第22話
見慣れた壁、見慣れた天井、見慣れた装飾に見慣れたインテリア。
どれを取っても最初に『見慣れた』が付くほどに、この部屋にある物は全て穴が開くほどに見慣れてしまった。
何度も読み返して、飽きるどころかその内容を全て覚えてしまった本に、最早手に取るのすら億劫に感じるほどの玩具やボードゲーム。
楽しさ、とは無縁の暮らし。灰色すら感じない、無色透明な人生。
僕の世界はこの一人で使うには少しだけ広く感じる部屋と、唯一外に通じるバルコニーのみだ。
気づいた時には既にこの部屋が僕の全てだった。決まった時間にやってくる使用人に話しかけても誰一人として僕と会話してくれる者はいない。
最初はそれに苛立ち、怒り、嘆き、悲しんだ。しかし……
この歳で早いのかもしれないが、今はもう自分が歩む人生について絶望だとか怒りだとか虚しさだとかそう言った感情を湧き上がらせる気力すら無くなっていた。
疲れる、ともまた違う、例えるなら何も感じない鉱物。
ただそこにあるだけの存在。
だけど、その日の夜は違った。
決まった時間に起きて、決まった時間に食べて、決まった時間に寝る。
その繰り返しの中、その日は何やら外から物音がした。
よく聞くとそれはバルコニーの方からで、何やら話しているようだった。
ドクンッ
心臓が大きく跳ねる。
僕は思わず手で胸を押さえた。緊張か恐怖か不安か期待か……久々に感情が隆起したので今感じている感情がどういった物なのか僕はそれを判別出来ないでいた。
外の声がだんだん熱を帯びているのを感じる。
僕からしたらそこから眺める景色も見慣れてしまった物の一つなのだが、カーテン越しに伝わってくる楽しげな雰囲気が徐々に僕の冷め切った冷たい心に熱を、魂が発光し始める。
僕は恐る恐るベッドから出る。
普段、余り動かないからか少しだけ足をもつれさせながらバルコニーの扉の前に辿り着く。
心臓がドキドキと生まれて初めてに音を立てるほど高鳴って、感情が湧き上がり、息がだんだん荒くなる。
この先には誰が居るのか、何を話してるのか……どんな顔で、どんな表情で……
そんな他愛も無い疑問がこの地を囲むツェレラムの滝のようにどんどん溢れ、次第に疑問は、最初になんて声を掛ければ……先ずは自己紹介から……のように変わる。
そして溢れ出す感情に合わせ飛び出すようにバルコニーの扉を開ける。
「ハァ、ハァ……ぼ、くは……」
さっきまでベッドに入っていたのと、溢れ出た感情に興奮したせいか、熱った体を心地良い風が気持ちよく冷ましていく。
しばらくその場に立ち尽くしてから、辺りを見てみるがやはり誰もいない。
「う……ぐっ…」
何故か分からないが目から涙が溢れる。
さっきまで溢れ出てた感情とは違った感情が溢れ、それが僕の喉を痛いほど締め付ける。
違う。違ったんだ。
この何もない人生で僕は、何も感じ無くなったんじゃ無くて、何も感じないようにしてただけなんだ。
涙の正体は僕でも分かる。
「寂しい……悲しいよ……一人ぼっち、は」
僕以外誰も居ないバルコニーに、僕の滲み出る心の叫びは虚しく風に流れて行く。
寂しさを乗せて。
だが。
僕が哀しさに項垂れながら涙を堪えてる時、バルコニーの端にとある物を見つけた。
「……これは……何かの道具? わ!?」
突如発光したその板には謎の文字列が突然並び始める。
そしてこの板との出会いこそ……僕の人生を大きく変える出会いとなった。
・・・
日が昇り暖かい日の光が部屋に差し込み、その暖かさが既に朝から昼に変わった事を俺たちに伝える。
しかしその陽気さとは裏腹にその部屋に居る俺たち二人は揃ってベッドに腰を下ろし項垂れている。
「ヤベェ……どうすんだよ」
「知るかよ……」
「知るかよって……司がいきなり俺を抱えて飛び降りるからだろ!!!」
「違えよ!! リュウジがさっさとシャッター押さねえからこんな事に!!!」
「なんだとテメェ! ……ハァ、こんな事してる場合じゃねえか……」
「……だな」
昨夜敢行した『お城駆け上り選手権』によって地獄のような時間を過ごしたのち、最高の景色をその目に焼き付けた。
そして……その次いでに偶々この世界に奇跡的に持ち込めたスマホで記念に写真でもと思った時その矢先、バルコニーの扉が開かれようとして仕方なくその場を後にした。
だけどその拍子に……俺の……スマホを……
明らかに一般人というか、俺らが立ち入ってはいけない場所に勝手に立ち入って、しかもあからさまに転移者がやりましたと言わんばかりに証拠をその場に置いて来てしまった。
まあ俺らの所為ってバレると決まった訳では無いし、バレたからと言ってどうなるって訳でも無い……と思うが。
「どうするリュウジ? 今日の夜にでも、もう一回行くか?」
「そう、するか……仕方ないけど、本当に」
「ビビってたもんな、リュウジ」
「うっせ!」
今日の夜、再びあの場に行くことを二人で話し合っていると突然扉が叩かれる。タイミングもあってか二人揃って心臓が跳ね上がる。
「あっ……ど、どうぞ」
声を裏返しながら辛うじて返事をすると扉が静かに開かれる。
変な緊張が部屋に漂い、思わず生唾を飲み込んで一体誰が入ってくるのかドキドキしながら待っていると、姿を現したのは執事の使用人だった。
「オガタ殿失礼いたします、ああツカサ殿もこちらにおいででしたか」
「ああどうも……えっと、ご用件は…一体」
「はい、王女様が勇者たち全員にお話があるそうなので、城までいらして欲しいそうです」
「あ……ああ! わかりました。すぐに行きます!」
返事をすると執事は一礼をして部屋を出て行った。
しばらく二人で扉を見つめていると、だんだん二人とも同じ考えが頭を過り始める。
「これ…マジでヤバいかも」
「これ…マジでヤバいかも」




