第8話
朝がまだ訪れず、日もまだまだ昇り始めない暗い静けさに包まれた訓練場で僕はひたすら案山子に訓練用の剣を叩きつけていた。
「ぐっ……!」
手の豆は既にいくつも潰れ、握るだけで痛みが腕全体に広がりすぐに剣から手を放せと脳から信号が送られる。
しかし僕はそれでも剣を振るのを止めない。湧き上がる悔しさが僕の手から剣を放すことを許さなかった。
結局あの日の直談判は無駄に終わった。いくら僕が訓練したと言っても特別なスキルを持たない僕を危険な場所に連れて行くわけにはいかないらしい。
マリアさんが言っていた……万が一怪我でもしたらって。
完全なお荷物扱いに対し僕は何も言い返せなかった。自分でも分かってはいる。危険な場所に足手まといを連れて行く危険性とかが分かってない訳では無い。でも……
でも僕は、証明したかった。スキルが無くても、特別な力が無くても、僕はやれるって。だけど現実はそんな簡単じゃ無かった。
「ハァ……ハァ……」
日々の訓練で培った魔力も既に底を尽き始め自分の体から何かがゴッソリ無くなった感覚が襲う。止まらない汗や整わない息に加え物凄い脱力感に襲われる。
何もしないでいるとこのまま眠ってしまいそうだ。僕は手を握りしめ、痛みによって意識を無理やり覚醒させ訓練を再開した。
すると訓練所の入り口から誰かの足音が聞こえてくる。僕は剣を振るのを止め、音のする方に振り向いた。
・・・
星明かりに照らされ、日本にいた頃では考えられないような幻想的な夜道を彼女は一人で歩いていた。
しかし彼女はその景色を眺める事はなく若干下を向いて、どことなく重い足取りで思い詰めたように歩いていた。
(あれから一度も顔を見れてないな……元気にしてるかな……佐藤君)
綺麗な景色にも目もくれず悩み事で頭が一杯な彼女……今井小春はこの世界に来てから他の転移者と比べて多忙な日々を探していた。
その理由は彼女がいくつか授かったスキルの内の一つが原因だ。
転移者は多種多様なスキルを授かりあらゆる分野でその特異性を発揮する。中にはこちらの世界の住人では理解できないような内容のスキルも存在する。
しかし、毎回様々なスキルが現れる一方で毎回決まって現れるスキルも存在する。それが……
『勇者』『武神』『賢者』『聖女』の四つのスキルだ。
この世界に最初に訪れた転移者が授かったスキルであり、言うなれば世界を救った救世主が持つスキルでもある。
ある意味、真に英雄視されてるスキルはこの四つと言える。
だが、過去に召喚された転移者でこの四つのスキルを授からなかった者たちを冷遇する時代もあったが、幾度の厄災を祓う過程、何なら最後までこれら四つ以外のスキルが活躍するのも珍しくなく、今では異界からやってくる全ての転移者を丁重に扱っている。
だが、この四つのスキルが特別視されている事には違いなく、この内の『聖女』を授かった彼女は他の転移者よりも特別に扱われている。
しかし、その特別扱いが返って彼女の生活を窮屈にしている。
今だって護衛という名の監視からやっとの思いで抜け出したところだ。本来ならこの開放感を十分に味わいたい筈だが、彼女の胸の内はあることで一杯だった。
頭の中にその時の光景が鮮明に映し出される。
転移する直前の教室から一旦出たある男子が戻って来た時にふと目が合う。しかし目が合った瞬間、その男子はサッと目を逸らす。自意識過剰と言われればそうかもしれないが、彼女はその男子から何かネガティブな感情を読み取っていた。
その次に、転移してすぐの訳が分からず不安で押し潰れてしまいそうな時、自然とその男子に話しかけていた時の光景が浮かぶ。
徐々に不安は薄まって行き、その男子とまるで昔に戻ったような会話をしてこんな状況なのに少しだけ楽しくなっていた自分を思い出し、思わず顔を赤くしてしまう。
だけど最後に自分が彼に言ってしまった一言でその少しだけ楽しかった一時が一変してギクシャクしたものになって、そこで頭の中の映像も途切れる。
(あんなこと言わなければ今頃……いや結局会えない事には変わりないか。ハァ……なんでこんなスキル何か)
自分には過ぎた力を知らぬ間に授けられ、しかもそのせいで精神的に窮屈な生活を強いられている事に嫌気がさす。
このまま歩いていてもいずれ護衛の人たちに連れ戻されるだけ、ならばそろそろ自分で部屋に戻ろうかとした時、静かな夜の奥から物音が聞こえる。
(この先はたしか訓練所……誰か何かやってるのかな?)
少しだけ気になった彼女は最後に訓練所に向かうことにした。
近づくと徐々に物音は大きくなり、やがてそれが何かで案山子を叩く音だと分かった。
どういう訳か悪い事をしてるわけでは無いのに足音を鎮め静かに訓練所の入り口に向かう。すると入り口から真っすぐ伸びる通路の先にその必死さがこちらにも伝わるぐらいの気迫で剣を振るう……彼の姿があった。
何とも言えない偶然に彼女はしばらくどうしていいか分からず、しばらく彼を見つめた後、意を決した。
・・・
暗い影になった入り口から誰かがやってくるのに気づき、僕は一旦手を止めてそちらを見る。
すると影からやって来た人物は月明かりに照らされ、そのシルエットが明らかになる。
「ナ、ナーシャ……さん。どうしてここに?」
入り口から現れたのは僕のお世話をしてくれているメイドのナーシャさんだった。




