第19話
持たざる者の渾身の一撃が、力も期待も未来も……何もかもを得た者に直撃する。
絞り出した魔力で覆われた拳は歪んだ表情を浮かべるガラ空きの顔面に突き刺さり、その衝撃で胴体ごと宙を舞い地に落ちる。
そして真田の指に嵌められた指輪が音を立てて砕け散り、静寂に染まった訓練場全体に木霊する。
「ハァ、ハァ……っ」
僕はグッと力強く拳を空に突き上げた。
すると信じられない物でも見るかのように驚いた表情のマリアさんが近づいて、僕の勝利を宣言した。
「見事だサトウ!!」
「うわっ、ぷ……マリアさん、苦しい……です」
「ああっと、すまない。つい興奮してな」
「ハハハ……でも、ありがとうございます」
真田の指輪が砕けた少し後に僕の指輪も効果を使い果たして砕け散り両者の体の傷は完全に無かったかのように癒えてるとは言え、消費した魔力や精神的な疲労までは直らないので、力を使い果たして立っているのもやっとの状態でマリアさんの激しい抱擁はあと少しで致命傷になるところだったが、まあ悪い気はしない。
それよりも初めて努力が報われた瞬間をこれでもかと噛み締める。何とも言えない高揚感が溢れ、正直走り回って、声を上げて、喜びを全身で味わいたいが、これ以上動けそうにない。
チラッと観客席を見るといつの間にかナーシャさんが隅の方に座っている。
(部屋に戻ったら彼女にお礼を言わなきゃ、それにスケさんにも…… ここには来てないけど花園先輩にもお礼を……ハハ、僕って色んな人に助けられてて、まだまだだなぁ)
そして客席を見回すと小春を見つける。
まだまだこんな事では小春に追いつけない。今日の出来事は僕にとって大きな一歩だ。しかし、ほんの一歩目に過ぎない。これからさらに力を付けて、彼女の隣に立てるくらい、強く……
「ふっざけんじゃねえぞ!!!」
見るとそこにはフラフラになりながらも立ち上がり僕に今にも飛び掛かる勢いで睨みつける真田が息を切らしながら怒鳴り散らす。
「そいつが勝つなんてどう考えてもおかしいだろ! さっきだってたまたま、俺の攻撃が外れただけだ! 当たってたらこの俺が勝ってた! 違うか!! ……この、俺が……こんな雑魚に」
「サナダ、貴様が何と言おうと負けは負けだ。それに普段の訓練から言ってきただろう。スキルに頼る前にまず自分の実力を底上げしろと。お前たちはスキルが強力な分、そういった節が見られる。これからはもっと訓練に勤しむよう……」
マリアさんが普段の説教も兼ねるように真田を諭し始めるが、当の本人の耳には全くと言っていいほど入っていない。
それどころかこちらからは聞き取れないような小声でブツブツと何か呟いている。
「……俺は……お、俺、こんな……クソがぁ!!」
今まで蓄積された怒りが解放され、傷付けられたプライドを少しでも取り戻そうとしてか激高しながら僕に飛び掛かってきた。
「な!?」
すぐさま剣を構え防御姿勢を取るも真田から迸る魔力が、そんな事なんの意味も無い事を雄弁と物語っていた。
どうにかしてマリアさんに被害が及ばないよう前に出て真田を迎え撃とうとする。
しかしそんな僕の心配は杞憂に終わった。
真田の迫りくる拳は僕に当たる寸前で制止し、それ以上も以下も動かすことが出来ないでいた。
「サナダ、もう勝負はついたこれ以上暴れるなら……」
「うっせぇ! 黙ってろ!! 俺がこいつに負けるなんて、有り得ねえんだっ!?」
いくら言っても暴れる事を止めない真田にしびれを切らし、なんだか見覚えのある膝蹴りが真田の腹に直撃する。
反応する暇も無く繰り出された膝蹴りに為す術無く意識を持って行かれ、ようやくこの場が静かになった。
「ふぅ、困ったものだ。しかしサトウ、お前の戦いは実に見事だった。その調子で励むと良い」
「あ、ありがとう、ございます」
「フッ、こんな事で呆けているようではまだまだだぞ」
「あ! は、はい!」
マリアさんはそう言って僕の成長と努力を素直に褒めてくれる。だがそれも束の間、すぐに表情が曇り始める。
「……サトウ、本当に訓練に参加するのか?」
「え……?」
「確かにお前の成長は目を見張るものがある。こうして真田に勝ったのが何よりの証拠だ、しかし……その……なんだ」
マリアさんが言わんとすることは大体想像がつく。僕を心配しての事だ、別に嫌だとかそんなことは思わない。
だけど、この世界で生きてきたマリアさんにとってスキルの有無というのはそれだけ重要な要素なのだろう。
少し気になり城の図書館でスキルについての文献をいくつか読んでみたが、僕のようにスキルを発現させられなかった転移者、というかスキルを持っていない存在という記述はどこにも無かった。
この世界では誰しもスキルというものを所有し当然のように行使できる。
そんな当たり前から完全に引き剝がされた僕が、みんなと混じって訓練に参加したいなんて、マリアさんからしてみれば心配とかそういうレベルの話では済まないのだろう。
だけど僕も、ここで引き下がる訳にはいかない。
「マリアさん」
「な!?、何だ?」
僕は姿勢を正しマリアさんを真っすぐ見つめ、そして深く頭を下げる。
「お願いします……!」
「っ!? ……フッ、分かった。私の方でお前が参加できるよう取り計らおう」
「あ、ありがとうございます!」
「よせよせ、そんな頭を下げるな。今日の所……いや明日も体を十分休ませろ。明後日の開始の鐘が鳴ったらここに来い、分かったな」
「はい!」
一歩ずつ。一歩ずつ、ゆっくりでも、転んでも、道に迷っても……確実に踏みしめて、僕は初めて歩み出した。




