第9話
「ナーシャさん、どうしてここに……」
あまりにも予想外の人物が現れたことに僕は唖然としてしまった。辛うじて彼女の名前を呼んだがそれ以上言葉に出来なかった。
その様子を見たナーシャさんが静かに口を開いた。
「ナーシャで構いません。サトウ様があまりにもお戻りにならないので、こうして迎えに」
「あ、すみません、ナーシャ……さん。でも悪いんですけど、まだもう少し続けます」
折角呼びに来てくれた彼女に申し訳ないと思いつつも、僕はそれを振り払って剣を握る。
「ですが今のサトウ様がやっている事は、もはや訓練と呼べるものではありません。言うなれば……」
しかし、彼女はそんな僕の態度を意に介さず、何事でも無いように話し続ける。
「唯の……自傷行為でしかありません」
ナーシャにハッキリとそう言われ剣を振るうのを止める。
自分でも今してる事が唯のヤケクソだと薄々気づいてはいた。ただハッキリとそう口に出されるとと得も言われぬ悔しさが込み上げて来る。
次第に剣を握る手の痛みがさっきよりじんわりと増し剣が地面に滑り落ちる。まるでナーシャさんが言ったことを肯定するように。
僕は悔しさで顔を滲ませナーシャさんに向き直る。
「でも! これじゃあいつまで経っても!」
「……」
しばらく互いに沈黙し静寂が流れる。
「すみません……」
なんとかそれだけ絞り出し、再び剣を取ろうとするとナーシャさんが目の前までやってくる。そして……
「!?」
ナーシャさんがギュッと僕を抱き締める。
「え!? あ、ちょ、ちょっと」
グーっと豊満な部分が僕の顔に押し付けられる。咄嗟に身を引こうにもがっしりと掴まれ離れる事が出来ない。恥ずかしさとか色々な物が押し寄せ、さっきまで感じていた痛みや疲れをこの時は忘れてしまっていた。
暫くそのまま抱擁されていると、彼女の温もりが体全体に伝わっていきそれが僕に安心感を与えてくれる。
「どうですか? 少しは落ち着きましたか?」
「……は、はい」
これが落ち着けるわけないだろと声を大にして叫びたかったが、彼女の安心感に身を委ね静かに返事をする。
「ナーシャさん、そろそろ」
そう言うと、僕の落ち着き? を取り戻した態度を見て素直に僕から離れる。少しだけ名残惜しそうな僕を見て揶揄うようにナーシャさんは小さく笑った。
「ナーシャさんには、初めて会った時もそうですけど助けてもらってばかり、ですね」
「いえ、お気になさらないでください」
「ア、ハハ、そう言って貰えると……ありがとうございます。本当に。」
もし僕にあてがわれた使用人がナーシャさんじゃなかったらと考えると、今頃僕は何もせずただ部屋でジッと過ごしていたに違いない。
ナーシャさんが居てくれて本当に良かった。
「フフ、ではお部屋に戻りましょう。それから傷の手当てにお夜食も」
「い、いや! そこまでしてもらわなくても!」
「ダメです」
そんな話を楽し気にしながら僕たちは訓練所を後にして部屋に戻って行った。
「あれ?」
「どうかされました?」
「いや、ほかに誰か居たような……いや気のせいか、ごめん。何でもない」
・・・
「あーあ。こりゃ一波乱来るぞ」
俺は自室からその光景を目撃し、その先を想像して笑みを浮かべた。
「何笑ってんの?」
「うっせ。てか何で居んだよ!」
・・・
「うわー、すっごいな~」
大きな扉を開け中に入った瞬間、目に飛び込んできた光景に思わず感想が僕の口から漏れた。
ここは城の中にある図書館で、僕なんかじゃ一生かかっても読み切ることが出来ない量の書物が保管されている。
正にこの国の知識が全てここにあると言っても過言では無いらしい。
僕は司書さんに目的の本が置いてある場所を教えてもらい、案内された場所から適当に本を一冊取って席に着く。
教科書並みにデカく、厚さも辞書並みに太い。最初に手に取っていい物なのか疑問に思ってしまうほど重厚な装丁に生唾を飲み込んで一瞬怯んでしまうが、意を決して一ページ目を開く。
「すげぇ、ホントに読める」
本に書かれている文字はもちろん日本語では無い。完全に見たことも無い文字列だ。しかしどういう訳か異界から召喚された者たちはこれらの文字を自分たちの言語に勝手に翻訳され理解できるらしい。
話す言葉も同様で転移初日にアリシア王女の言葉が理解できたのはこれのお陰だ。
僕が手に取った本、それは……魔力に関する本だ。
この世界に来て僕たちの体に馴染んだ魔力だが、ハッキリ言って僕たちはそれをちゃんと扱いきれていない。
それもそのはず、僕たちはまだこの世界に来て日が浅く、そもそも魔力なんてとんでも概念は元の世界に存在しなかったからだ。
僕は日ごろの訓練のお陰で少しではあるが魔力を操作することが出来るようになっている。だが、それはあくまで基礎の基礎。お遊び程度でしかない。
そこでナーシャさんから、剣を振るだけでは無く魔力について学んでみてもいいのでは? と助言をもらったので試しにこうして図書館に足を運んだわけだ。
(でも、それにしても難しそうだなぁ。僕でもちゃんと理解できる物なのか? いやダメだ! そんなんじゃ! 試しに一冊。一日掛けて読んでみよう、うん)
そして数時間後
「お、面白……」
そこには完全に沼に浸かりきってしまった者が居た。




