第1話 義肢令嬢
アミーリア・グランヴィルは、固いソファの上に腰掛けて、真鍮製の軽量義手でくるくると万年筆を弄んでいた。
「ああ、困ったわね」
万年筆が義手にぶつかってはカチカチと音を立てる。
アミーリアは無肢症であり、生まれつき右肩から先がない。下級貴族の一人娘にとって、容姿の瑕疵は深刻な問題である。己に優秀な婚約者は望めないと早い段階で判断したアミーリアは、結婚に頼らずに生きていく道を探った。
そして辿り着いたのが、義手を自らの手で開発・改良し、安価で販売するという道だった。
恵まれた身分でなくとも、不自由をしている人々を助けたい。つらい思いをしている人々を笑顔にしたい。そういう夢を持った。
その後アミーリアは、医師の免許と機械設計士の資格を取得。父親を説得して資金を獲得し、タラストン通りの一角に義肢工房を設立。ここまでは順調に思えた。しかし。
「このままだと、月末の支払いが間に合わないわ……」
アミーリアは万年筆を机に置き、冷たい義手の指先を頬に添えた。壁の上の許可証たちを物憂げに見上げる。
右腕の義手に手が二つ備わっていたら、経営士の資格も取りたかったところだと、半ば本気で考える。
左手の指が経営学の分厚い古本の背をそっと撫でた。
現在、アミーリアは工房の経営の他に、顧客の診察から義肢の設計までを担当している。
忙しない毎日であった。
大いなる夢を語ろうにも、重たい現実が押し寄せてきて、手一杯になってしまう。
工房の執務室の質素な机の上には、安っぽい造形の煤けたランプや、中古で仕入れたタイプライターなどが置かれている。
そして中央に鎮座するのは、赤いインクで締切日が記された、下請けの工場からの分厚い請求書の束。
「もう少し売れてくれると助かるのだけれど」
義肢の需要ならば当然ある。ただし現状では安価な提供が実現しない。材料費や燃料費が嵩んでいるため、商品の値段を釣り上げざるを得ない。そうなるとなかなか買い手がつかない。
「お父様には叱られたばかりで頼りづらいのよね」
ただでさえアミーリアの起業に反対気味だった父ダグラス・グランヴィルは、アミーリアが治安の悪い場所の工場での商談の帰りに襲われかけた上に危険な振る舞いをしたと聞かされ、極めて不機嫌になっている。資金などねだろうものなら、工房を畳めと言われかねない。
頭を抱えているところに、ノックの音がした。
「お召し物をお持ちしました」
「どうぞ、キャロル」
「失礼します」
入室してきた彼女──キャロル・カデルバーグは、アーガイル柄のベストにスラックスという、小綺麗な装いをしていた。その手にはアミーリア用の純正装の服が入った籠が抱えられている。襟の詰まった真紅のロングドレスに、渋茶色の革靴。
キャロルが手早く器用に身支度を整えてくれるのを、アミーリアは大人しく待つ。コルセットをぎゅうぎゅうと巻かれながら、費用を削減するための義足の設計を再考している。
「できました。きつくないですか」
「大丈夫よ。ありがとう」
「髪を整えます。座って下さい」
三つ編みの茶髪をお団子にまとめ、細い手袋をはめ、仕上げに歯車をかたどったブローチを付ければ、立派な貴婦人の出来上がりである。
アミーリアは深緑の草花模様の絨毯を踏みしめ、鏡の前でくるくると回り、自らの身だしなみを確かめた。
「キャロルも一緒に来られたら良かったのに」
「遠慮します」
今夜は義肢の研究者が集う懇親会が、ルンベリーにて開かれるのであった。錚々たる面々が招待される中、アミーリアにも招待状が届いたが、労働者階級のキャロルには届いていない。しかしキャロルは一切の未練がなさそうだった。中産階級以上ばかりが集まる堅苦しい会合の場など、居心地が悪くて仕方がないらしい。
キャロルもまた、一流の機械工として工房で活躍している分、惜しい気もするが、仕方がない。
「出発できそうですか」
「ええ。送迎、よろしくね」
「もちろんです。行きましょう」
二人は連れ立って執務室を出て、こじんまりとして煤けた駐車場へと向かっていった。




