第38話
火神さんと街を練り歩いていると、やけに道がカーブした若干下り坂になっている人気の少ない場所へとやって来た。
周りの建物の高さと密度も相まってか影が差して、昼にも関わらず結構暗い。あまり良い雰囲気の場所では無いので無意識に体が強張る。
「こっちは行かない方が……」
「じゃあ、あそこの店だけ見てみよう」
僕はそう言って火神さんを引き留めようとするが曲がり始めた道の先に何か見つけたのか、そう言って僕の腕を引っ張る。
火神さんに引かれるまま進んで行くと見えてきたのは古めかしい建物だ。
僕らの感覚で言ったらこの世界の建物自体古く感じるが、今まで見てきた街並みと比べて遥かにそう感じる建物に見えた。
入り口は不用心に開いていて、中を覗いてみても暗くてよく見えない。建物の外に吊るされている小さな看板には本の彫刻されているので、本を扱うお店なのだろうが如何せん場所と雰囲気が相まって怪しさ十分だ。
「入ってみようか」
「え!? これって入っていいの?」
「看板もあるし、扉開いてるし、ダメだったら……そん時は素直に謝ろう!」
それでいいのかと思わずにはいられないが、ズカズカと歩いて行く火神さんを放って置くわけにはいかないので僕も後に続く。
恐る恐る店? に入ると暗くて何も見えず人の気配すら無く、入ったら本当にヤバい場所なのではと思い始めた時、急に明かりが灯る。
蝋燭や暖炉、ましてや電球などと言った光源など全くもって見当たらないのに、室内は煌々と明るい。
唖然と立ち尽くしていると、今度は店の奥にあるカウンターの上に置かれた羽ペンがひとりでに勝手に動き出し、何処からともなく一枚の羊皮紙が宙を滑るように飛んでくる。
二人して顔を引き攣らせながらその様子をマジマジと見つめ、いつでも走って流れるように身構えていると羽ペンが文字を書き始め、書き終わると羊皮紙が再び浮き上がる。
『何かお探しですか?』
この世界の文字でそう書かれた羊皮紙が僕らの目の前に飛んで来る。
「あ、えっと……自分で、探します」
反射的にそう答えると、羊皮紙はペンの元まで飛んでいき何かを書かれまた戻って来る。
『何かありましたらお申し付けください』
そのやり取りを最後に羊皮紙は店の奥に飛んでいき、羽ペンは力なくカウンターの上に転がった。
「す……スゲェ! 今のヤバくねえか!」
「ヤ、バいね……ホントに」
この世界に来てから、というか前の世界でも思っていた事だけど、日本における魔法や魔術のイメージはゲームでよく見られる『攻撃』とか『回復』みたいな戦いで役に立つ物ってイメージが何となくあったから、こうして生活の一部になった物を見るとちょっと感動する。
そりゃあ科学よりも魔導が発展した世界だからこの光景は至極当然と言えばその通りなのだが。
「てかどうする? このまま出るのは流石に……悪いよな?」
「そう、だね」
自分で探すと言った手前、このまま店を出るのは何となく気が引けるので適当に店内を散策する。
これが訳の分からない店だったらヤバかったが、幸いな事にこの店がどう言う店なのかある程度把握できている。
ザッと店内を見渡す。表に吊るされた看板からある程度予想していたが、概ねそれは正しかったようで、幾つもの棚が壁に置かれその中に分厚い本から薄い物まで様々な本が何冊も並んでいた。
適当に手に取り開いてみる。
店内に特に変わった動きは無い。どうやら立ち読みしても大丈夫なようだ。
そのまま適当に取った本を読んでみると内容は……多分恋愛モノ、かな?
『悲愛の天使』
タイトルに愛って入ってるから多分そうだと思う。『悲』も入ってるから失恋とかそう言う感じかな? と3、4ページ捲って内容を考察する。
パッと見だけど結構僕でも読めそうな感じで、作者は誰なのか確認しようとした時、ふと難しい顔で小さく唸る火神さんが目に映る。
「調子はどう? 何かいい本は見つかった?」
「全然ダメ。あたしって昔っからこういうのダメなんだよな〜。なんかコツとか無いの? 本を選ぶ時の」
「ハハッ、そんなの無いよ。ただ気になったタイトルとか、本のデザインとか、たまたま目に入ったとかで選ぶだけだから。ビビッと来るのがなかったら今回は縁が無かったってだけだよ」
「フーン……ん? 佐藤が持ってるのは?」
「ああこれ? 多分……恋愛モノの小説かな。ザッと最初だけ読んだ感じだけど」
火神さんは僕の持つ本をしばらくジッと見つめ、思いついたように口を開く。
「じゃあソレにしようかな」
「え?」
突然の申し出に固まってしまう僕。そんな様子を見て少し火神さんは不機嫌になる。
「何? あたしじゃ読んじゃダメなわけ?」
「いやいや! 別にそんな事……あ! だったら僕がこの本をプレゼントするよ」
「は!? いや別にいいから! 自分で買えるから!」
「ほら、今回はお礼って事で一緒に街を歩いてるでしょ? 屋台を何軒か奢ったくらいじゃお礼にならないよ。それに、僕あんまりお金使わないから、こういう機会に使わないとさ!」
「そ、そこまで言うなら……」
火神さんから言質を取ると僕は早速、あの動く羽ペンが置いてあるカウンターに向かい、本を置いて恐る恐る尋ねる。
「えっ…と、これ下さい」
すると予想通り羽ペンがスラスラ動き始め、紙も何処からともなく飛来する。
『金貨五枚になります』
結構高いな。素直にそう思ってしまう。別に他の使い道も無いので困りは無いが、手元の金がゴッソリ減ることに少しだけ躊躇してしまう。
ほんの一瞬戸惑ってしまったが、気を取り直して素直に金貨を出そうとした時、再び紙に文字が書かれ、しかも火神さんから見えないように僕に見せてくる。
『ですが、カップル割引で金貨一枚と銀貨五枚になります』
「な!?」
「どうした佐藤?」
「い、いや! 何でもない! ホントに!!」
僕の真っ赤な顔を見せないために必死に声を張り上げて何とか誤魔化す。
「……いやあの、カップルとかそんなんじゃ無いんで……」
小声で僕がそう言うと、ペンが動き…
『じゃあ金貨七枚で』
「え……!? なんで増えて……!」
『やっぱ十枚』
「!?」
そこで何とか声を押し殺し、これ以上値上げされるのと火神さんから変な目で見られる訳にはいかないと悟り、僕は意を決した。
「……えと、カッ…プル、なので、割引…お願いします」
『かしこまりました。カップル割引適用で金貨一枚と銀貨五枚になります』
どことなく文字が生き生きとしている気がするが気のせいだと思いたいが、取り敢えず無事に本を購入出来たので良しとする。
すると店の奥からリボンが飛んできて本に巻きついて可愛く包装される。
それを持ち若干照れながら火神さんに手渡す。
「はい、どうぞ」
「……ありがと」
「改めて火神さん。昨日はありがとう。お陰で結構楽になったって言うか、なんと言うか……嬉しかった」
「ぷっ、何それ。でも……どういたしまして」
「ハハッ……じゃあそろそろ帰ろっか」
「だな」
こうして僕たちは屋敷へと帰って行った。最初の時より随分と笑い声が増えた気がした。
『若いっていいね〜』




