第28話
「クソッ!!」
力任せに部屋に綺麗に並べられた家具を乱暴に蹴り飛ばす。
見るからに高価な家具類。庶民では決してお目に掛かることすら出来ない物を乱雑に扱っても、それを弁償するどころか、次の日までに新しい家具が用意されるのは、彼が勇者で、その中でも特別なことを意味する。
しかし彼のここ最近の荒れ具合から本来、彼の身の回りの世話をするメイドも彼を怖がり部屋には進んで入ろうとしない。
「俺が……あんな……あんな奴に!」
再び扉の先から何かがぶつかり壊れる音が響く。
「サナダ様、どうか落ち着い……」
「うるせえ!! 話しかけんじゃねえ!!!」
扉から部屋に向かってメイドが声をかけるが帰ってくるのは怒鳴り声だけ。
部屋の主、真田が憤る理由……それはこの間行われた試合が原因だ。
試合の相手は、自分がこれまで見下し、蔑み、いたぶり、嬲ってきた弱者の佐藤だった。
この世界に突然飛ばされ、いきなり不思議な力に目覚め、誰もが凡人から非凡な者へと昇華していく中、そいつは変わらず弱者だった。
弱く、何も持たず、何も得ず、凡人と言う言葉すら烏滸がましい程の存在。
真田の中に燻っていた黒い衝動は徐々にその黒さを増していき、そして……
打ち砕かれた。
たった一度の敗北。しかし、その一回で真田の支柱はボロボロに崩れ去り、何とか建て直そうとするも、その都度あの時の敗北が脳裏に蘇り、その度に前よりもその支柱は崩れ去る。
初めて味わう感情を真田は制御出来ず、ただただ癇癪のように暴れ回る事でしかその感情に対処出来ないでいた。
あの日以降、真田は部屋を出ていない。
真田は知っている、と言うより確信しているからだ。この部屋を一歩でも外に出れば、待っているのは今まで自分が散々振り撒いてきた物が今度は自分に向かって来ることを。
今真田の頭の中の大半はあの時の敗北でいっぱいに見えるが、その実は恐怖で埋め尽くされている。
だが、今まで積み重ねてきた傲慢なプライドがその感情を否定し、真田本人が自覚する前にそれを隅へ隅へ追いやってしまう。
その代わりに真田が自覚する感情は激しく燃える怒りと、真っ黒な憎悪。
どうして自分がこんな目に。
俺は選ばれた人間……こんな思いをしていいはずが無い。
こんな惨めな……
その時、ふと自分と関わりのある人間の顔が浮かび上がる。
だがそいつらは誰も彼もが決まって、真田自身がよく知る表情を浮かべている。
見下し、嗤い、蔑む、自分が弱者に向ける表情。
「やめろ……俺に……俺を、そんな目で見るんじゃねえ!!!」
虚空を殴り、虚しく拳が突き抜ける。絶対的な破壊力もこの場においてはただの無力に過ぎない。
「クソッ……どうすれば」
どうすればこの怒りを。
「なんで俺が……」
俺がこんな思いを。
こんな目に合っていいのか? あんな思いしていいのか?
いや……間違ってる!
だったらどうすれば、どうすればこの怒りを、憎悪を払拭できる?
その時、脳裏に次々と現れる人間が、とある人物でピタッと止まる。
そいつの顔を見て真田の荒んだ心は突然、納得が行ったようにピタリと暴れるのをやめた。
「あーそうか、そうだったのか」
脳内で今思いついたことを考察していく。すると真田中でその考えの正当性がどんどん高まって行き、やがてそれが正しいと確信した。
「あいつが……」
真田の中でその自分本位な考えは正当性を持ち、辻褄が合い始め、やがてそれが一般的で正しいとすら思い始める。
「いなくなればいいのか」
その呟きは暗い部屋に溶けてなくなり、この部屋で真田以外その呟きを聞く者はいない。
しかし、暗闇の奥底でジッと身を潜め蠢く何かは確かにその願いを聞き届けた。
そして……誰にも聞こえない声で甘く囁いた。
・・・
「よし! 今日はここまで!」
時間的にはもう既に夕方だが、夕暮れと呼ぶにはまだ明るい内にマリアさんのよく通る大きな声で今日の訓練は終わった。
試合が終わり正式に『戦闘組』に加わった僕はマリアさんが教官を務めるB班に組み分けられた。マリアさんと僕が顔見知りなのもあるが、僕と真田の相性を鑑みてマリアさんが気を利かせてくれたお陰だ。
そしてもう一つの理由が『レベル』だ。
A班は既に魔物との戦闘を何度か経験しレベルアップを果たしている。なので単純に僕がA班の訓練内容について行けないという物理的な理由もある。というかその理由が大きい。
だから、一段実力を落としたB班に来たわけだが……
僕は息を切らしながらも汗を手で拭ってから一度深呼吸をし、周りに目を向ける。
周りを見渡すと同じように息を切らしている元生徒たちが見えるが、その表情にはまだ余裕が見え、そこにはまだ埋めようの無い差を感じた。
あの試合に勝って自分の実力や、やる気を証明する事は出来たと思う。が、正直言ってあの勝利は殆ど偶然だ。
確かに真田に勝ったことは偶然だとしても十分凄い事なのは分かっている。だけど……
僕はあの時確実に負けていた。
真田が力のコントロールを誤ってなければ、奴の蹴りは僕の顔面を容易く砕いていたはずだ。
その事を考えると今でも嫌な寒気が走る。
僕の顔スレスレを見えない速度で通り過ぎ、空気を切り裂いた衝撃で発生する風が顔に当たる感触を。
「フゥ……ヨシッ!」
顔をバンバン叩いて気を紛らわせ、嫌な考えを頭から追い出す。
「どうしたサトウ? 大丈夫か?」
「あっ、マリアさん。はい! この通り全然余裕です」
「……そうか。あまり、無理はするな」
「あ、ありがとうございます……」
敵わない。それと同時に照れ臭いが少しだけ嬉しくなる。
いくら声色と態度で平気を装っても、この人はその悉くをおそらく見破ってしまうのだろうと感じた。
「近い内にお前もダンジョンに行くんだ。そんな事では怪我では済まないぞ」
「すみません」
(そうだ。後もう何日もしない内に僕たちはダンジョンに行くんだ。こんなんじゃダメだ!)
その後、マリアさんに挨拶を済ませて僕は訓練場を後にし、食事を済ませてから自室で魔力操作の自主練をしてから明日に備えベッドに横になる。
僕は必ず強くなる。
毎晩その言葉、決意を固く自分の胸に刻み込み瞼を閉じる。
そして……
翌日、城に何者かが侵入したことが発覚し、その捜査や警備にマリアさんたちの騎士団が当たるらしく、ダンジョンはしばらくお預けとなった。




