第16話
僕に斬り傷を負わされた真田の顔は見る見るうちに怒りに染まり、やがて憎悪に染まった顔をこちらに向ける。
「テメェ……掠り傷程度で調子に乗ってんじゃねえぞ!」
そう言って激高した真田が再び僕に向かって、最早試合のレベルを超えた殺意を滲ませながら飛び掛かる勢いで近づいてくる。
その気迫に少しだけ怯んでしまうが、何とか正気を保ちつつ真田を迎え撃つ。
一歩二歩と下がりながら真田の繰り出してくる必殺の連撃を強化した剣で受け流す。
ガキンガキンと一撃一撃から火花が散り、一発でも体のどこかに受ければ致命傷となり、すぐさま身代わりの護符が起動して試合に負けてしまうと確かに思わせるほどの威力だ。
だけど今僕は何とかその攻撃をいなし続けている。
この光景を見た者全員が驚愕以上の感情を露わにしていること間違いないだろう。だけど、この光景に一番驚いているのは他でもないこの僕なんだけど。
・・・
ぶっ飛ばされたその日の夜に同じ時間に訓練場に向かうと、やはりと言うか、少しした後にスケさんがやって来た。
ただ昨日と違うのは背中に何やら大きな袋を背負っていた事だ。
ずっしりと見てるだけでその重量が目に浮かぶ程だがスケさんはものともせずに袋を片手で背負い僕の前にやって来て目の前に袋をドサッと置く。
ガシャンというガラス同士がぶつかるような音がして気になり中を覗くと液体が入った容器で埋め尽くされていた。
「これは……ポーション?」
どうしてこんなに? と気になったがスケさんが答えるわけ無いので口には出さなかった。
袋を置いたスケさんは訓練場の真ん中あたりに何事も無いように歩いて行きそのまま構えを取る。
「え、えっとスケさん、考えたんだけど。模擬戦はまだちょっと僕には……」
僕でもかなり腑抜けたことを言ってるのは理解してるが、昨日の出来事は覚悟を決めた僕にそうさせるほどの衝撃だった。
しかしスケさんはそんな僕の言葉を無視して、というか僕の戯言を合図だとでも思ったのか、昨日とは違ってこちらに向かって襲い掛かってくる。
スケさんと僕の間には十分な距離が在った筈だがいつの間にかスケさんは僕との距離を一瞬で詰めていて気づけば目の前にはスケさんの蹴りが既に迫り、そのまま為す術無く僕の横を通り抜けながら顔面を打ち抜いた。
声を出す暇すらない。一瞬で意識を刈り取られ、正直死んだと思った。しかし、目が覚めると僕は何事も無く地面に倒れたままだった。
「はっ!? え、ここって……」
すぐさま体を起こし辺りを見回す。まだ訓練場内だ。すると僕の頭が何やら濡れてるのに気づく。
「これ、は」
視界の端にスケさんが映り、思わずそちらに視線を動かすとスケさんの足元の袋の傍に空になった瓶が転がっていた。
そのことを理解するのに時間がかかったが、要するに僕はスケさんに治療されたみたいだ。顔のどこを触っても違和感は無い。普通のままだ。
「あ、ありがとう。治してくれて……いや何でお礼言ってるんだ?」
するとスケさんがゆっくりとこちらに近づき僕に何かを手渡してくる。スケさんに顔面を蹴られた衝撃で手放してしまった剣だ。
それを受け取ると剣を握る僕の手をスケさんががっしりと握ってくる。今度は剣を放すな、と言わんばかりに。そして最初と同じ位置まで戻り再び構えを取る。
僕も生唾を飲み込みつつ慌てて構えを取った。
さっきと違って喋る余裕など一切無い。怖い、正直なところ。
いくら体完全に元通りだと言っても体を突き抜けた衝撃の記憶が無くなる事は無い。幸いなことに意識を一瞬で失っているため痛みはそれほど感じてはいないが(まあ感じる暇なく意識を失っているんだけど)二度意識を失ったという事実が徐々に恐怖に変換されていく。
昨日は意気揚々と飛び掛かって敢え無く撃沈。今日は開始早々頭をぶち抜かれ同じく撃沈。動いても止まっていても待っているのは地獄だと理解しているが、僕はその場から一歩も動けなかった。
だけど代わりにスケさんの一挙手一投足見逃すまいと意識を集中させ睨みつけるようにスケさんを見据えた。
数秒の時間が経つ。開始の合図をしてないから動かないんじゃ、なんて考えすらこの時は忘れジッとスケさんを観察する。
するとスケさんの足が一瞬だけ動いた気がした。
そしてそのことを脳が理解すると同時に既にスケさんは最初と同じように一回の跳躍で間合いを詰め、通り抜けざまに僕の顔面に蹴りを放っていた。
僕の頭はまだそのことを理解していない。スケさんの足が少しだけ動いたな~と呑気に処理している始末だ。
だから、どうして? と聞かれても僕にも答えようが無い。
あまりに集中し過ぎたせいでの反射による物なのか、これまでの経験と生物的な本能による物なのかどちらかは分からない。
僕はスケさんの蹴りを躱していた。
時間がゆっくりと流れているような錯覚に陥る。視界がどんどん斜めになり、顔の横をスケさんの振り抜いた足が通過していき、僕はそれを見送った。
そして時間が元のスピードに戻ると同時に僕は地面に倒れ込んだ。
「ハ、ハハ……やった、躱せた……躱せた! スケさんやったよ!」
初めて努力が報われた瞬間だった。
意識をそのことだけに集中させ本来の自分ではあり得ない事を成し遂げた。その事実が、自信が自分に覆い被さっていた恐怖や不安と言った負の感情を取り払った。
あまりの嬉しさに心躍り、この嬉しさを誰かと分かち合いたいと思い、模擬戦をしていたスケさんに声を掛けるために振り返った。
ペキョッ
僕が最後に目にした光景は……『膝』。そして最後に耳にしたのはそんな音だった。
こうして僕はその日の夜再び気を失いそして……地獄の日々が始まった。




