第12話
勇気を出すって事の一歩目を踏み出すのは、かなり、いや……相当難しい。たった一歩足を前に出すのがこんなに難しくて、怖いなんてその時にならないと一生分からないだろうな。
だけど。
その一歩を踏み出したなら……後は進むだけだ。
・・・
「あ? なんか言った?」
見上げた先で真田がこちらを文字通り見下す。欠片も僕に対する慈悲とか容赦が一切感じられない。それどころか僕に対してこいつは何一つ感情を持ち合わせてない。
道端の石ころと同じだ。目の前に転がってたら蹴とばして、退かして、それに対して何も思わない。
今まではそうだった。けど。
「その手を……放せ!」
真田もまさかって表情を浮かべて一瞬固まっていたが、すぐに僕を馬鹿にするように笑い始める。
「フッ…アッハハ……あーあ。ウゼェんだよ!」
真田は踏みつける足を退かすと同時に僕の腹を強めに蹴りつける。
「ウグッ!…ッウゥ……」
まあ勇気を振り絞ったところで何かが変わる訳では無いんだけど。僕は……僕は!
「そこまでだ!!!」
図書館全体に若い男の声が響き渡る。霞む視界に僅かに映った真田の顔は明らかに面倒そうな表情を浮かべていた。
こちらに複数の足音が近づいてくる。どうやら声の主以外にも複数この場に来ていたみたいだ。
「何してるんだ真田!」
「うっせぇな、大袈裟なんだよテメェは」
薄ら笑いを浮かべ全く悪びれる素振りの無い真田に男はさらに詰め寄った。
「いい加減手を離せ!」
「わーったよ、ハイハイそんな怒んなって」
男は真田を押し退け怯える花園先輩にそっと手を差し伸べ笑顔で優しく声を掛ける。
「大丈夫ですか? さ、こちらへ」
(えぇー)
足元に無様に転がる僕は見向きもされずに転がり続けていたが、後から駆け寄ってきた意外な人物に僕はようやく介抱された。
「佐藤君、大丈夫!?」
薄れる意識の中その人の名を呼んだ。
「うっ……小、春?」
「ッ!? ……と、とにかく今すぐ治療を」
小春はすぐに僕の傍に駆け寄り手をかざす。するとジワーッと心地よい温かさが腹部全体を覆う。さっきまで荒く吐いていた息が段々落ち着いてくる。
痛みもいつの間にか引いていて逆に力が抜けそうだ。
「あ、ありがと……その、えーっと」
「今はいいから、大丈夫? 立てる?」
「う、うん」
小春に手を貸してもらって僕は何とか立ち上がる。少しふらつくがなんとか大丈夫そうだ。だけど僕を治療してくれた小春はまだ心配そうに僕を見つめる。
「真田君! あなたは」
「一々怒んなよ、可愛い顔が台無しだぜ」
「ふざけないで!!」
「悪かったよ、まだスキルの扱いに慣れて無ぇんだよ。てか、いいじゃねえかよ、直ったんだから」
「いい加減に……」
「てかさー」
真田は小春の話を遮り僕の方を見ながら話を続ける。
「こいつはよー、俺たちの訓練に参加、というかダンジョンに付いて行きたいって言ってるんだぜ?」
真田の僕を見る目がだんだんと馬鹿にしたものに変わっていく。
「だったらこれくらいのダメージでヒイヒイ言わない方がいいと思うけどなぁ、え? 遊びじゃ無ぇんだよ」
真田の浮かべた笑みの中に確かな敵意を感じる。鋭く、獰猛で、威圧的な物が。
「勝手に引っ付いてきて、怪我して、それで……今井、お前が付きっきりでお守りをするのか? 他の奴が怪我したら? お前のスキルは魔力が無きゃ発動しない。その、お荷物が! 怪我するたびに治してちゃ、いざって時に誰が治すんだ?」
「それは……」
僕にとっても耳が痛い話だ。ハッキリ言ってやること成すこと、口から出るもの何もかもがいけ好かない性格の悪い奴だが、この場面だけで言えば……正しい。
自分の力を見誤ったつもりは無い。だけど実践は僕が思ってるよりも予想外の出来事が起きても不思議じゃない。
何も言い返せない。自分が悔しい。
「それとこれとは話が別だ、真田。自分が何をしたのか分かってるのか?」
「だから悪かったって言ってんだろ、秋山」
「チッ……キミもキミだぞ、力の無い者に周りをウロチョロされると迷惑する者もいるんだ」
真田に秋山と呼ばれた男子生徒は自分が言っても態度を改めない真田に変わって僕を叱責し始めた。
「聞いたところスキルを授かれなかったようだね、確かに気の毒だけど、キミを軽んじている訳では無いのだから大人しく慎んだらどうかな?」
秋山の強い口調から、真田とは別の意味で話が通じ無さそうなのを感じる。自分の中で完結してそれを他者が何と言おうと崩れる事は無い、そんな印象だ。
「秋山の言うとおりだな、雑魚は引っ込んでろってこった」
「おい」
「ヘイヘイ」
「行こう、小春」
「う、うん」
去り際に横目に僕を除く小春の表情は心配や不安という感情で埋め尽くされていた。その顔を見た瞬間、僕は小春にとって守る対象であり、決して対等では無い存在だと悟った。
分かってはいた。学校でもそうだった。その時の自分は何の努力もしない、ただの……空っぽな存在だった。
だけど今は。
「だったら……勝負しよう」
僕の意外というか理外というかの発言に三者が足を止め振り返る。
「僕が君たち二人のどっちかに勝てば、小春を煩わせる心配は無いと認めて、僕をダンジョンに同行するのを許可しろ」
「佐藤君待ってそんなこ……」
「オイオイオイ、何を言い出すかと思えばよう……プッ、クックク……ちょ、腹痛いって」
「キミねぇ、こっちは時間を無駄にしてる暇は無いんだ」
腹を抱えて笑う真田とは対照的に秋山はかなり呆れた様子だ。もう結果は分かりきってるんだからと言わんばかりだ。
「怖いのか?」
僕の一声に反応したのは真田だ。
「は! 俺に怯えて、ついでにぶっ飛ばされたゴミのくせに偉そうに。だったら今ここで」
「わかった!」
秋山が真田を手で制して話を遮る。
「その話受けよう。本人もやりたがってるから、ここは真田対佐藤……君だっけ? の勝負といこう。それで恨みっこ無しだ。いいね?」
僕は無言で頷いた。それを見た秋山は二人を連れ図書館の外に向かう。
「勝負は一週間後! 別に逃げてくれても構わない!」
僕は黙って彼らの背中を見つめていた。
・・・
図書館から早々に退散していた俺はその光景を眺めて思わず笑みを浮かべた。
「これは……かなり面白い事になりそうだ」




