第36話
「そっち行ったよ!!」
「わかった!」
風が吹き抜ける草原で僕と火神さんは三体の魔獣と対峙していた。
立ち位置が若干前に出てた火神さんが二体を相手取り、僕たちを包囲しようと回り込んできた一匹を僕が対処する。
彼らは狼の見た目をしていてダラダラと涎を滴らせながら殺意マシマシの無機質な目で僕たちを見ながら襲い掛かってくる。
「ふっ……!」
勢いよく飛び掛かって来る一匹の魔獣を躱しながら斬り払い、一瞬怯んでる間に脚に瞬時に貯めた魔力で渾身のサッカーボールキックをお見舞いする。
キャン! という悲鳴を上げながら数メートル吹き飛び一時的な余裕が生まれる。
チラリと火神さんの方を見て、助けが必要な状況か確認すると、縦に綺麗に引き裂かれた死体が既に転がっていた。
まざまざと力の差を突き付けられて一瞬唖然としてしまうが、これ以上彼女の手を煩わせる訳にはいかないと思い、吹き飛ばした魔獣に再び視線を向け、剣を構え直す。
魔獣は既に体勢を立て直し、低い唸り声で気を伺う。
傷を負わされ、仲間を失い、数的不利を背負ったこの状況にも関わらず、魔獣は僕たちに対する敵意を決して失わせない。
これが魔物や魔獣という存在の怖いところだ。
RPGで言うところの街を出て歩き回るとエンカウントする『敵』に値する存在だが、それを現実に持ってきた時、これほど恐ろしい存在は他には無い。
野生動物に襲われる。悲惨な事件だが、そこには何かしらの理由がある。テリトリーに侵入した、ストレスを与えた、腹が減ってた、臆病だからなど。
同じ人間同士でも争うこともある。もちろんそこにも理由がある。中には無作為になんの感情も無く行われる名状し難いものもあるが、それに至るまでの過程がある。
生き物のする事は辿っていけばそれに至った経緯、納得出来なくても理由がある。
しかし、魔物、魔獣といったコイツらにそんなものは無い。ひたすら視界に映る自分たち以外を襲う、紛う事なき『敵』だ。
その衰えない殺意と自分の身すら惜しまない心の無い特攻精神が生半可な僕の心を締め付ける。
すると次の瞬間、魔獣が一気に駆けて来る様子が一瞬映る。
僕は魔物に向かって駆け出し剣に魔力を込め、それと同時に魔獣もこちらに向かって走り出す。が、十分に助走が取れずスピードが乗らないまま飛び掛かり、呆気なく僕に斬り伏せられた。
「ふぅ……何とかなった」
「お疲れ佐藤。前から思ったけど、佐藤って結構やるよね」
「そ、そうかな。でも、そう言って貰えて悪い気はしないな」
例え冗談でも女の子から褒められて悪い気になる男はいない。僕は笑いながらそう返した。
「いやいやホントだからね? なんか、こう……予測してるって言うか、相手の動きがわかってる、みたいな……格闘技とかやってた?」
それを聞いて思わず驚愕する。
「す、すごいね、ちょっと見ただけで分かっちゃうんだ」
「え? じゃあホントに何かやってたの?」
「ああ、いや違くて。ほら僕ってスキルが無いでしょ。だから他ので色々と補ってるんだよね。例えば魔術とかで」
「へぇ、じゃあさっきの戦闘も」
「うん。『先読みの片眼鏡』って言って、相手の動きをどこまでも完全に予測出来る魔術でね」
「はあ!? 何それ、反則じゃん!」
「あー、と言っても僕だと完全に発動出来ないんだよね。要求魔力が多すぎて。ほんの一瞬、チラッと1秒も無い時間で見えるだけで」
「いやなんで、それだけの情報で判断出来んだよ」
「そ、それは……」
聞くも涙、語るも涙の地獄のような特訓をポーション飲みながら一週間続けたからなのだが、あの日々を思い出し血の気が引いて急に言葉に詰まってしまう。
「……まっ、いいけど。それより、他には? どんな魔術使ってんの!」
「えっと、その……これ以外使ってないんだ。ハハハッ、と言うか使えなくて……すみません」
「……ハァ」
キラキラした目で火神さんが僕を覗くが、そんな期待に応えられなかった事に罪悪感で一杯になる。しかし……
「アンタさぁ、何で一々謝んの? こっちは別に何とも思って無いのにさぁ」
火神さんにそうハッキリ言われ心臓がドクンと鼓動する。前にも同じようなことを言われその時も今と同じように何も言えず立ち尽くすだけ。
「すっ、みません……グフッ! え!?」
辛うじて口から出た言葉も結局謝罪で、それを聞いた火神さんが肘でど突いてきた。
「佐藤はさあ、もっと自信持てよ。聞いたよあんたの元クラスメイトからさ。あっちの世界でイジメられてたんだろ、真田に」
「……うん」
辛い日々の連続。毎日毎日死にたくなるような惨めな人生。今思い出すだけで震えが止まらない。怒りとか憎しみとか、そういう感情よりも先に早く終わらないかという諦めが僕の心を埋め尽くした。
「寧ろごめんな、助けてあげられなくてさ」
「火神さんが謝ることじゃないよ!! あれは僕が……ただ勇気が無くって、情けなくて……僕が、弱かったから」
「でも今は違うんだろ?」
「え……?」
「真田は佐藤にとってのトラウマ。そんな奴に挑んで行くなんて普通の奴には出来ない。しかも、佐藤は真田に勝ったんだろ? だったらさ、もっと自信持てよ!」
火神さんの言葉に僕はだんだんと目頭が熱くなって来るのを感じ、それが溢れ出さないように必死に堪える。
「スキルの無い佐藤がアイツに勝つのは並の努力じゃ無理だ。だから佐藤は頑張って頑張って頑張って! 今もそうだ。まだ何かの目標に向かって頑張ってるんだろ? だからさ、もっと自信持てよ……佐藤は凄え奴だよ」
その言葉で僕が今まで必死に抑えてきた物が溢れ出す。咄嗟にそっぽを向いてそれを悟らせないようにするが、多分手遅れだろう。しかし、男としてのプライドがあるためか、素早く目元のそれを拭ってから、ぎこちない笑顔を火神さんの方に向ける。
「……あ……ありがとう、火神さん」
「フフッ、良いってことよ。あ! じゃあなんかお礼してよ」
「お、お礼!?」
「そうだなぁ〜、ご飯でも奢ってもらおっかなー。な〜んて冗談だよ冗談」
「わかった。じゃあ明日、一緒に街でも見て回ろう」
「え!? いや本気にしなくても……」
そのままスッキリとした晴れやかな気分で僕たちは帰路についた。




