第32話
夜がその深さを増し、ここ最近頻発する異界の勇者たちの騒動に頭を悩ませる騎士たちにも少しばかり疲れが見える。
城の中心に向かって伸びる長い廊下。道中の開けた先が気になる扉や、これまた先の気になる曲がり道を全て無視してひたすら真っ直ぐ進むと見えてくるのが、如何にもな下へと伸びる階段。
その先は王族や貴族、一部の階級の高い騎士のみが降りる事を許されている特別な場所。
その階段の前には当然、侵入を防ぐ騎士たちが巡回し物々しい雰囲気を漂わせ、何人の侵入も許さない……と言うより、寧ろその階段から上がって来させないような強い意志を感じる。
ゲームで言うならラストダンジョン手前のステージを彷彿とさせる厳つい光景の中、俺と司は、というか俺が司におんぶしてもらって、慎重にその廊下を進んでいた。
お互いの鼓動が聞こえるんじゃないかってくらい心臓をバクバクして、そのうち爆発すると言われても不思議じゃない。
だが、その緊張に反して拍子抜けする程すんなりと廊下を渡れている。
「……すごい。本当に見えてないみたいだ」
「……ああ、マジでスゲエな」
正直なところ、ここまで上手くいくとは思っていなかったが、それだけ、今使っている『透明化』の魔術が優れていることに他ならないのだが……
その理由はどうやら再現元となったスキルが特別な為、これほどの性能になっているみたいだ。
この魔術の再現元は、なんと転移者のスキルらしい。
あの本のやたらラ行が多い名前の著者は、その手の界隈ではかなりの有名人らしく、ジョエルもその名を知っていて、あの部屋にも何冊かその人の本が置いてあるらしい。
しかし、元々高名な魔導士で数多くの魔術を開発し、その功績は国から認められるほどの人物だったが、ある時から表舞台に現れなくなり、今ではその名と残された功績だけが知られる存在となった。
それは、今まさに俺が使っている魔術が原因だ。
この世界には遍く場所、存在、概念、全てに魔力が宿っている。
そして魔力が宿っているなら、それらから引き起こされる現象、謂わば魔法は全て魔術で文字や式に可視化し再現出来る、と中々な理論が展開されているのだが、あの本の著者はこの理論に傾き倒れるどころの話では無かったらしい。
異なる世界からやってくる転移者。その身に秘めた強大な力。スキルは全てが魔力由来の物では無いのだが、この世界で発揮される力なら魔術で再現できるはずだと妄信的に確信してしまった。
その結果がこの魔術だ。
傍から見たら成功してるように思えるが、実を言えばこの魔術は欠陥でしかない。
発揮される効果が優れていればいるほど、術式は複雑に膨れ上がり、それらを満たす魔力が物理的に足りなくなる。
術式に十分な魔力を流さないと起動することも出来ない。
さらにこの再現魔術を辛うじて起動出来ても、中途半端な結果になるだけだ。
さらにさらに付け加えると、真田の『武神』や秋山の『勇者』などはあの本に載っていなかった。
違う本に載っているか、それとも……効果が絶大過ぎて今だに術式に落とし込めないか。
まあ今は数少ない再現の内に『透明化』があった事に喜んでおくことにする。
「……見えてきた」
「……ここからは喋らず行こう。声だけは消せなかったからな」
「……オッケ」
『透明化』は声と実体以外ありとあらゆる痕跡を背景に溶け込ませる。話を聞かれたり、ぶつかったりしなければ俺たちの透明化がバレることは無い……はずだ。
と言うのも、この魔術の検証なんか一切やっていないので、今の俺たちの状態で感知系のスキルなんかに引っかからないか分からないからだ。
今のところは何人かの騎士を素通り出来ているから大丈夫だと思ってはいるが油断は出来ない。
司もそれを分かっているからか、透明で見えないが真面目な雰囲気が感じられる。
地下へ続く階段の前には、これまで横切って来た騎士とは比べ物にならない程で、ソシャゲで言うところのSSRはありそうな見た目の派手でカッコいいフルプレートの騎士が二人並んで入り口を塞いでいる。
(慎重に行けば大丈夫だ……落ち着け司……!)
おぶられている俺はただじっと通り抜けられることを祈りながら視線だけで騎士を交互に見やる。
視界から騎士が徐々に消え、ついに階段に司が足を踏み入れる。俺は安堵しながら慎重に体に溜めた空気を吐き出す。
しかし
「うお……!?」
階段に足を掛けた司が何かに驚いて僅かに声が漏れる。
心臓が跳ね上がり、頼むからバレないでくれと心で強く念じたその時、背後から何やら気配を感じる。
何かと思い振り返ろうとすると視界が急に回転し始める。
「!?」
司は俺が感じた気配をより早く感じており、素早くそれに対処した。
見えない足場を作って思いっきり駆け出してジェットコースターのようにその場から縦に一回転し、再び地下への入り口の少し前に着地する。
俺らがさっきまでいた場所には、人に扱えるのか甚だ疑問になるどデカい剣が振り抜かれていた。
「どうした?」
「いやちょっと……気のせい、か」
「少し気を張り過ぎじゃないか?」
「そうだな。すまん」
「だから気にしすぎ……」
「……」
今度は慎重に二人の騎士の間をすり抜け、司が階段に足を掛けそのまま、なんと階段を上り始める。
俺は最初、騎士たちにバレなかったことに安堵してて気づかなかったが、これは驚くのも無理もない。下りの階段に向かって進むと次の瞬間、その階段を上り始めるのだから声の一つや二つ上げてもおかしくはない。
寧ろあれだけに抑えた司を褒めてやりたいくらいだ。まあ、とにかく難所はこれで超えた筈だ。
俺たちはそのまま静かに階段を上り始めた。




