第1話 プロローグ《私のはじまり》
私の始まり。
あの日、生温かい何かの下に私はいた。
重く、血の匂いがして、それは私の小さな身体に覆い被さり、世界から光を奪っていた。息をするたび、血の匂いが入り込んだ。けれど、私を覆っていたのが誰だったのか、私は今も知らない。
やがて、その重みが退けられた。
光が落ちてきた。
霞む視界の向こう、壊れた屋根の隙間から月が見えた。額から滴る血が目に入り、月を紅く滲ませていた。世界そのものが血を流しているような夜だった。
そして、そこに彼女がいた。
白銀の髪。黄金色の瞳。
私を生かした人。そして、私の故郷を奪った側にいた人。
あのときの私は、そのことさえ知らなかった。
家族の顔も、あの家で何が起きたのかも、自分がなぜ血の中にいたのかも、思い出せなかった。耐えられない恐怖から逃げるために忘れたのか、ただ頭を打っただけなのか。それすら今も分からない。
それでも、身体だけは忘れていなかった。
喉が水を欲しがった。腹が食べ物を欲しがった。傷ついた脚が動かなくても、心臓は生きることをやめようとしなかった。
そして私は、もう一つ欲しがった。
誰かの手を。誰かの背中を。置いていかない誰かを。
彼女は水をくれた。食べ物をくれた。私へ銃を向けた。そして、その銃を下ろし、私を背負った。
優しい人だった、とは言わない。正しい人だった、とも言わない。
ただ、あの夜から、私の世界には彼女がいた。
私を呼ぶ声があった。しがみつける背中があった。目を覚ましたとき、最初に探す顔があった。
血は繋がっていない。同じ国に生まれながら、私たちは敵と味方に分けられていた。それでも彼女は私を生かすために銃を取り、私は彼女が帰ってくることを待つようになった。
あの頃の彼女の年齢を越えた今も、分からないことはある。なぜ私だったのか。何を思って、その背中を向けてくれたのか。
それでも、背負われた温もりは覚えている。
彼女の名は、グロリア・レイス。
これは、私の世界を始めた人の物語。
そして、彼女と私が、ともに生きた日々の物語だ。




