第33話
どうして俺はこんなところにいるんだ?
記憶があやふやで今何をしてるのか、今まで何をしてたのか思い出せない。
そんな奇妙な状況にもかかわらず、自分の内に何か確信的な目的でもあるのか、その歩みを決して止めることは無い。
とは言うものの、その歩みは決して力強いものでは無い。
右は左へ、廊下を曲がって、引き返して、立ち止まって、また進んで、戻って。
傍から見れば奇妙で不気味。まるで何かに取り憑かれたような動き。
しかしその男の歩みは着実にある場所を目指して進んでいた。
だが、その場所が近づくにつれ、その歩みもだんだんと鈍くなる。
今回もダメだ
その男が発した言葉か、ただの聞き違いか、あるいは……
何かの囁きか。
いずれにせよ、その男は来た道を静かに戻り始めた。
・・・
「あの野郎、こんなところで何やってんだ?」
「さあな。てか、なんか様子おかしくなかったか?」
「な、ヤバかったな……真田の野郎」
「試合に負けてから部屋から出てないって言ってたけど……こりゃ相当だな」
俺たちは城の廊下を不気味に徘徊する真田を見上げながらその理由を考察したが、当然何も思いつくはずも無かった。
「もしかしたら、最初に地下に侵入したのって……」
「なーー……くは無いのか?」
・・・
日が昇り、心地よい日差しが窓からベッドに差し込むと同時に、僕は目を覚ました。
日本にいた時とは比べ物ならないほどの目覚めの良い爽やかな朝だ。
「サトウさま朝に……またご自分で起きられたのですね」
「またって、そんな起こされてばかりじゃいられないよ」
どこか寂しそうな上目遣いで見られてる気がするが、そんなナーシャさんを他所に寝起きの体をグッと伸ばし、本格的に体を目覚めさせる。
ナーシャさんもこれ以上は仕方ないと諦め、大人しく他の作業をし始め、しばらく互いに慣れた手つきで無言で朝の準備を済ませた。
「いよいよですね」
「うん、そうだね……少し緊張するけど、正直楽しみな部分もあるよ」
そう言うとナーシャさんが僕の手を握る。
「ナッ、ナーシャさん!?」
驚きと恥ずかしさが入り混じった声を上げながら思わずナーシャさんを見る。
しかしそれは完全な逆効果で、ナーシャさんの顔を見たことにより、恥ずかしさの比重が上がりに上がってしまい、照れた表情を見せない為に顔を素早く逸らす。
「やはりサトウ様がダンジョンに向かうのは危険です……」
その先のナーシャさんが言いたいことは何となく予想がつく。
でもどう返せば彼女を納得させられるか言葉が思いつかず、顔を逸らしたまま黙ってしまう。
そうしているとナーシャさんはそのまま僕をギュッと抱き寄せる。
「!?」
さらに恥ずかしさで朝っぱらから体温を急上昇させながらも、別に嫌なわけでは無いので、そのままナーシャさんに身を任せてしまう。
「サトウ様はもう十分強くなったと私は思います。なので……」
「大丈夫だよナーシャさん」
ナーシャさんがそれを言い切る前に僕はナーシャさんの抱擁から頭だけを抜き出して、無理やり話に割って入る。
「心配しないで、期間は一週間て言ってるけど、移動と帰りで2日かかるし、中日もちゃんとあるみたいだから実際はダンジョンに篭りっぱなしって訳じゃ無いからさ! それに……」
ナーシャさんに今だ拘束される中、服の中に隠れた物をナーシャさんに出して見せる。
「コレもあるしね!」
僕が取り出したのは年季の入った銀のロザリオだ。
これは僕が真田との試合に備え、スケさんと地獄のような特訓を毎晩している最中、もはやお決まりとなった、気を失って目覚めた時にはベットの上、を繰り返す日々の中、唐突にナーシャさんから渡された物だ。
素人が見てもわかるくらい貴重な物だったので、当然受け取れないと言おうとしたが、有無を言わさない雰囲気に押し切られ、その日から半ば強制的に身につけている。
このロザリオはいわゆる魔道具という物で、魔力を流すと込められた術が発動するという優れ物だ。
どう言う理由で僕にコレをくれたのか詳しい理由を彼女は話さなかったが、僕を心配してこのロザリオを渡したのだけは分かる。
だから少し卑怯かもしれないが、彼女から貰った大切なロザリオを引き合いに出してナーシャさんを強引にこの話から引き下がらせる。
ナーシャさんは何か言いたげな表情を浮かべてから、少しするといつものキリッとした顔つきに戻り、一言「わかりました」とだけ言って名残惜しそうに僕から離れた。
少し照れながらも気を取り直して朝の準備を済ませ、朝食を食べに食堂へと向かう。
「あ、佐藤君」
向かう途中バッタリと出くわしたのが花園先輩だ。
「おはようございます、先輩」
生活リズムが合うのか、ここ最近こうしてよく一緒に食堂へ向かいそのまま一緒に食べている。
会話もお互い趣味の読書の話になってかなり盛り上がるので、一緒に居て楽しい相手でそれに……かなり可愛い。
僕なんかじゃ全然釣り合いが取れないので、必死に異性として意識しないように頑張っている。
「そういえば今日からなんだよね? その……ダンジョンに行くのって」
「はい。訓練が始まる時間に城門の前に集合して出発みたいです」
「ふーん。そっか……」
「先輩? どうかしたんですか?」
「いやっ、何でもないよ! 気にしないで、それより……!?」
急に先輩の顔色が悪くなる。
よく見ると体も若干震え、何かに怯えるように顔を下げる。
「せ、先輩? 大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫、ごめんね。変な心配かけちゃって」
花園先輩は図書館での一件以来、男性不審に陥ってしまった。
いわゆるPTSDに近いもので、近くを男性が通るとあの時の真田とのやり取りがフラッシュバックし、軽いパニック障害を、引き起こしてしまう。
「アハハ……でも、こう見えて結構慣れてきた方なんだけどね。まだちょっとだけ、少しだけ、慣れなくて……佐藤くんなら問題無いんだけどね」
先輩自身はこうして慣れの問題だと強がって、人前に顔を出してはいるが……これを先輩の強さと思えばいいのか、それともこれくらいで済んで運が良かったと……
(バカが!!)
そもそも先輩がこうなってしまった原因は僕自身だ。
今こうして先輩と会話してるのは、関係値がそれなりにあるから発作が起きないってだけで、別に先輩は僕を頼りにしている訳じゃない。
それはきっとあの時の僕は弱くて情け無くてどうしようも無い、存在だったから。
やっぱり今のままじゃ、追いつけない。
「あの、先輩」
「ん? どうしたの?」
「僕……変わります。絶対に」
「え!? き、急にどうしたの? 佐藤くん」
「絶対に……強くなります」




