第三十一話 技
「だから我が君。違いますよもっとこう、すぃーって感じです」
「ほーんとあんた吸血鬼なのにどんくさいわよねえ。何年後になったら私を使えるようになるのかしらね」
教官殿の具体性に欠いたアドバイスを嫌みな武器の愚痴を聞きながら俺は、額の青筋を抑えることに難儀していた。
何がムカつくってミサキの野次がムカつく。
「ぷぷっ、クソ吸血鬼なにそのへっぴり腰!そんな腰使いで振られる方もたまったもんじゃないわね」
さっきから懸命に技を覚えようとしている俺をこれでもかと小馬鹿にしている腐れ剣。下品なやつめ。
この訓練をルゥに頼んだのはミサキ誕生の次の日だ。
身近にいる達人に頼むのは当たり前のことだ。ここまでの選択は自分でもベストを尽くしたと思う。反省した次の日から特訓を始める自分のやる気を誉めてあげたい。
頼まれたルゥも無表情ながら、頬を赤くしてその場でくるくると踊っていたことから嬉しかったのだろうと下手に表情豊かな人間よりハッキリ伝わってきてほっこりしたものだ。
一見ベストにも見えるこの選択だが、誤算が二点あった。
一つ。ミサキがこれ以上ないくらい非協力的だったこと。
下手くそにブンブン振られるのは嫌だ、といらん罵詈雑言で飾り立てた言葉が飛んできたのだ。
まあ、ここまでは良しとしよう。
たとえ立て掛けられた棒っきれに罵倒されつつも、俺は、懸命に技を覚えようとしたさ。練習したとも。
地球では我慢強い男の子だと母親にも褒められたことのある俺にはまあ楽勝だったね。
ただ、二つ目の誤算があまりに大きすぎた。
これのせいで修行がほぼ独学に近くなってしまっているのだ。
え、師匠ならいるじゃないかって?ルゥ先生のことでしょうか。
そうね、ルゥも悪い先生じゃないよ。ただ一点を除いてな。
『致命的に教えることが下手』
この一点さえなければ先生として完璧だと思う。
その一点がなければ良い先生の条件のスタート地点にも立てないんだけどな。
「だから違いますよ。我が君。もっとこう、りゅりゅっ!て感じです」
そう手をばたつかせる姿がただ一つの癒しだ。
「いいですか?こう、すぃーりゅりゅっ!って動きが基本なんです。これを応用することが私の武術のほぼ全てなんです」
ルゥの言葉の大半を聞き流し、ルゥの演舞を見る。
説明だとかジェスチャーだとかは下手クソなのにいざ動くと実に見事だ。
流れるような動きの一つ一つに意味があるのが分かる。
踊るように動いているのだが、その躍りの中に入ればミンチになるだろう。
シュッ!と小太刀を首の高さで振ったところで動きは止まった。
「と、こうです」
「はーっ、動きは見事なもんだなあ」
そうでしょう、と胸を張って貧乳を主張させたルゥの顔は実に得意気だ。
おそらく自分の説明も上手いと思っているのだろう。無駄に傷つけることもないので流しておこう。ルゥの将来の弟子に合掌。
「ていうか私太刀だしクソ吸血鬼も地力だけはあるんだしその武術合わないんじゃないの?」
....ん?
ルゥと俺は頭にはてなマークを浮かべた。
「いや、ほらその武術は貧弱な人間が強大な力を持つ相手に挑もうって考えた技でしょう?開祖はレン・カイジの」
「あれ、剣さんはご存知なんですか?」
「とーぜんよ。私は剣精の中でも結構なもんだからね。レンの刀に宿ったこともあるわよ」
今更ながらこいつはいったいどんな生き物なのだろうか。
「レンはいい男だったわねえ。私の趣味じゃないけど剣技も大したもんだったわよ」
「おい、語ってるとこ悪いけどお前って何者なんだ?」
「あん?大剣精ミサキちゃんだけど」
「いや、生態みたいなもんが聞きたいんだけど」
「なんであんたにそんなこと教えなきゃなんないのよ。何様?」
腹立つ。
「私も気になります。インテリジェンスソードなんて初めて見ましたし」
「ほら、偉大なミサキのことを俺らは知りたいんだよ頼むよ」
「し、しょーがないわね!教えてやらないこともないわよ!」
チョロい。
極めてチョロいやつだ。
その後の説明によると、剣精とは、文字通り剣の精霊らしい。
ふわふわそこら辺を飛んでいるが、精霊魔法でも使われない限りは基本何にも干渉しないのが精霊だ。
で、剣の精霊は一部の剣に憑依した存在らしい。優秀な使い手の愛用する剣だとか、長い年月を経た剣に宿る彼らは剣を頑丈にしたり切れ味を良くしたりしてくれる。
名剣だとか聖剣はこういう奴等がくっついてることが大半なんだとか。
ミサキもその中の一匹だったのだが、名匠カトウが鍛えた刀に勇者と吸血鬼が合成された俺が大量に血を注いだ結果、これ以上なく刀と一つになり、インテリジェンスソード『ミサキ』になった、ということだ。
その話を聞いてルゥは瞳を輝かせ、すごい!と叫んだ。
「そ、それじゃあ我が君に血を注いで貰えば私の刀もインテリジェンスソードになるんですか!?」
興奮しているルゥ。なんだかこわい。
「え、ええ。まあ可能性はあるとは思うけどおすすめはしないわよ」
引きぎみにミサキはそう答えた。
「なぜです?」
「その場合の『主人』はこのクソ吸血鬼になるからよ」
あー、それじゃあダメだな。
そもそもこいつがもう一匹増えるとか悪夢だ。
「むぅ」
「安心しなさい。あんたはそれなりの使い手だし修練すれば剣精はつくと思うわよ」
ルゥはがっかりとした顔をしたが、ミサキの慰めを受けて自分の愛刀に熱のこもった目向けた。
「がんばります」
「そうしなさい」
なんだかこの二人仲いいな。
達人と刀で通じあうものがあるのだろうか。
と、いうかだ。
「その理屈だとお前の主人って俺だよな。とてもそうとは思えないんだが」
態度が。
「ええ。私もそうとは思えないわね」
実力が。
ミサキの声が聞こえた気がして腹が立つ。
「ほー。そうかいそうかい。溶鉱炉にぶちこむぞこら」
「ああん?やれるものならやってみなさいよ。魔剣にでもなってあんたを呪い殺すわよ」
やってみろやあ!!!
なによ!!!!
俺は、しばらくミサキと睨みあっていたが、なんだか虚しくなってしまった。
そりゃそうだ。だって刀と喧嘩するんだもん。
とりあえず、だ。
ミサキは俺にはルゥの武術が合わない、という確信があるようだ。
まあぶっちゃけ竜だろが鬼だろうがパワー負けしない自信はある。
なんせ吸血鬼勇者だ。竜鬼とかいう掛け合わせのヤツが現れない限りは大丈夫だろう。
フラグじゃないよ。
「ちょっと。なによ。急に黙っちゃってさ」
「俺にはルゥの武術は合わないってのは本当なんだな」
「え、ええ。そうよ。全然合わないわよ」
ふーむ。やっぱりそうなのか。
テレビで見たことがあるのだが、日本にもたくさんの流派があった。
上泉信綱の新影流。千葉周作の北辰一刀流。
これらにも数多くの分派があるし、当たり前の話だが別の流派だってたくさんあった。
人を斬る、ただそれだけのことなのに、方法がそれだけ多くあるのだ。
そこに個人の合う、合わないは当然あるだろう。
元の力が強大な俺と、それに対抗しようと生まれた武術とじゃあ水と油なのかもしれない。
「まあ?なんだったらクソ吸血鬼に合う技を教えてあげてもいいけど?本当は嫌だけど一応主人なんだし?」
うっぜえ。
たぶん顔があって頬を染めて言われたらグッと来るのだろうが、なんせこいつは刀だ。なんだか腹が立つのだ。
だが、剣の精霊として長いこと文字通り剣と共に生きてきたこいつは誰よりも剣に詳しいのだろう。
おとなしく教えを乞うのが是だな。
「ああ。頼むよ」
「....!ふふーん。お願いします、でしょう?」
こいつはなぜこうもムカつくのだろう。
表情がないからか。悪いやつじゃないんだろうが道具にコケにされるのはやはり腹が立つ。
とはいえ、こうしていても仕方がない。
グッとこらえて頼む。
「お願いします」
「っ!任せなさい!」
こうして刀の師匠が出来た。
『刀の』『刀の師匠』だ。なんだろう。すごい屈辱的。
それはともかく俺にはこのあと重大なミッションがある。
「むぅ」
あっさりと師匠を変えた俺にムッとしたルゥを慰めねばならないのだ。
「あんた私を握りつぶす気!?強く握りすぎ!」
「腕だけを使うな!全身を使え!」
「バカに力を持たせるとどうなるかの典型ね!ただ振るだけならゴブリンにだって出来るわよ!」
「あーっもう!なんど言えば分かるのよ!あんたはあれね!鬼は鬼でもオーガとかトロールとかそういった類いね!」
このあとバシバシ悪態をつけられて俺のか弱い心が折れそうになるのだが、それはおいといて、俺は一日みっちり基礎を教わった。
流派の名前はないらしいが、傭兵王として名を馳せたユリウス・ダンドなる男の技術らしい。
戦場で真価を発揮する一撃必殺を基本としたもので、吸血鬼の身体能力ならこれを連撃として使える技に昇華できる、と教わったのだ。
傭兵王ユリウスは人間の身でありながら俺の一撃に匹敵する技を身につけたのだ。すごいやつだ。伊達に王を名乗ってないな。
で、この技術の基礎は大まかに説明すると
1、体全体を使う
2、相手を殺す意思
だ。
1は、指の先から、手首を含めたすべての関節を駆動させる、ということなのだが、極めると人の身で竜を一刀両断できるという恐ろしい技だ。
2は、躊躇わない意思、だそうだ。
傭兵王ユリウスさんは躊躇いから頬に深い傷を負ったそうだが、教訓のために傷跡を残し、自分が失敗をするたびにその傷を抉ったらしい。こわい。
頭を空っぽにして全身を剣にして叩き斬る、ということだが、これがなかなか上手くいかない。
模擬戦闘であれ、俺は戦うと技術を二の次にしてしまうきらいがある。
するとぎゅっと武器を握ってしまい、力の入った手首は固定され、筋肉によって固まった腕だけで武器を振ってしまうのだ。
ようするに余計な力が入ってしまうんだな。
そんな状態で全身を使うことができるはずもなく、ミサキに罵倒される。
「あんたは人間より有利なんだからこの程度さっさとこなしなさいよクソ吸血鬼」
「すまん。おい、ルゥもう一戦たのむ」
「はい」
短く返事をすると、ルゥは小太刀を振ってくる。
それを見切り、持っている木の枝を使いいなしてから反撃する。
ひゅんっ!と澄んだ音を立てた枝はしなりながらルゥに迫った。
「ふっ!」
呼気と共に小太刀を木の枝に沿わせるようにして、俺の攻撃を誘導。反らす。
流れるようにして小太刀を胴を凪ぐように振るルゥ。
そのまま一合二合と、合数を重ねる。
すると、俺の中で昂る意思が鎌首を上げた。
闘争心だ。
それを合図にして手の中でポキッと間抜けな音が聞こえた。
今日なんど目かの武器の壊れる音だ。
「はーっ、そこまでそこまで。クソ吸血鬼、あんた本当にダメね。そもそも自分を制御できてないじゃないの」
まったくもってその通りだ。
昂ると目が赤くなる身体的変化と、暴走してしまう精神的変化が訪れるのだ。
思い返すとそうなったことがこれまでも何度もあった。
それを自然だと受け取っていたことも恐ろしい。
化物な俺の中にさらに化物がいるようだ。
マトリョーシカかよ。
「あんた真祖でしょ?先祖帰りで暴走から帰ってこないヤツなんて私の人生でも何度も見てきたわよ」
人生じゃなくて精霊生じゃね。
そういえば長老さんもなんか言ってたな。
『血のコントロール』だっけか。
「血のコントロール。そうね。そうよ!あんたたまには良いこと言うじゃない」
うん。受け売りだけどね。
「ただでさえ戦闘民族な吸血鬼のしかも真祖でしょ?そりゃ暴走するわよ」
うん?いつになくミサキが優しい。
「まあ、武術を修めれば改善するわよ。私が保証したげる」
なんだこいつ。なんだこいつ!
「おまえ!誰だよ!」
「死ね」
端的な言葉。
それに安心する自分が憎い。
「....あんたは甘やかしたらダメなタイプね。さっさと素振りして感覚をものにしなさい」
「はいはい」
人間は反復練習で反応速度を越えた技を凌ぐ。
俺の場合はすべての技が見えるので型は必要ない。
筋力を、反復を必要としないので一つ一つの動きを少しずつ替えてベストな一撃を探すのが俺にとっての素振りだ。
ルゥは先に帰し、俺は一日中、木の棒を降り続けた。
その間数えきれぬほどミサキに死ねと言われた。
なんだか気持ちよくなってきた自分に気づいた一日だった。




