第11話
「ええ! 私もすっごいわかるそれ!」
「ですよね! 僕も最初、なんか名前が頭に残るな~って思ってたんですよ」
半ば強引に机に着かされた後、なんと花園先輩と思いのほか話が盛り上がり、そしてそのまま意気投合した今。僕はこうして二人がたまたま狙った本を一緒に読んで大盛り上がりしてるところだ。
先輩とシェアして読んでいるのは『魔の可能性』という本で内容もかなり興味深い。
だが二人して盛り上がってるのはこの本の著者の名がリリス・クラリスという、まあ何ともラ行の多い名前とやたらテンポのいい響きの名前についてだった。
「でも、こういうお堅い題材の本でも、著者が変わるだけで全然違うわよね。これもそうだけど、リリス先生が書いた本は他とは何かが違うのよね。名前を覚えやすいのもそういう事なんじゃないかしら?」
「確かに……鋭いですね先輩!」
「ていうか急に敬語だね、後輩君」
「え!? あ、いや……す、すみません!」
こちらを覗き込みながら怪しく笑って揶揄ってくる。その幼く見える外見からは想像できない妖艶な笑みに思わずドキッとしつつ焦って謝る。
「どうしよっかなぁ~、何か美味しい物でも奢ってもらおっかなあ」
「そ、それくらいでしたら」
「アハハ、ウソウソ冗談! 本気にしないでよ」
顔を見合わせ相手は満面の笑みで僕は少しだけ照れるような笑みを浮かべ話していると、少し離れた隣のテーブルに座る男子二人からわざとらしい咳払いが飛んでくる。
「あ! す、すみません…… ちょっと五月蠅くし過ぎましたね」
「思いのほか盛り上がったからね」
「そうです……ね!?」
小声で話すために少し前屈みになると同じく顔を近づけていた先輩と意図せず急接近してしまい顔を赤らめてしまう。
「フフッ、照れ過ぎだって」
「アハハ……」
「チッ」
何とか笑って誤魔化してその場をやり過ごすと、どこからか舌打ちが聞こえた気がした。
・・・
「クッソ~、あれが主人公力ってやつか」
「妬むなよ」
「はぁ? 別に妬んでねぇし」
もう見るに堪えないって感じの視線が司から飛んでくる。
その視線からそっぽを向きつつも鋼の意志でその視線に耐えるも数秒で瓦解してしまう。
「ハァ〜、俺が悪かったって。それやめてくれ」
司はそれを聞いてイタズラっぽい笑みを浮かべる。
(なんで向こう可愛い女の子でこっちは……ハァ)
「テメェ、今何考えてた」
向こうとこっちのあまりの落差に少しだけ表情に出てしまったらしい。それを司が鋭く指摘してくる。
「ア、アハハ……」
俺はそれを笑ってなんとか誤魔化す。
「何笑ってんだ? テメェ」
……誤魔化せなかった。
「いや! 本当に何も思ってねぇよ。ていうかお前、看破系のスキルなんて無えだろ! 言い掛かりもいい加減に……」
その時、図書館の入り口の方から気配……というか聞き覚えのある話し声に気づく。
「おい、誤魔化しは俺には……」
「もう出ようぜ」
「は? ……あ〜」
俺はまだ事態が飲み込めない司に入り口の方を見るように目線と頭を振って促す。
司は促されるままにそっちを見ると納得したように声を上げ俺に続いて席を立つ。
・・・
先輩と一緒に読んでいる本について語り合っていると、いつの間にか再びボリュームの上がっている自分の声に気づく。
「しまった」と思い、申し訳ない感じで隣のテーブルを覗くと先程まで席にいた二人組の男子は居なくなっていた。
やっぱり自分たちの声が五月蝿すぎて席を離れてしまったと思い、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「どうしたの?」
「いや、何でもないです」
「そう? じゃあ続きを読みましょ」
「そうですね」
今度見かけたら謝ろうと心に決め、気を取り直して本に意識を向ける。
しかし、そんな気を押し除けるような無粋な足音がズカズカとこちらに近づいて来て僕に声を掛けてくる。
「あれ〜、佐藤くんじゃーん。こんな所で何してんだよぉ」
「さ、真田……くん」
声を掛けてきたのは真田くんだった。振り返って目が合った瞬間、この後の事を想像してしまう。学校で散々僕にしてきた仕打ち。
異世界に転移してから誰も居ない時間に訓練所を使ったり、頻繁に人が来ない図書館を積極的に使っていたのは、目的や興味もあるが自分がこういう事態にならない為でもあった。
突然の出来事に体が強張る。喉もすごく乾く。一刻も早くこの場から離れたい。だけど足が動かない。
「えーっとごめんね。真田君、だっけ? 佐藤君とは先約があるから後にして欲しいんだけど?」
僕と真田くんのやり取り、というか僕のあまりの怯えように助け舟を出してくれた。
誰かに助けてもらわないと何も出来ない自分に内心で嫌気がさす。本当ならここで言い返さなきゃいけないのは自分なのに、と無様な自分を叱咤して真田の方を見るが今まで植え付けられてきたトラウマが僕の心を挫く。
真田くんは先輩の意見は最初から眼中に無かったみたいで特に返事をすることなく僕に向かって強めの口調で捲し立てる。
「え~、何? お前はこんな可愛い子とずっとお喋りしてた訳だ。俺たちみたいなスキルを授かった人間は苦しい訓練を汗水垂らしてやってる最中、スキルも、何も無い、お前は楽しくお喋りか! いいご身分だなあ、え? どうなん? やってられねえよな? そうだろ」
ガッと僕の肩を組んで顔を背ける僕に笑いながら話し続ける。
「え? おい黙ってねえで、なんか言ったらどうだ?」
そう言い終わると空いてる方の拳で僕の脇腹を殴りつける。
僕から見ても軽く小突く程度のように見えたが、当たった瞬間内臓が押し潰されるような感覚が襲い、あまりの苦しさに机に突っ伏して起き上がれなくなる。
「がっ……かはっ……!」
「ちょっと! あんた何やってんの!」
「事故だよ、事~故。大袈裟だな一々。まだスキルの扱いに慣れて無いんだよ。コイツと違って訓練中なんでね」
これっぽっちも悪びれることなくヘラヘラと笑う真田。彼の態度から明らかにわざとやっているのは明白だった。
「てかさー、お前さっきからうるせぇんだけど。コイツの妹かなんか?」
「違うわよ、私は三年の花園よ! こんなの見過ごせるわけないでしょ!」
「あっそ。だったらどうすんすか? せ・ん・ぱ・い」
「この事は全部、教官に報告するわ! 少しは頭を冷やしなさい!」
そう言って僕に声を掛けようとすると、すかさず真田くんが先輩の腕を掴む。先輩と真田くんの位置関係や身長差もあって掴まれた腕の位置が高い場所にあり先輩は身動き出来なくなる。
「ちょっと! 何すんのよ!」
「イヤイヤ、先輩が脅してくるからでしょ~、勘弁してくださいよぉ」
「あんたねぇいい加減に……」
「あ、だったらコイツ痛めつけようかな~」
「は? ちょっと何言って……」
その瞬間、真田くんは僕の服の襟を掴んで床に投げつけ、地面に倒れる僕をさらに踏みつける。
「ぐはっ!」
あまりの出来事に先輩も涙目になってしまい声も出ない、それを見た真田くんは薄ら笑いを浮かべる。
「で? 許してくれますか?」
それを見て先輩は黙って頷く。もうやめてくれと無言で叫ぶ。
「じゃあさ、先輩には誠意を見して欲しいな」
「……え」
真田くんはそれ以上何も言わなかった、だが先輩は何を言おうとしてるのか理解して顔を歪める。必死に真田くんの手から逃れようと力を入れても意味が無い。
だが、先輩は僕に助けを求めるような事はしなかった。
誰でもいい助けてくれ、と思うなら近くに居る誰かにそういう事を期待してもおかしくは無い。だけど今の僕はそんな窮地に陥る先輩にすら無意識に除外されてしまっている。
変わらなきゃ、進まなきゃ。
僕は……僕は……!
確かに僕は何も無い、何一つ、これっぽっちも。だったら。
「や、やめろ……よ。先輩から、手を……放せ!」
「あ?」
勇気を出して歩き始めるんだ。




