6 英雄王
深夜、騎士団長ルル・ビットーリアはとある場所へと向かっていた。
妹であるミハサ・ビットーリアが三年以上前より計画していたプランを実行するためである。
ミハサは、王都より追われた亜人とコンタクトを取っていた。
それは、亜人が国から見捨てられても生きていけるようにでもあるし、国を守るためでもある、そして今回の『計画』に向けた布石でもあった。
いくつも起こり得るパターンを予想して慎重に事を進めていたが、勇者を召喚したことにより三年間昏睡してしまっている間、悪化している国の状態にもっとも過激な『計画』を実行することを決意したのだ。
ルルはミハサが眠っている間、彼女が話した骨子より外れぬよう行動をしてきた。
ミハサが類い稀な頭脳の持ち主であると知っていた彼は、当時15歳であったミハサの言うことに素直に従い、実行に移すだけの柔軟な考えと、妹を信じる心を持っていた。
彼自身も非凡であったし、ミハサもルルを心から信頼していたため、この兄妹はここまで『計画』の段取りを進められたのだ。
ルルはミハサに言われた通りに、亜人を騎士は絶対に傷つけなかったし、ルル個人はむしろ保護をするようにした。
そしてミハサが昏睡している間は、ミハサを継ぎ、獣人やエルフの保護を名を隠して続けた。
後者は表では亜人を保護する運動をしている奇特な人物がいる、と言われていたが、裏の顔は違う。
レジスタンスのリーダーである。
これだけ手酷く排斥活動を国王が主導で行っているのならば過激な抵抗活動が起こるはずであったが、それらを抑え、来るときまで牙を磨かせていた人物こそがレジスタンスのリーダーであり、ミハサであった。
ルルを使いに出し、ミハサが本人で来ないことには理由がある。
ルルは王子という地位を捨てて騎士になったのに対して、ミハサは王女のままであった。
父親が愚鈍な人物であったことは誰よりもミハサが理解していたため、王女として残ったことはいざというときに父を抑える目的があったのだが、国政に口を出せるようになったときには既に亜人の排斥が始まっていたのだ。
その情報を聞くと、国の方針に口は出せなかったが、都にある伝を駆使してレジスタンスを立ち上げた。
そのレジスタンスはエルフやドワーフ、獣人を入れてどんどん巨大になり、今では排斥され、奴隷になった者以外の大半と、国の辺境に暮らす稀少種を含んだ戦力に膨らんでいる。
父が途中で改心するのであれば、レジスタンスも国のメンバーとして編成、父を追放するというふれを出せば良いと思っていたのだが、暴走が止まることはなく、今日、この日まで来てしまったことはミハサにとってもルルにとっても意外でもなんでもなく、来るときが来たか、というのが素直な感想であった。
ルルは大きな屋敷へと入っていった。
ミハサの協力者であるルール商会の会長、ルールの屋敷だ。
「お待ちしておりました」
屋敷の主人であるルールは自分の屋敷の客であるルルへと挨拶をする。
そのとなりには、どこかルルを複雑そうに見ている少女、スーの姿もある。
「『計画』の進捗はどうだ?」
「滞りなく進んでいます。今は各部族の代表者が談話室に集まっています」
怒りを溜め込んだ亜人たちが常に自分達へと支援をしてきたレジスタンスのリーダーが現れるのを待っているのだ。
ルルは柄にもなく緊張する自分に気づいた。
あの化け物と戦ったときに比べればマシだと自分に言い聞かせつつ、やはりどこか険のある表情のスーの案内に従って、談話室に向かう。
◆
談話室では代表部族が集合していた。
白獅子代表、レオン
白虎族代表、テガル
獣人族代表、アーノルド
エルフ族代表、シャマル
ドワーフ族代表、ガカン
彼らは一族のものが人間たちに虐げられている現状に我慢ならない気持ちを抱えていた。
それは怒りであり、哀しみでもあった。
年を経ていた者はかつて自分たちと仲良くしていたころの人を知っていた。
年若い者は家族をなげうって怒りに従い、行動することにやるせなさを感じていた。
しかし、彼らを動かしているのはこの国の王への怒りだ。
復讐を遂げない限り、彼らは決して止まらないだろう。
「今日、儂らの頭が顔を見せると聞いたが貴様らはどうだ」
口を開いたのはガカンだった。
ドワーフ固有の低い身長に逞しい体、そして長い髭、とドワーフの全ての特徴を備えている彼を他のドワーフと区別するものは、その長い年月を生きた人間特有の理知的な目だけだった。
あるいはドワーフには顔つきで見分けがつくのかもしれないが。
「俺もそう聞いたからこそ、この場に来たんだ。聞いてなかったら計画をすでに実行に移しているさ」
そう言ったものはレオンである。
彼は国が臨時に大量募集したとある組織の被害者だった。
その組織は急激に肥大化したため、末端まで管理がままならず、人を探すだけで給与を貰えてしかも縛りのない仕事にフラフラと集まった、ゴロツキに相違なく、そんなゴロツキが地方の亜人族の集落を小遣い稼ぎに襲撃するなんてことは日常茶飯事だった。
そんな組織を立ち上げ、しかも同族を苦しめる今の王には我慢ならない気持ちを抱えていたのだ。
「白虎が動くことが珍しいですよね。ただの戦いバカじゃなかったんですね」
そうシャマルはいたずらげに笑う。
美しい金髪と長い耳、整った顔立ちはエルフならではであり、とても彼女が齢数100を越えていることはうかがい知れない所もまた、エルフならではだった。
「はっ、俺たちは強さに敬意を持つ。アーノルドのじいさんの話していた吸血鬼が頭の後ろについていると聞いたらそりゃあ当然出席するさ」
牙を剥き出しにして笑うのは白虎族の族長、テガルだ。
白い髪が特徴的だが、どこか優しさを感じさせるレオンとは対照的に鋭い目付きとトゲトゲとした雰囲気をしている。
そんな彼であるが、レオンとは互いの娘の名前をつけ合う仲である。二人ともすでに娘は手元にいないのだが。
「はっはっは、フランを目で見れば尻尾をふらずにはおれんよ。レオンの娘もテガルの娘も心酔しておったしのう!」
その言葉にこれまた対照的な表情を浮かべる二人。
レオンは、あれだけ自分になついていた娘が尻尾をふったという吸血鬼の色気への畏怖の表情。
テガルは、強者を見抜き、それに迷うことなくついていった娘を誇らしく思う表情だ。
そんな二人をほっこりと見守る優しい雰囲気になった談話室にノックの音が聞こえる。
瞬間、空気が固いものへと変わった。
いよいよ彼らのリーダーの御披露目だ。
どこか期待した面持ちで、これから間もなく開くであろう扉が動くのを全員がじっと待った。
◆
ルルは扉をノックし、扉を開いた。
そこには眼光の鋭くしていた亜人が、目を見開いたのが見えた。
「騎士団長じゃねえか!」
叫んだのはテガルで、この場にいる全員の気持ちを代表していた。
騎士は国を守る存在で、ひいては国王を守る存在だ。
その団長のレジスタンスの頭としての登場は、場を驚愕させるのに十分な展開だった。
「なぜ貴様がここにいる?」
親友であるテガルに呼応するようにレオンは問いかける。
いま、ここにいるのは亜人選りすぐりの戦力である。
五人でかかれば、たとえエルラント王国軍最強と名高い騎士団長ですら殺せる自信があった。
ルルは答える。
「国のためだ」
殺意もなく、認められなかった場合への覚悟もあるその佇まいに、テガルが相好を崩した。
「ああ、お前はたしかに強いな。王足り得ると俺は思うぜ」
『計画』で最終的には王がすげ変わる。
王政でやってきたこの国は王がいなくてはならないという固定観念が根付いていた為、民主制、という発想は出てこなかったのだ。
そして、その王に誰がなるのか。
王女ミハサが適任であろうが、国政を深く担っていたミハサが王になることを亜人は快く思わないだろう。
王を誰が継ぐのか。
それこそが『計画』の最後の問題だったのだが、ミハサはルルに任せようとしていた。
ルルならば騎士団長という身分でありながら亜人、人間分け隔てなく助けてきた善行の積み重ねがあり、それゆえの信頼もある。
ルルもすでにそのことを了承している。
ただ、どのようにしてこの亜人の代表者たちに伝えようか、と頭を悩ませていたのだが、野生の勘か実は明晰な頭脳を持っているのか、そこに言及してくれたテガルに内心ルルは感謝をしていた。
「わたしも問題はありません。エルフが解放され、私たちに深く干渉をしなければ誰が王でも関係がありませんので。今代の王は最近では一番最悪でしたが」
シャマルの言う最近は最近ではないと理解しているガカンは一瞬笑いをこらえるような変な表情をしたが、すぐに平静を装い発言する。
「儂も問題はない。鉱山の採掘権とそこへの居住権を貰えるならばな」
土と共に生き、土と共に死ぬとまで言われているドワーフらしい要求だ。
「俺も構わない。友が信じるならば俺も信じよう」
王の一族と言われている獅子族だが、それはあくまで獣人たちの間でだけだ、とレオンは理解していたし、なにより目の前の堅物そうな男が今の王と同じような輩だとは思えなかった。
テガルが『強者』と認めたのが決定打となったのだが。
テガルの言う強者はただ力の強いものを指す言葉でない。
旨い料理を作るものも、精巧な技巧を持つものも等しく強者なのだ。
今回の『強者』と称した理由は、潔いまでに国を思っていることがレオンには分かっていたのだ。
「ワシも問題はない。フランが認めたのならばただワシはそれに従うよ」
フランの何がそんなにこの老人の琴線に触れたのか。
アーノルドは心からフランを信用しているようだった。
あの化け物のどこに信頼できるのだろうな、とルルは思ったが、それを口に出すほど愚かではなかった。
「ありがとう。私は君たちに報いる、国に尽くす王になると誓おう」
ルルはただ誓う。
彼は、国にたいして愛着というものをあまり持っていなかったが、それでも騎士をしていたという経験から、そして妹と共に生きたこの国をただ壊して放置することは出来なかった。
守ると決めたのなら一途に守るのがルル・ビットーリアという男だ。
あるいはそれにテガルは気づいたのかもしれない。
訳知り顔で頷くテガルにはそう感じさせるものがあった。
どちらにせよ人を見る目はありそうだ。
さて、『計画』は順調すぎるくらいに順調に進んでいる。
ようはクーデターであるが、壁に耳あり障子に目あり。どこで聞かれているかも分からないので『計画』と読んでいるのだ。
亜人の実行部隊は、密かに寝返ることのなかった貴族を暗殺に向かっている。
奴隷商の多くは帝国を拠点に持つ外国の商会出身者であるため、粛清することは出来ないが、国内の有力貴族で、ミハサが調べた限り真っ黒な存在は難しいことを考えずさっぱり粛清する気でいる。
主導は騎士団長、ルル・ビットーリアだと周知し、それに呼応した亜人や、亜人差別反対派が便乗した、と見せかけておき、成功した場合はルルが国王になりやすいように、失敗した場合はルルがもっとも重く罪を背負うようにされている。
騎士団の大半はルル派であるため、国王に忠を尽くす武官は少ない、と見ている。
ミハサにより仕組まれた毒は順調に国をめぐり、住人の知らない間に革命は進行していた。
国王がそれに気づく頃にはすでに刃が喉元に突きつけられたときであった。
「ルル!貴様、これはどういうことだ!」
喚く国王であるが、今さら話すこともなにもなく、ルルの突きつけた刃はひるがえり、国王の意識を絶った。
明日、国民の前で処刑が行われる。
「貴様が父親をしていれば、このようなことにはならなかったのにな」
思わず呟き、あり得ない幻想を瞼の裏に投影したが、再び目を開ける頃には彼の顔はいつも通り、厳しく引き締められた。
獣人が、エルフが、ドワーフが虐げられていた歴史はすんなりと幕を閉じた。
裏ではミハサの粘り強い交渉があり、賄賂があり、恫喝があったわけだが、それは歴史の表舞台に出ることはけっしてなく、ミハサ・ビットーリアの名前は、愚王フランクの数少ない有能な部下であったとだけ、記されることになる。
こうして愚王、フランク・エルラント・キングの時代は幕を閉じ、英雄王、ルル・エルラント・キングの時代が始まった。
お父さんたちの戦いを書こうと思ったのに思わぬルル回に....
ミハサの努力は地味なようですが、やらなければ王が死んだあと国が分裂したり大変なことになりました。
こう、本文で紹介できるのが有能な作家さんなんですね、憧れます。
感想ください!感想....ぐだざい!




