
ただ確かに人間だったころより長く生きれば答えが見つかるかもしれない。
「それにお前は恩人のために行動しているのであってその恩人の親族にあまり思い入れがなかったとしても自然なことだ。何にしても考えて答えが出る悩みではないことは確かだろうな」
たしかに。
フェリシアさんが危ない、と聞いたら何がなんでも俺は助けに行くだろうけどフェリシア妹が危ない、と聞いてもあまり必死にはならないかもしれない。
所詮は他人事、と考えてしまうのかも。
なんだか、俺は自分が思っている以上に薄情な人間なのかもしれない。いや、吸血鬼か。
「はは。生き物とはそういうものだ。他人の心が自分の心のように感じられる俺だってそこまで他人に執着するわけでもないしな。心が読めないおまえは尚更だったとして何も可笑しくはあるまい」
「ありがとごさいます。話をして良かった。少し楽になったかもしれません」
自分の人間性に少し、いや大分嫌悪したが前に比べると納得できた。
俺は人間性まで完璧な勇者様にはなれんな。
「ああ。やはり会話はいいな。効率は悪いが互いに考え合えるのがとてもいい」
俺の全てが作り物だっとしてもそのお陰で少なくとも長老さんは幸せなのだと思うとなんだか安心する。
「ええ。俺も長老さんと会話できて良かったです。ところで、言いにくいのですが、」
「ああ、わかってる。フェリシアの家族を助けに行くんだろう。いや、心は読んでいないぞ?それくらいは察すことが出来る。ルゥ」
俺の隣で空気と化していたルゥは突然長老に名前を呼ばれてビクッと体を動かした。
「あまりフランに寄りかかるなよ。それはお前のためにもフランのためにもならん。俺の数少ない友人に迷惑をかけるなよ」
俺はいつの間に長老の友人になったのだろうか。まあいいが。
「長老」
「ああ、そうだ。だが、お前はフランに盲信しすぎている。私の経験上それは互いのためにならん。....そうだ。....ああ。きっと見つかるだろう」
見つかる?
ルゥをじっと見ながら相づちを打つ長老は電話をしているように一方通行だ。心を読んでの会話は大分便利だな。
「俺からは何もない。ああ。兄に会ってくるといい」
なんだかよく分からんが話は終わったようだ。
この置いてけぼりな感じが居たたまれなかったので会話が終わるのは俺からしたら万々歳だ。
「ルゥを頼む、フラン」
「俺の眷属だ。俺の手の及ぶ限り守ろう」
『吸血鬼フラン』をあまり侮って貰っては困る。
こいつの手の長さは半端じゃないぜ。
俺は『工藤巽』だ。
俺は『吸血鬼フラン』だ。
今決めた。俺は『吸血鬼フラン』として生きていこう。
何より吸血鬼らしく。
工藤巽を捨ててでもな。
自業自得なのですが、久しぶりの投稿過ぎて脈絡ないオチになった気がします。
なので補足というか今回の話のまとめ。
1.巽くんはフランである自分に現実感を持ってない。然るにフランの力で得たものに巽として愛情などを持っているものの、本に出てくるキャラに対するもののような隔たりがある。
2よし!悩んでても仕方がない!フランとして生きていこう。どうせ日本に戻れるのかどうか分からないんだし。
的に主人公の心の変化が訪れました。うまく文で表現できない自分が憎い。
まとめると巽くんはこれからフランくんになる転機のような回です。
これ補足しないと今後の話が収集つかなくなるのでお目汚しに後書き。
申し訳ないです。




