第3話 軍事技術
アミーリアはびくっと大きく足を後退させた。グラスの中の白ワインがこぼれそうなほど揺れる。他の参加者もすっかり驚愕していた。
パニックに陥る会場を、下町訛りの強い、しかしよく通る声が制した。
「ご安心を。こいつは空砲っす」
チャンドラ青年本人が、皆を落ち着けるために放った言葉だった。彼の顔は仮面を被ったように無表情で、落ち着き払っていた。しかし却ってアミーリアの動揺は深まった。
空砲。やはりあの義手の指は銃身だったのか。義手の一部を武器に改造した。これがバルドリッジが見せたかったもの。
周囲はまだ混乱してどよどよと騒いでいる。高揚して拍手や声援を送る者もいる。
アミーリアは黙って、チャンドラの義手にのみ注目していた。
どうやって撃った? 動力源は? どうやって小型化を実現した? 衝撃をどう緩和する? 強度はどう確保している? 熱伝導による火傷をどう防ぐ?
いや、そんなことより──人を助けるはずの義手が、人を殺す道具になっている!
「如何でしょうか」
発明品の攻撃性とお披露目の激烈さに反して、バルドリッジの声はあくまで穏やかだった。アミーリアはハッとして、バルドリッジの声を聞き逃すまいとした。
「義肢が、皮膚から発せられる微細な電気信号を利用することで、己の手足のように動かせる仕組みになっているのは皆様ご存知の通りですが、この義肢銃を使えば、武器そのものを手足のように扱うことができます」
チャンドラが軍服の上着を脱ぎ、肘から下の義手部分を皆によく見えるよう掲げた。ランプの灯りで銃口がぎらりと鋭く光った。アミーリアは唾を飲み込んだ。
バルドリッジはチャンドラの腕と義手とを交互に指しながら説明を続ける。
「健常者であれば引き金を引くのに脳からの信号を手に伝えて実際に指を動かす過程が必要ですが、義手銃では信号がそのままトリガーになります。一瞬の判断が生死を分ける戦場において、より速く発砲できるのは兵士にとって強みです」
そうだ、兵士のためだ、とアミーリアは己に言い聞かせようとした。
バルドリッジ先生は、可哀想なアンソランドの兵士たちが少しでも生き延びられるように、尽力なさっているだけだ。軽々に批判すべきではない。
あの先生が、進んで殺人に加担するはずがない。アミーリアの恩人であるバルドリッジ先生が!
そんなアミーリアの心中を見透かしたかのように、バルドリッジは論調を変えた。
「義手を武器化することに批判の声もあることでしょう。しかしこの発明はこれまでの技術の積み重ねの延長にすぎません。最先端の義手には既に、護身のための攻撃性能を備えたものが存在します」
アミーリアは完全に固まってしまった。
つい先日、アミーリア自身が、義手を利用して人を殴ったばかりではないか。身を守るために人を攻撃した。自分の設計した道具で。
ほんの少ししか変わらない。戦場で人に殺される前に人を殺す理屈と。
バルドリッジはこの後、義手銃の技術について多くは語らなかった。軍事機密になるため他言できないそうだ。代わりに自身の研究への協力者を募る言葉を述べて、壇上から降りた。
アミーリアはまだ動けずにいた。しばらくしてバルドリッジが再び歩み寄ってきた時、ようやく我に返った。
「どうだったかな、グランヴィル嬢。私の発明品は」
「ええ、その」
アミーリアは目を伏せ、左手でドレスの埃を払う振りをした。招待客たちはぽつぽつと帰り始めていて、机などの片付けも始まっていた。カチャカチャと皿が静かにぶつかり合う音がする。
「……驚きましたわ」
「それは良かった。演出を考案したチャンドラ君には改めて感謝しなくてはね」
「……。先生は、どうして義手銃の開発をなさろうと思ったのです?」
バルドリッジはゆっくりと頷いた。聡明な彼のことだ、アミーリアの質問など、とっくに予期していたのだろう。そして、建前の言葉だけではアミーリアが納得しないことも。
「軍からの要請があってね」
優しい声音の中に、揺るぎない鋼鉄の決意があることが、アミーリアにははっきりと感じ取れた。
「軍事技術の研究に本格的に取り組むなら、支援金を今までの倍にすると持ちかけられた」
「……」
次にバルドリッジが何を言うのか、今度はアミーリアにも分かった。
「潤沢な資金があれば、義肢技術を飛躍的に向上させられる。そうすれば、怪我をした患者がこの先もっと楽になる。もっと沢山の人を助けられるんだ。……グランヴィル嬢、君も資金繰りには苦戦していると聞き及んでいるよ。私と共に軍事用義肢の開発に挑む気はあるかな」
ぐるぐると頭の中が回転するような眩暈がした。資金は喉から手が出るほど欲しい。患者がもっと気軽に義肢を手にできる価格を設定したい。しかしそのために人を殺すための道具を作りたくはない。
アミーリアの夢は、人を助けることなのに。
「……考えさせて下さい」
アミーリアは細い声を絞り出した。すぐに決めることができなかった自分が、何やら情けなかった。
「ああ、良い返事を期待しているよ。カデルバーグ君にもよろしく」
バルドリッジは柔和に笑んで、さっさとその場を去った。残っている他の研究者にも声をかけにいくのだろう。キラリとしたバルドリッジの眼鏡のフレームの残光が、目の奥から消えなかった。
軍に採用される枠が無限にある訳ではない。女性が研究員として雇われるには、バルドリッジからの直々の推薦も不可欠だろう。
早く結論を出さなければ、チャンスが消滅する。
アミーリアは目を閉じた。慣れっこのはずのコルセットが妙に息苦しかった。
「どうしましょう……キャロル」
誰にも聞こえない呟きは、参加客の帰ってゆく靴音に紛れて掻き消えた。




