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半年にわたる過酷かつほぼ連続無休の稼働を経て、『蹂躙機(The Pwn-Machine)』は不可避の経年劣化と陳腐化の兆候を示し始めていた。


もっとも、世間一般のライトユーザーからすれば、その処理能力はいまだ過剰なスペックに見えただろう。だが、青森達也が下す評価基準は、世間の凡庸なそれよりも遥かに高みにあった。


彼が没頭するMMORPGの大規模アップデートが、PCへの負荷を一気に引き上げたのだ。彼のパーティが毎週末のように前線へ駆り出される大規模な攻城戦では、同一画面上に数百人ものプレイヤーがひしめき合い、無数の範囲魔法が乱舞するたび、画面は無残なスライドショーへと成り果てていた。


そのような極限状態において、フレームレートの急落は単なる視覚的な不快感にとどまらず、キャラクターの生死に直結する致命的な脆弱性となる。システムの即時アップグレードは、もはや待ったなしの急務だった。


だが、現実世界の常として、問題はいつも陳腐な資金難に行き着く。『電器丸』でのアルバイトによるささやかな給与は、消耗品や小物を買う程度で底をつく。本格的な強化を果たすには外部からの資金調達が不可欠であり、現状における唯一の出資者(インベスター)は父親しかいなかった。


もっとも、青森賢治という男の財布の紐を緩めさせるには、寸分の隙もない鉄壁の根拠(プレゼンテーション)を突きつけねばならない。


達也の前に、自作PCビルダー永遠のジレンマが立ちはだかった。限られた予算をどこに投じるべきか。選択肢は二つ――強力な新型CPUか、それともフラッグシップ級のグラフィックボード(GPU)か。


純粋なゲーム体験という観点だけで言えば、ある程度のプロセッサが載っている前提なら、GPUの換装こそがもっとも劇的かつ即効性のある恩恵をもたらす。飛躍的なFPSの向上、グラフィック設定を極限まで引き上げる快感。毎晩四時間から五時間も仮想世界に浸っている達也の本能は、間違いなくGPUを渇望していた。すでに特定のモデルに目星すらつけてあった――巨大なヒートシンクとデュアルファンを備え、現行のいかなるMMOもラグなしでねじ伏せる最上位のモンスターボードだ。


しかし一方で、冷徹な理性が囁いていた。その要求が父親に却下される確率は、限りなく百パーセントに近い、と。


達也の父は骨の髄までプラグマティストであり、すべての支出を費用対効果(ROI)の尺度で測る男だ。情報端末そのものを毛嫌いしているわけではなく、現代社会を生き抜くための必須の道具として認めてはいる。だが、賢治が何よりも許容しないのは「過剰な贅沢」だった。攻撃的なデザインを施されたハイエンドGPUなど、父親の座標軸においては「子供向けの高価な玩具」――すなわち排除すべき贅沢品そのものに分類されるに決まっている。


将来的な有用性と交渉のポジションという観点から見れば、CPUこそが遥かに汎用性が高く、反論の余地を与えない防御力に長けた投資対象だった。高性能CPUであれば、単なる娯楽にとどまらず、プログラミングやレンダリング、動画編集といった「生産的な実務」と論理的に結びつけることができる。それこそが、父親の理解し受容しうる共通言語だった。


専門的な助言を求め、達也はいつものように五十嵐を頼った。『電器丸』の店主は少年の相談に耳を傾け、思案げに顎を撫でると、バックヤードへ引っ込んで一枚のプリントアウトを手に戻ってきた。


「仕事用のツールに見えて、なおかつ規格外のゲーム性能を秘めたタマが欲しいなら……これを見てみな。『Survie Q 66』だ」


老店主はスペックシートをガラスのショーケースの上に置いた。


達也は食い入るようにその仕様に見入った。実に異彩を放つプロダクトだった。メーカーの公称ではコンシューマーとプロフェッショナルの境界線上に位置づけられたモデル。四基の物理コア、途方もない容量のL2キャッシュ、そして相応の冷却機構を要求する熱設計電力(TDP)。その実効処理能力は、大企業が自社のデータセンター用に導入する本格的なサーバー用プロセッサと比べても遜色がない。


達也にとって、これほど完璧な隠れ蓑はなかった。型番の響きは重厚で、スペック表のどこにもゲーミングなどという浮ついた単語は見当たらない。十代の娯楽を連想させる要素を完全に排除した、極めて硬派なエンタープライズ仕様。重大なタスクのための、本物の業務用品だ。


父親との交渉には、ワールドボス討伐のレイド計画に匹敵する綿密な事前準備が求められた。感情論や根拠のない口約束だけで挑むなど、自殺行為に等しい。


土曜日の夜。父親が夕食を終え、リビングのソファで茶を啜りながら一息つくタイミングを見計らい、達也は静かに部屋へ入った。その手には、整然と整理された透明なクリアファイルが握られている。中には『Survie Q 66』の詳細な仕様書、業務向けアプリケーションでのベンチマーク比較グラフ、彼自身が翻訳したマルチコアアーキテクチャの教育・工学分野への応用に関する学術記事の抄訳、そして寸分の隙もなく構築された論点整理のレジュメが収められていた。


「父さん、PCのパーツ換装に伴う資金調達についてご相談があります」


達也は抑揚のないビジネスライクな声で告げ、ローテーブルの上にファイルを差し出した。


青森賢治は無言で夕刊を脇へ置いた。黒く淀みのない双眸が息子を一瞥し、次いで差し出された書類へと落ちる。男はファイルをめくり、淡々と記載内容を精読し始めた。対面に立つ達也は、微動だにせず佇んでいる。今この瞬間、男の頭の中でリスクの評価と投資の妥当性が厳密に算出されているのだ。


沈黙の査読は十分ほど続いた。やがて父親はソファの背もたれに身を預け、両手の指を組んだ。


「なぜ四基ものコアが必要なんだ。動画編集でもやる気か?」


高校生としての身の丈と製品の処理能力との間に生じた最大の乖離点を、賢治は初手から正確に突いてきた。


「現在、計算機科学における進化の主潮流はマルチスレッド処理へ移行しています。四基の独立した演算ユニットを備えたアーキテクチャであれば、OSのバックグラウンド処理、統合開発環境(IDE)の稼働、そしてコンパイラの実行を完全に並列化して処理できます。動画編集などは、その演算能力の一つの局所的な活用例にすぎません」


達也は瞬き一つせず、淀みなく切り返した。


父親は軽く目を細めた。専門用語の羅列に気圧される様子はなく、冷徹に資料の次ページをめくる。


「この『ソケット75』とは何だ。特殊な規格か?」


「マザーボード側とプロセッサの物理的な互換性を規定する接続規格です。既存の資産をそのまま流用できるため、新規のボード購入は不要です」


少年は淡々と補足した。父親がブランド料や「専用規格による不当な割高感」を警戒していることを見抜いての即答だった。


賢治は静かに頷き、論理の整合性を認めた。だが、次に発せられた問いは、明確な冷徹さを帯びていた。


「『学業のため』という名目の割に、なぜこれほど高額なんだ?」


交渉の正念場だった。このプロセッサが客観的に見て高額であることを否定するのは愚策だ。『Survie Q 66』の単体価格は、一般的なオフィス用完成品PCの本体価格すら上回っている。「耐久性」や「信頼性」といった抽象的な美辞麗句で誤魔化そうとすれば、より安価な普及帯モデルを探せと一蹴されるのがオチだ。


採るべき戦術は一つ――「部分的な真実(ハーフ・トゥルース)」の投下に尽きる。


「レポートの作成やプレゼン資料の作成といった、一般的な高校の課題をこなすだけなら、このプロセッサが過剰なスペックであることは認めます。ですが、私は本格的なプログラミング技術の習得を目指しています」


達也は父の目を真っ直ぐに見据え、静かに告げた。


わずかに間を置き、言葉の重みを相手の思考に沈み込ませる。大企業の管理職という人種のパラダイムにおいて、高度な情報技術の習得とは、将来的なキャリアの優位性、市場価値の高い技能、ひいては経済的自立を意味する記号だった。


「現行の構成では、複雑なコードのデバッグ処理において著しいボトルネックが発生しています。遅延やクラッシュに思考を妨げられることなく、円滑にデバッグを完結できるツールが必要です」


達也は確信に満ちた口調で論陣を張った。


完璧な「半分の真実」だった。達也がプログラミング言語の習得を深めようとしているのは偽らざる事実だ。ただ、彼が今もっとも頭を悩ませている「遅延」や「フリーズ」が、統合開発環境のビルド時ではなく、韓国産MMOの大規模PvPで発生しているという点について、極めて賢明に口をつぐんだにすぎない。


客観的事実と将来の展望を編み込んだ部分的な真実は、いつだって完全な虚飾よりも強固な説得力を持つ。達也の心に罪悪感など微塵も生じなかった。目的は手段を正当化するし、手に入れた機材は実際に自己研鑽へ投じられるのだから。――ゲーム内でレベリングや素材狩りを終えた後の、余剰時間においてだが。


賢治は長く、息子を見つめ続けた。その眼差しには、要求額に対する疑念と、破綻のないプレゼンに対するやむを得ぬ評価が入り混じっていた。この少年は小遣いをねだっているのではない。効率と生産性のロジックを振りかざし、自己の未来に対する投資を要求しているのだ。これを突っぱねることは、男自身の教育方針を否定することと同義だった。


「いいだろう。必要額を用立ててやる」


奥歯を噛み締めるような微かな軋みを響かせ、父親は言った。


「ただし、その『本格的なプログラミング』とやらの成果をきっちり見せてもらう。そして――主要科目の評定が一点でも下がった場合、その『道具』は即刻、中古市場へ売却処分だ。私の言いたいことは理解できたな?」


「完全に理解しました、父さん。ご支援に感謝します。成績は規定のレンジを厳守します」


達也は慇懃に一礼した。


ファイルをテーブルから回収し、歓喜の笑みも勝利の余韻も微塵も見せることなくリビングを後にする。交渉成立後に感情を漏らすことなど、アマチュアの証であり、父親がもっとも嫌悪する稚拙さだった。


その夜、薄暗い自室のベッドに横たわり、PCケースの低い唸りに耳を傾けながら、達也は人間社会の認知構造について思考を巡らせていた。


大人という生物の精神構造は、実に奇妙極まりない。彼らはスーパーで数十円の割引に血道を上げる一方で、自らの内なるドグマにおいて「正当」かつ「格式が高い」と承認された事象に対しては、惜しげもなく大金を投じる。


もし父のもとへ赴き、余暇の質を向上させゲームの快適性を高めるためだと正直にグラフィックボードの予算を乞うていたなら、申請は確実にゼロパーセントの確率で粉砕されていただろう。父親の脳内において、GPUには「玩具」というラベルが貼られているからだ。そして高価な玩具など、企業人の価値体系では許されざる浪費にすぎない。


だが、要求する対象を地味で無機質なシリコンチップへとすり替え、そこに「教育用機材」というラベルを貼付した途端、寸分違わぬ金額がほぼ無抵抗で拠出された。実のところ、CPUもGPUも、異なる数学的演算を実行するトランジスタの集積回路にすぎないというのに。


***


緑がかった基板(サブストレート)に鎮座する『Survie Q 66』は、外見だけを見ればキーホルダーの金具ほどの大きさにすぎない。


だが、二〇〇〇年代半ばの時点において、そのアーキテクチャはコンシューマーの既成概念を粉砕する真の工学的金字塔だった。定格2.4GHzで駆動する四基の独立した物理演算コア。八メガバイトにも及ぶ大容量L2キャッシュ。そして何より、十分な冷却とBIOSのアップデートさえ施せば、既存のソケット75マザーボードにそのまま換装可能という圧倒的な後方互換性。


自作PC専門誌や海外のエンスージアスト系フォーラムにおいて、このモデルは『corporation-grade monster(エンタープライズ級の怪物)』と称されていた。メーカー側も当初、一般家庭のデスク上でこれほどの演算パワーが必要とされるとは想定していなかったはずだ。想定ターゲットは、建築設計、過酷な3DCGモデリング、そして大容量映像のエンコードを行うプロ向けワークステーション。四つの独立した演算スレッドなど、当時の一般ユーザーにとっては日常業務では持て余す以外に使い道のない、規格外の暴力的なスペックだった。


しかし青森達也は、凡百の日常という枠組みで物事を捉えたことなど一度もなかった。彼が目指していたのは、自らにとって真に必要な領域における絶対的な支配力の獲得だ。


父親から引き出したとはいえ、限られた予算の枠内でこの最高峰のプロセッサを手に入れることができたのは、かつてソケット75対応のマザーボードを確保し、安価な繋ぎのCPUで耐え忍んでいた過去の投資があったからこそだ。


とはいえ、秋葉原のPCパーツショップの店頭に並ぶ正規リテール版のプライスタグは、並の人間なら目眩を覚えるほどの高値を刻んでいた。市場原理の掟――美麗な化粧箱に包まれた最先端の技術を享受するためには、シリコンそのものの対価だけでなく、量販店の利幅や広告宣伝費、流通マージンまで背負わねばならない。


達也にとって、そんな虚飾に金を払うなど愚の骨頂だった。無駄な中間マージンを払う行為は、自作erとしての敗北に等しい。


「五十嵐さん、お力添えをいただきたいのですが」


ある平日の夕暮れ、達也はカウンターに歩み寄り、平然と言った。


老店主は納品書の記入の手を止め、怪訝そうに片眉を持ち上げる。


「父親から『学習用』という名目でプロセッサの予算をもぎ取りました。予算内に収めるため、『Survie Q 66』を最安値で調達したいんです」


五十嵐は呆れたように、だがどこか感心した風に口角を歪めた。


「大きく出たな。店頭のリテール品なんか買おうもんなら、親父さんの気が変わってその場で話が流れる額だぞ」


「だからこそ、五十嵐さんにお願いしているんです。個人客には開放されていないB2Bの卸ルートや、バルク品の仕入れルートをお持ちなのは明白ですから」


達也は無用な謙遜を交えることなく、淡々と本質を突いた。


五十嵐は何も言わず、黒電話の受話器へと手を伸ばした。


これこそが、達也が『電器丸』で築き上げた最大の資産だった。実利の互恵関係によって結ばれたネットワークは、決して裏切らない。店主は年齢に見合わぬこの有能な小僧の働きぶりを高く評価しており、その期待に応える労を惜しまなかった。


業界特有の符丁を交えた手短な通話。納期の確認を二言三言交わすと、カチャリと受話器が置かれた。


「化粧箱もリテールクーラーもなしのOEMトレイ品(バルク)だ。代理店の初期不良保証付き。店頭定価から三割引きで手を打ってくれた。明後日の午後便で届く」


「十分です。ありがとうございます」


納品を待つ間も、達也の胸に浮ついた焦燥や無駄な興奮は微塵もなかった。プログラムの実行待機時間と同じ、単なる必要なレイテンシにすぎない。


彼は自宅から『蹂躙機』を店へ運び込み、作業台を清掃してマシンを開帳した。手慣れた手つきでCPUクーラーを取り外し、ソケットから仮初めの低性能プロセッサを抜き取る。


やがて配送業者が届けた無骨な灰色の帯電防止袋を、五十嵐が無造作に放ってきた。


「ブツだぞ」


そう告げると、老人はカウンターに現れた常連客の対応へと戻っていった。


達也は袋を受け取り、バックヤードの作業机へと向かった。すぐには開封しない。薄暗い店内で、パッケージ越しに金属製ヒートスプレッダと薄い基板の冷たい重みを感じながら、彼は数分間、静かに佇んでいた。


それは、彼個人の知性が手繰り寄せた、物理的で確固たる勝利の結晶だった。自らの技術的コンピテンシーが、紛れもない本物の「力」へと昇華された証。


これまでの彼は、電子ゴミの寄せ集めで耐え忍ぶしかなかった。他人が見捨てたジャンクを拾い、パッチワークの怪物を作り上げ、繋ぎのCPUから絞り出すようにして性能を削り出していたのだ。


だが今、その手の平にあるのは正真正銘のフラッグシップ。テクノロジーの頂。世の大半の人間が想像すら及ばない高次演算のために設計された、本物のシリコンだった。


マザーボードへ最上位CPUを換装する工程は、本質的には単純な作業だ。しかし同時に、ほんのわずかな油断や焦燥、集中力の途切れすら一切許されない精密外科手術でもある。


達也は作業台の上から一切の異物や配線の切れ端を排除した。アーム型のデスクライトを引き寄せ、ソケットの直上に強い光を当てる。


入念に手を洗い、完全に乾燥させた後、薄手の静電気防止手袋を装着した。冬場の静電気一発で、この高価なチップは即座に文鎮へと成り下がる。基本的な安全マージンを軽視してリスクを冒すなど、素人の極みだ。


基板の縁(エッジ)だけを慎重に指先で挟み、『Survie Q 66』をパッケージから取り出す。


ニッケルメッキが施された重厚なヒートスプレッダが、ランプの光を反射して鈍く輝いた。達也はプロセッサをソケットの上へとゆっくりと運ぶ。ソケットのピンとチップ裏面のランド(接点)が、ミクロン単位の精度で一致しなければならない。基板左隅に刻まれた金の三角マークが、ソケットの切り欠きと合致する。


カチリ、と耳を澄まさねば聞こえないほどの微細な音を立て、チップは自重だけでスロットの窪みへと滑り込んだ。余計な加圧は一切必要ない。


カバーを下ろし、金属製のリテンションレバーを押し下げてフックへと滑り込ませる。適度なテンションとともに、チップが完全にロックされた。


次のフェーズには、熱力学の基本原理に対する理解が不可欠だった。ピーク時において百ワットを優に超える熱量を吐き出す四基のコアを冷却することは、システムの生命線だ。乾きかけた歯磨き粉のような安物のシリコングリスなど、ここでは何の意味も成さない。


達也は銀粉を配合したプロ用サーマルグリスのシリンジを手に取った。


ヒートスプレッダの幾何学的中心に、小豆大のグリスを精確に押し出す。専用のプラスチックヘラを用い、金属表面全体へ均一かつ極限まで薄い皮膜を形成していった。厚すぎれば熱伝導を妨げる断熱材となり、薄すぎれば微小なエアポケットを残してしまう。そのバランスは完璧だった。


バイト代を注ぎ込んで調達した、六本の銅製ヒートパイプがそびえ立つ巨大なサイドフロー型タワー型クーラーが、チップの上に静かに鎮座する。スプリング付きの固定ネジを対角線順に均等に締め込み、ヒートシンクをヒートスプレッダへ最大限かつ均等な圧力で密着させた。


PWM制御の4ピンファンコネクタをマザーボードへ接続。換装作業は完了した。


筐体内に配線を引き回し、各コネクタを再接続するのに要した時間はわずか十分。達也の胸にあるのは焦りではなく、研ぎ澄まされた予感だけだった。すべての工程に瑕疵がないことを、彼自身が誰よりも熟知していた。


新構成の初回起動――すべてのビルダーにとっての審判の刻。


電源ユニット背面のロッカースイッチを投入。フロントパネルの電源ボタンを短く押し込む。


巨大なファンが身震いし、アルミニウムの放熱フィンへ向けて冷気を勢いよく送り込み始めた。以前の安物ファンとは一線を画す、低く密度の高い重厚な風切り音。


間を置かず、マザーボードのスピーカから放たれた短く澄んだビープ音が、POSTの正常通過を告げた。ハードウェアのイニシャライズにエラーは皆無。


モニターの漆黒の画面にPOST画面が走る。達也はすかさずDeleteキーを連打し、BIOSセットアップユーティリティを立ち上げた。青一面のクラシックなメニュー画面から、達也の視線が目的の文字列を瞬時に捕捉する。


Processor: Survie Q 66

Cores: 4

Speed: 2.40 GHz

L2 Cache: 8192 KB


カーマニアがスーパーカーのV12気筒エンジンを前に息を呑むように、達也はその英数字を見つめていた。彼の命ずるまま、いつでも暴力的な演算能力へと変貌する準備を整えた生のポテンシャル。口元を微かに緩め、彼はマシンを再起動させた。


OSの起動は以前よりも目に見えて高速だった。ボトルネックはもはやHDDのシーク速度とメモリクロックのみに絞られている。GUIのレスポンスは吸い付くように機敏だ。


だが、主観的な体感速度など信憑性のない指標にすぎない。達也が信用するのは、厳密な数値計測とログデータのみだ。


彼は合成ベンチマークソフトのパッケージを一斉に走らせた。テストプログラムが、複雑な幾何学計算、フラクタルレンダリング、暗号化アルゴリズムを次々とプロセッサに叩き込んでいく。


タスクマネージャーのパフォーマンスモニター上で、四つのスレッドグラフが瞬く間に百パーセントへと跳ね上がった。CPU温度は緩やかに上昇したものの、タワー型クーラーの圧倒的な熱交換能力により、安全圏である六十度未満にガッチリと抑え込まれていた。


完走後に弾き出されたスコア――それは、以前のプロセッサの約3.5倍という驚異的な数値を叩き出していた。


しかし、合成ベンチマークなど所詮は机上の空論にすぎない。真の試金石は、過酷な実戦環境への投入だ。


達也はいつもの韓国産MMORPGのクライアントを立ち上げた。


ログインしたのはメインではなくサブアカウント。ベンチマーク測定用に、あらかじめ所定の地点へ配置しておいたキャラクター名『TestHardware01』を選択する。


ロード画面が明けると、そこはサーバー内でもっとも人口密度の高い大都市の露店市場だった。


かつてこのエリアへ足を踏み入れることは、地獄のようなラグとフリーズを意味していた。視界内に次々とポップする数百人規模の他プレイヤーの当たり判定、座標データ、装備モデル、アバターステータスの処理に旧CPUは窒息し、クライアントは頻繁に一秒から二秒の完全硬直(プチフリ)を引き起こしていたのだ。


だが今はどうだ。視点カメラをどれほど乱暴に旋回させても、画面は滑らかに追従する。キャラクターモデルのテクスチャは瞬時にロードされ、マントの物理演算や歩行アニメーションの処理落ちなど微塵も発生しない。


基本的な安定動作を確認した達也は、テレポートスクロールを切り、中堅ギルド同士の抗争が日常茶飯事となっている前線フィールドへと飛んだ。


小高い丘の上に陣取り、眼下で繰り広げられる血みどろの乱戦を見下ろす。数十人のメイジが一斉に広範囲殲滅魔法を撃ち込み、吹雪と火炎のストーム、広範囲スタンエフェクトが入り乱れる視覚の狂宴。プレイヤーたちの被ダメージ計算や状態異常のステータス更新パケットが、サーバーから怒涛の勢いで押し寄せる。


以前であれば、旧CPUが真っ先に音を上げ、敵の攻撃を視認することすら叶わない壊滅的なコマ落ち(スタッター)を引き起こしていた局面だ。


だが、『Survie Q 66』は何食わぬ顔でその負荷を平らげていた。四基のコアによるタスク分散は完璧の一言。たとえ自らが魔法の嵐の中心に立っていたとしても、スキルリキャストやCC(行動妨害)の解除タイミングをコンマ一秒の狂いもなく把握できる。戦況のすべてが、コマ落ちの一切ないクリスタルのような明瞭さで網膜に映し出されていた。


だが、物理法則とPCアーキテクチャの力学は無慈悲だ。一つのボトルネックを解消すれば、必然的に次の弱点が白日の下に晒される。システムのパワーバランスが激変したのだ。


CPUが膨大なフレームデータを瞬時に生成してGPUへ送り届けるようになった結果、今度はグラフィックボード側がその描画負荷を捌ききれなくなった。かつて貧弱な旧CPUと歩調を合わせていた中古の修復GPUが、新たな「ボトルネック」として悲鳴を上げ始めたのだ。


平常時には完璧に安定していたフレームレートカウンターが、大量のパーティクルエフェクトが重なる瞬間、不快な乱高下を見せる。


あまりに予測通りの、至極当然の帰結だった。奇跡など起こらない。エントリークラスのGPUが高画質とハイフレームレートを同時に維持することなど、物理的に不可能なのだ。


ゲーマーにとっての古典的な二者択一が提示された。美麗なスライドショーか、あるいは見た目は無様でも完全に滑らかな操作性か。


だが、青森達也にとってそんなものは最初から選択肢にすらならなかった。実戦における生存と勝率の前では、美観など何の価値もない。


彼は冷徹にグラフィック設定を開いた。


テクスチャ解像度――最低。

異方性フィルタリング――オフ。

動的シャドウ――完全無効化。

オブジェクト描画距離および草木のディテール――許容限界の最低値。


画面内の世界が一変した。重厚で緻密だったフルプレートアーマーはぼやけたローポリゴンの塊へ成り下がり、魔法エフェクトはその厚みと輝きを失って平板な光の記号へと退行した。グラフィックの質感が一気に五年前のレベルまで巻き戻される。


だがその代償として――FPSカウンターは頑として「60」の数字に固定され、どれほど激甚な集団戦の渦中であっても一コマたりともブレなくなった。フレームタイムが極限まで平坦化され、指先の入力に対するキャラクターの応答性は神懸かり的な領域へと跳ね上がる。かつては25FPSの維持すら夢物語だったのだ。


「――悪くない投資だったな」


達也はモニターを見つめ、心の底から満足そうに呟いた。

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