第4話 傷痍軍人
「お疲れ様でした、アミーリアお嬢様。バルドリッジ先生はお元気でしたか」
アミーリアの革手袋の手を取って蒸気自動車の座席に引き上げたキャロルは、いつものように淡々と尋ねた。
「ええ、そうね……」
歯切れの悪いアミーリアの様子を訝しんだのか、キャロルはエンジンをかけずにしばしアミーリアをじっと見つめた。居心地が悪くなったアミーリアは、さっさと打ち明けてしまうことにした。
バルドリッジとのやりとりを説明されたキャロルは、微かに表情を翳らせた。
「それは……」
「でも、こういう決断の責任は経営者が負うものよね」
アミーリアは嘆息した。技術者であり従業員であるキャロルに、殺人に加担するかどうかの道を選ぶ責任を負わせたくなかった。
「お困りなら、いつでも相談に乗りますよ。私に何かお力になれることはありますか」
「ありがとう。……今は良いわ。まずは明日のことを考えなくては」
軍医から新たに一名の傷痍軍人の紹介状が届いている。明日からまた患者の診察をして、義肢の設計に取り組まねばならない。
「よろしいのですか」
「ええ。さあ、車を出して頂戴。明日からまた忙しくなるわよ」
「分かりました」
キャロルがアクセルを踏む。グランヴィルの屋敷の方面へと、ハンドルを切る。
アミーリアは大人しく助手席に座りながら、バルドリッジの言葉を反芻する。果たして、より多くの人を笑顔にできるのは、アミーリアとバルドリッジのどちらなのだろうか。
ルンベリーの夜空は相変わらず排煙と霧に巻かれて、星も見えない。
翌朝、日が昇って空は幾らか晴れていた。再びキャロルの運転で工房に出勤したアミーリアは、簡素な綿のドレスの上に白衣を纏って診察室に入った。
一人だけ雇っている看護師からの合図を受け、白衣の裾を整えて待合室に声をかける。
「トンプソンさん。どうぞお入り下さい」
「……お、お邪魔します」
比較的筋肉の付いた赤毛の青年が、松葉杖で診察室に入ってきた。そばかすの浮いた若々しい顔は、物憂げに沈んでいる。珍しい反応ではないので、アミーリアはいつも通り患者に椅子を勧めた。軍医からの診断書を見つつ話を始める。
「ティモシー・トンプソンさん。手榴弾により左足の大腿部中ほどから下を欠損。当工房では左足の義足を作成します。戦場への復帰をお望みとのことで、充分な強度のある設計のものをお作りしてよろしいですか?」
「あー……」
アミーリアが診断書を巻尺に持ち替えつつ目線を上げると、彼は気まずそうな顔をしていた。
「その、生活用に切り替えることって、できるんですか」
「できますが、お気持ちが変わりましたか?」
「いや、あの」
トンプソンは恥ずかしそうに身を引き、体の均衡を崩して肘掛けにぶつかった。
「ああ、お気を付けて」
「すみません」
「何かご事情がおありなんですか? 戦場は恐ろしいところだと聞きます」
「ええっと」
「私は……」
アミーリアは一旦、書類で雑然とした机の上に、巻尺をコトンと置いた。
「患者様の幸せを第一に考えております。まずはお話ししませんか。少しでもトンプソンさんに良い選択をして頂くために」
「……」
アミーリアは仕事用の顔つきを崩し、ちらっと笑いかけてみせた。
「男性の方はお気の毒ですわね。名誉だの何だのに縛られて」
ここは賭けに出ようと思った。怒られたら怒られたで構わない。トンプソンの本当の望みが分かるならそれで良い。
「皆様、周囲からの圧力に押されて、危険な場所に向かうことを余儀なくされていらっしゃる。この上なく窮屈そうですわね。女である私には理解不能ですわ。死ぬのがお嫌ならば別の道を選べば良いことですのに」
「……そう、ですよね」
トンプソンも照れ臭そうに笑った。賭けには勝ったらしい、とアミーリアは内心ほっとしながら、白衣の膝に手を置き、微笑んで先を促した。トンプソンはつっかえながらも、言葉を紡いだ。
「僕、こう見えて総合格闘技の選手だったんです。体格は大したことないですけど、技術的には器用な方だったので……。でもプロの世界は厳しくて、負け続きで稼ぎもなくて。周りに言われて、仕方なく軍に入ったんです。今後、軍に戻ることになっているのも、上官に命令されたからで」
「なるほど」
「グランヴィル先生の仰る通り、戦場は怖いところです。敵の攻撃が怖くて塹壕に蹲っていたら、手榴弾を投げ込まれました。僕は……」
トンプソンの手が、膝をなくしてぺたんと垂れ下がっているズボンを撫でた。
「戦うならリングの上が良かった。力とは人を傷つけるためでなく楽しませるためにあるのだと、ずっと思ってきました。僕が大柄な相手をやっつけた時、会場がワッと盛り上がるんです。そういう時、僕は戦ってきて良かったと思う……」
「……」
そうか、とアミーリアは顔つきが暗くなるのを押し隠そうと、軽く唇を噛んだ。義足を手に入れても入れなくても、足を無くした時点で、この人は総合格闘技の世界には二度と戻れないのだ。
「戦場で人を殺したところで、良かったなんてちっとも思えません。でも、僕の判断で勝手に軍を辞めたら、周りから何と言われるか。戦場も怖いですが、臆病者と罵られるのも怖い。元来、僕は気が弱いんです。強気になれるのはリング上だけ……。今も正直、どうしたらいいのか」
アミーリアは束の間俯いた。
軍事用義肢を作ることは、戦闘不能に陥った傷痍軍人を道具のように、消耗品のように戦場に送り返すことだ。死ぬまで殺し合いをさせることだ。
それでも本人が望むならと、アミーリアは軍事用義肢を提供してきた。本人の選択ならば本人に責任があることだと。
だが男というのは想像よりも弱い存在だ。虚勢を張ることでしか生きられない存在だ。アミーリアの前で強がらずに弱音を吐けるトンプソンの方が余程強いと思えてしまうほどに。
アミーリアが軍事用義肢を与えることは、望まぬ者をも戦場に引き戻す決定打になっているのかも知れない。義肢があったら、戻らないための言い訳が立たなくなる。
「結論を急ぐ必要はありません」
アミーリアは励ますように優しい口調で声をかけた。
「今日はとりあえず、採寸だけしましょうか。体の大きさと重さに合わせて大まかな設計のみ進めます。軍事用にするかどうかは、次回来院時にまた相談しましょう」
「……すみません」
縮こまるトンプソンに、アミーリアはゆっくりと首を横に振る。
「私はトンプソンさんがどちらを選ばれても応援します。そう気を張らずに、今は静養なさることです」
「ありがとうございます」
「では、足の長さから測ります。ズボンをお脱ぎになって」
「え……ああ……」
「難しいようでしたら、私が脱がしますが?」
「け、結構です」
トンプソンは幾分狼狽した様子で、革のベルトに手を掛けた。




