第2話 懇親会
懇親会の会場は煌びやかなシャンデリアに照らし出され、磨き抜かれた白い床はぴかぴかと輝いて見えるほどだった。
各所に置かれた華奢なテーブルには焼き菓子や小さなパン、切り分けた果物などが並べられている。どれも上質な素材を使っていることが、見ただけでも分かる。
参加者は数十名ほどだろうか。そこかしこで絶えず話し声が聞こえる。研究者の他にも、技術者や出資者、軍の関係者などもいるようだ。
アミーリアは参加者の中では唯一の女性である。燕尾服や軍服の礼装を纏った壮年男性ばかりの集団で、赤いドレスの若い娘は殊更に悪目立ちしていた。奇異の目で見られるのは避けられない。
口さがない参加者たちの恰好の話の種でもある。じきに、アミーリアのすぐそばにいた研究者たちが、冗談混じりにお喋りを始めた。
「ははっ。若い娘がいると少しばかり場違いに見えるな。舞踏会の方が似合いそうだ」
「違いない。いやはや、今は女手でも必要なんだろうよ。戦争で、アンソランドは王国中の男が出払っているからな。工場なんか特にそうだ。うちもとうとう女工を雇う羽目になった」
「このままでは娘っ子がつけ上がる。戦争というのも困りものだな」
悪気があるのか、本気でそう思っているのか、いずれにせよ聞いていて面白い話ではない。しかしアミーリアは澄まし顔で、白ワインのグラスを左手に、背筋を伸ばして凛と佇んでいる。
こういう公的な場での令嬢としての気品ある振る舞いに関しては、アミーリアの貴族としての教育の成果が遺憾無く発揮されている。
「まあ、そう悪いことばかりでもあるまい。ディランライヒ帝国との戦争が続いているお陰で、うちには傷痍軍人が次々と客としてやってくる」
「はっはっは。お客にとっては不幸な話だが、我々にとっては助かる話だな」
「いやいや、不幸も何も、名誉の負傷じゃないか。義肢を着けて戦場に戻れば、むしろ英雄になれる」
アミーリアは若干眉をひそめた。名誉だの何だのを重んじる思想には同意できない。人が死傷することの何が良いのか。それに、幾ら技術が進歩していても、手足を失って暮らすのにはやはり不便もある。
しかし、グランヴィル義肢工房もまた、傷痍軍人という顧客のお陰で、今まで存続してきた。心苦しい問題である。
その時、向かいのテーブルから、一人の老紳士がアミーリアの元へ歩み寄ってきた。眼鏡の奥の目を細めてアミーリアを見下ろし、ゆったりとした動作で胸に手を当てて挨拶をする。
「やあ、グランヴィル嬢」
アミーリアの曇った表情が、たちまちぱあっと晴れた。いそいそと裾を持ち上げて礼を返す。
「ごきげんよう、バルドリッジ先生。お会いできて光栄ですわ」
ベネディクト・バルドリッジ。アンソランドにおける義肢研究の先駆者の一人であり、アミーリアに最初の義手を提供した技術者であり、キャロルの師匠にも当たる人だ。
「お変わりありませんか? 軍属になられてからはやはりお忙しいのでしょうか」
「ああ、沢山の傷痍軍人と話す機会を得られるからね。研究が捗る」
「羨ましいことですわ。ああ、そうだわ。この機会に、義顔の下顎部の重量についてと、義足の踵部に組み込むバネの弾性力について、後でお話を伺っても?」
バルドリッジは目尻の笑い皺を深めた。
「それも良いが、今日は面白い発表があるんだ。楽しみにしていておくれ」
「まあ! もしや、また新しい発明をなさったのですか?」
「そんなところだ。おや……」
遠くで学生がバルドリッジを呼んでいる。バルドリッジは名残惜しそうな顔をしたが、もう学生の方へ足を向けていた。
「すまないが行かなければならないようだ。主催として、会に不備があってはいけないからね」
「お気になさらず。また後ほどお会いしましょう」
「ああ、必ず声をかけるよ」
アミーリアはにこやかにバルドリッジを見送り、白ワインを一口飲んだ。少しばかり興奮して早口になってしまった。はしたないと、また父に叱られそうだ。
その後、アミーリアは特に誰と歓談するでもなく、研究者たちの話を立ち聞きして過ごした。親睦を深めるのが目的の会とは思えぬ有様ではあったが、アミーリアとしては主催のバルドリッジのために来たようなものなので、何の問題もなかった。
やがてパチンパチンと大きな拍手の音がした。バルドリッジが、ぼさぼさ頭に褐色肌の青年を引き連れて、部屋の奥に登壇していた。
「ご歓談中、失礼します。お集まりの皆様にお見せしたいものがあります。少しばかりお時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
わあっと会場が盛り上がる。バルドリッジはアミーリアと違って顔が広い。新発表ともなれば注目度が高くなるのも当然である。
バルドリッジは咳払いを一つした。ざわめきが次第に収まっていく。バルドリッジは連れて来た異国人然とした軍服の青年を、大仰な仕草で手で示した。
「これなるイシャン・チャンドラ君は、前線にて腕を失って帰還しましたが、家族を養うために再び前線に復帰することを望み、私の研究に協力してくれることになりました」
柔らかではあるが、どこか誇らしげな語り口に、みんな真剣に耳を傾けている。
「そうして出来上がったのが、こちらの画期的な義手です。どうぞ、ご覧ください」
青年が赤金色の人差し指を真上に掲げた。目を細めてよく見ると、その指先は奇妙な形をしていた。人体に似つかわしくない、幾何学的な円筒状である。
アミーリアは首を傾げた。
次の瞬間、パァンという衝撃音が、会場内にけたたましく響き渡った。
「!?」




