第34話
どこまでも続くだだっ広い草原で暖かい光に包まれながら立ち尽くしていると、ここが本当は地面の下だという事をすっかり忘れてしまう。
気持ちの良い風が、吹き僕の火照った体を程よく冷ましてくれる。
だけど、体の興奮を多少冷ましたところで手に残る感触や脳裏に焼き付いた光景、血の匂い、断末魔、そういった非日常の感触は決して消える事は無い。
想像以上に、辛い。
初めてのダンジョン探索を一言で言うなら、これに尽きる。
真田との試合で僕は初めて、人を、本気であいつに斬りかかった。でもそれは試合だから、魔道具で守られていて死ぬ事は無いから……ムカつくから、嫌いだから、許せないから。
色々な要素が入り交じっていたから、半ば殺し合いの試合をすることが出来た。
だけど改めて、自らの手で何かを本気で殺めるというのは……心に重い、何かがのしかかって、無意識に視線が下がり前を向くことが出来ない。
僕は強くなる。強くなって小春の隣に胸を張って立てるように、情けなく地面を這い蹲って踏み躙られない為に、もう誰も悲しませない為に。
でも強くなるには、経験を積んで、知識を蓄え、体を鍛えるだけではこの世界で強くなることは出来ない。
この世界で強くなる。そのためにはレベルアップする必要がある。
レベルとは、その存在の魂に宿る魔力量の事らしい。
レベル1の魔力量を仮に100とすれば、200はレベル2、400ならレベル3という風にある一定のラインをレベルとして表し、それを超え次の基準に到達することをレベルアップと言う。
僕たち転移者はこの世界に来るといつの間にか魔力が宿る。
しかし、それはいつまでも勝手に吸収されるわけでは無く、大体レベル1程度の魔力で止まり、そこからは自力で魔力を上げる必要がある。
そしてその方法は、魔物や魔獣と言った存在を自らの手で狩る必要がある。
魔力を持つ生物は死ぬと魂に蓄積された魔力が放出され霧散し、世界を覆う魔力の一部となる。
しかし、全ての魔力が霧散するわけでは無い。死んだときに放出された魔力の一部はその存在に止めを刺した者、ソレに近いことをした者の魂に流れ込む。
全くもって信じられない話だけど、ある意味異世界らしい現象だと思う。
だけど、元の世界にいた時に見た創作や、思い描いていた想像とは全く異なる生々しさがあった。
「佐藤、マリアさんが集合だってさ。……今日の所はこれで終わりらしい」
「わかった、今行くよ」
呼ばれた僕は重い足をなんとか持ち上げその場を後にする。
振り返った先の丘の上に天幕が見え、そこに向かって歩き始める。疲労困憊で走る気力も、いやまだやるぞ! 的な根気も湧かない。
ただひたすらに、今日見たもの、聞いた声、感触を忘れて寝てしまいたかった。
トボトボと歩く僕は決して先ほどいた場所を振り返る事は無く歩き続けた。
脳裏にはまだあの光景が焼き付いている。
体液を垂れ流し、臓物をぶちまけ、焦点の合わない精気の失われた目をしながら地面に倒れ伏す魔物たちの姿が……
・・・
「ハア……こんな時に肉なんか食えるかよ……」
そうボヤキながら食卓に並べられた十分に豪華な料理の肉をフォークでつつくのは同じB班で、今回のダンジョン遠征で僕とコンビを組んでいる火神恋さんだ。
元陸上部の女子生徒で同じ二年生。何の競技をしていたのか等は、接点というかクラスも違うし、そもそも余裕のある学校生活とは無縁だったからよくは知らない。
ただ、一年生から活躍してたのは、『祝』の文字が大きく書かれた垂れ幕や校内新聞で何となく知っている。
初めて話した時、その人あたりの良さと活発な見た目から、男子女子共に人気が凄そうだと感じた。
「佐藤は?」
「僕もかなり堪えてる」
そう言いながら何とか食事を口まで運ぶ。口にさえ入れてしまえば、その味も相まって後は噛んで飲み込むだけだ。
味がしない、とまでは言わないが食事を和気あいあいと楽しみながら食べる余裕は無い。そのせいか、どことなく話題も暗い雰囲気のものになる。
「聞いた話なんだけど、何人かはもうダンジョンから出て城に帰ってるらしいよ」
「え、まだ来たばっかりなのに?」
「よっぽどキツかったのかもね。正直言って……少し騙されたような感じもするし。まあでも自分で選んだから、ここに来たんだけど」
「……なんとなく、その気持ち分かるよ」
才能があれば誰だってソレを活かしたいと思う。
だけど本来、ソレは目に見えず感じることも出来ないモノだ。何かのきっかけ、タイミング、環境、そう言った要素が重なり初めて自覚することが出来る。
元の世界で一体何人の人間が自分の才能に気づかず生きていくのか、その才能に気づいてもそれ以上の才能に押し潰されてしまうのか。
本来、自分の得意分野で生きていける人間なんてごく僅かだ。
しかし、この世界は違う。
どういう力を持っているのかを、ただのカード一枚で確認することができて、尚且つその力は絶大。
決して借り物の力などでは無く、魂に刻み込まれた正真正銘の自分の力。
目に見える力。
そんな力、誰だって試してみたい、使ってみたいはずだ。
しかも、その力を振るう対象も、目的も、大義名分もこの世界には用意されている。
そして実際にその力を振るう機会が訪れた。
今まで無縁だった明確な殺意を向けられて体が強張り、初めて本当の恐怖を感じるも、辛うじて何度も何度も訓練した甲斐あってか、自分の内に秘められたその絶大な力をなんとか起動する。
すると、襲い来る敵はいとも容易く滅され、無惨にその骸を晒す。夢のような力は実際にはいとも容易く悪夢のような光景を作り出す力を秘めていた。
銃を撃ってみたいけど人を討ちたい訳じゃない。刀を振ってみたけど人を斬りたい訳じゃない。
周りがどれだけ褒め称えても、称賛が手の震えを抑えてくれる事は無い。
「なんか……佐藤って、結構変わってるよね」
「え!? そ、そう……かな」
「いやだって、スキルも無いのにこんなとこまで来てさー。……もしかして戦うのが好きとか?」
「いやいや、そんなことないよ!!」
「じゃあ何で?」
「その、まあ……うん。ちょっと……ハハッ、恥ずかしい、な」
「フフッ、何それ」
いつの間にか火神さんとの会話に笑い声が生まれ、自然と暗い話題が明るくなり始めた。
「あーあ! 異世界も悪くないって思ってたけど、これじゃなあ! まだ見てたドラマとかアニメとかあったのに」
「火神さんもアニメとか見るんだ」
「そりゃあ見るよ、結構好きなんだよね。ああ!! アニメの話なんかしてたらスッゴイ続きが気になってきちゃった!!」
「僕、結構マンガとか読んでるから、知ってるアニメだったら続きを……あ、ネタバレに、なっちゃうね」
「プッ、いやいや、いいって! そんなん気にしなくて。じゃあさ、あの作品知ってる? 馬でレースするヤツなんだけど」
「あ! それなら知ってるよ! その後は……」
いつの間にか気が楽になって、その日は良く眠れた。




