第5話
「サトウ様、そろそろお時間です」
日がまだ昇り始めた頃、ここ最近聞き慣れてきた声で目覚める。
元の世界の自分の部屋と比べると少し狭いがそれでも高級ホテルのように豪華な内装でこっちは未だに慣れない。体をグーっと伸ばして眠気を覚ましながら寝心地最高のベッドから起き上がる。
「ん、んんーーっ……! はぁあ、ありがとございます、ナーシャさん」
「ナーシャ、で構いません」
「ア、ハハ、すみません」
この人はメイドのナーシャさん。金髪のポニーテールに何と言ってもその青い肌が特徴の亜人とこの世界では呼ばれる種族でさらに、その……あの、結構目のやり場に困る、体型というか……いや何でもない。
僕たち異世界から召喚された勇者……えっと、うん、勇者は全員ありがたいことに使用人を付けてもらって身の回りの世話をしてもらってる。
あれから既に二週間が過ぎた。
僕たち異界の勇者は特別な能力を授かる。授かった特殊な能力は『スキル』と呼ばれ多種多様な力を発揮する。
スキルはこの世界の人間なら別に珍しい物では無いらしい、現にアリシア王女は自分のスキルを使って僕たちを召喚したらしい。ただ、彼女みたいな王族は例外として一般的に授かるスキルの効果や能力は平凡なものらしい。
それと比べて勇者のスキルは強力で唯一無二。もしくは一般的なスキルの上位互換になっている。
勇者たちはスキルを使って早速ダンジョンや秘境、魔境、世界の果てに出撃! とはならず、しばらくこの国、この城に留まりスキルの使い方を学んだりして、言うなれば訓練、レベルアップをしている。
「今日も行くのですか? あまり無理はなさらない方が」
「大丈夫です、気にしないでください」
僕は愛想よくナーシャさんに返事をして部屋を出る。まだ日が昇り始めたばかりで廊下を歩いてる人は僕一人。そのまま無人の廊下を歩き階段を下りて外に出る。
少し肌寒い感じがするが気にせず僕は目的地を目指す。
やって来たのは訓練場。普段は兵士や勇者たちの訓練のために使っている場所だがこの時間は誰も居ない。
立て掛けてある刃引きされたロングソードを手に取り打ち込み用の丸太の案山子の前に立ち意識を集中させる。すると僕の体から微かな光が現れ腕を通って剣に流れる。
十分に光が剣に流れたのを見計らって掛け声とともに案山子に斬りかかる。
「はああああ!!!」
斬られた案山子の胴体は刃引きした剣にも拘らずザックリと大きな溝が出来ている。続けて振り下ろした剣を戻すようにもう一度案山子に斬りかかる。
案山子の胴体はさらに斬られ胴体の半分に届くか届かないくらいまで切込みが出来ている。二回目の斬り込みが終わると同時に剣に纏っていた光はすっかり消え元の剣に戻っている。
「ふう……まだまだ、だな」
僕は再び意識を集中させて剣に光を込めて打ち込みを始める。
この世界には『魔力』と呼ばれる力が存在している。それは何処にでも誰にでもある力で、この世界では常識として知られている。
そんな魔力だけど、勿論僕らはそんなものは持っていないのだが、この世界に居るだけでまるで乾いたスポンジが水を吸うように僕らの体にも魔力が宿るらしい。どういう原理かは正直よく分かってない。魂の容量だとか何だとか本に書いてあったけど、とにかくそのおかげで運動経験も碌に無い素人な僕でもこうして案山子の胴体をバッサリと斬れるわけだ。
そして僕は彼此約二週間、毎朝欠かさずに案山子をぶっ叩いてる。
「痛っ!」
手の平を見ると豆が何個も潰れ血が出ている。他にもいくつか潰れて直った跡があり、元の僕からは考えられないような手をしている。正直痛いけど毎朝欠かさず訓練をしている証拠だと思うとなんだか少しだけ嬉しくなる。
今までこんなに何かを頑張った事があったっけと思うが、思い出してみてもそんなものは一切無い。こんな状況にならないと頑張れない自分が少しだけ嫌になるけどすぐに忘れて手の治療をする。
治療と言っても簡単に布を手にグルグルに巻くだけなんだけど。
「サトウ、今日も早いな!」
「あ、マリアさん、おはようございます」
動きやすいラフな格好で現れた彼女はマリアさん。王族に仕える騎士の一人でさらに召喚された勇者たちの教官を務めている一人でもある。(この人も目のやり場に困るんだよなぁ)
勇者のスキルは多種多様でしかも召喚された人数が多い為、スキルの効果である程度グループを分けて教官を充てている、マリアさんは勿論戦闘グループの教官だ。
「おはよう、それにしても毎日続けるとは大したものだ、あいつらも少しは見習ってほしいものだが」
「いや、このくらい全然ですよ」
「そんな事は無いぞ、何事も続けるのが一番苦しいからな。それをここまで継続してやってるお前は立派だ」
「アハハ……そう言って貰えると……」
正直自分でも相当努力してる方だとは思う。だけど……
「あの時はすまなかったな。少し自分でも言い過ぎたと思っているよ」
「き、気にしないで下さい。それに……実際僕が居ると足を引っ張るのは事実ですから。それじゃあ訓練に戻ります」
「あ! ちょっと待て」
マリアさんはそう言って僕を引き留めると豆が潰れた手を優しく握る。すると握った手が淡く緑に光り始め僕の手を優しく包み込む。
ジワーッと温かさが広がりそこだけ温泉にでも浸かっているかのように力が抜ける。
「アッ……グッ!?」
「我慢しなくてもよいのだぞ」
変な声を我慢しようと必死に我慢するも少しだけ漏れ出てしまい、それを見たマリアさんに揶揄うように笑われる。
暫くすると手の傷は塞がり痛みは感じなくなっている。改めて見ても魔法というのは便利を通り越して、万能って感じだ。
軽く手を握ったり開いたりして感触を確かめ、マリアさんにお礼を言って僕は再び訓練に戻った。
何も無い、平凡で凡庸。モノクロで何の特色も無い僕は結局、日常から乖離した非日常の世界に来ても何の取り柄も無いただのモブだった。
だけど。
そんな僕でも走り続けることぐらいは出来る。走って、走って、走って。時間がどれだけ掛かろうと、僕は……
・・・
「あいつ凄いな……マジで主人公の素質があるよ」




