第5話 見世物
定休日になり、アミーリアは父ダグラスが後援しているサーカス団の興行の見物に付き合っていた。
馬術や体術、植民地から取り寄せた珍しい動物まで、幅広い演目を披露するサーカスは、庶民だけでなく貴族にも人気の見世物だった。
このロッキンガム・サーカス団は殊に王族や貴族を相手にした興行に特化しており、ダグラスも熱心に応援していた。戦ごっこに興じるより、こちらの方がよほど価値がある、というのがダグラスの見解だ。
事実、彼らの演技は戦時下の重たい空気を吹き飛ばしてくれるため、近頃はよくこうして王侯貴族にお呼ばれしている。ルンベリー中心部に設置されている王立の大きな円形劇場の舞台上で、様々な演目が上演される。
現在舞台の上で披露されているのは、東洋から来たらしい独特の服装の男たちが、大きな白い虎のような動物である雪豹を取り巻いて、器用な体術を挟みながら球を投げ合う曲芸であった。
異国情緒たっぷりの音楽と共に、色とりどりの球が目まぐるしく行き来する。女たちも出てきて、朱色の衣装を揺らして伸びやかに舞い始める。
移民か、とアミーリアはどことなく憂鬱な気持ちで舞台をぼんやりと見ていた。
チャンドラという、バルドリッジに協力者していた青年のことを思い出していた。
軍用義手、それも開発段階のものを装着することは、今思えば極めて危険な行為だ。
誤射や暴発でもしたら無事では済まない。アミーリアが真っ先に懸念した、衝撃や熱の伝導による体への影響もまた無視できない。
そんな危険な義手の開発に、彼が自らの身を差し出したのは、恐らく貧困ゆえだ。
イシャン・チャンドラ。明らかに移民系の名前と外見。家族を養うために協力したと言っていた。
彼は恐らくリドエンド地区近くの貧民窟に集住している、東洋人たちの一人であろうと推測できた。
アンソランド王国は東洋の南部を植民地化している。船員として強制的に片道切符を渡されて故郷に帰れなくなった南部の東洋人が、言葉も分からぬまま低賃金の日雇い労働をする例は、このルンベリーでも後を絶たない。特に貧民窟付近を流れる河で発着する船の船荷を運ぶという、過酷な肉体労働をする者が多いという。
移民という存在は、実に多くの苦難を背負わされているのだ。
下級貴族のアミーリアがその辺りの事情に詳しいのは、キャロルのことがあるからだった。
アミーリアは斜め後ろで静かに座って控えているキャロルをそっと見つめた。貴族のための見世物の会場にはこうした召使い用の席もちゃんと用意してある。茶色のスーツを纏ったキャロルは、じっと芸を見ながら、時折、飲み物を配って回る係の者の動きを気にしている。
キャロル・カデルバーグは移民二世である。ディレンライヒ帝国内の少数民族だったキャロルの母親は、迫害から逃れてアンソランド王国に渡って来た。リドエンドの工業地区に程近い貧民窟の娼婦としてキャロルを養い、病が元で早逝したそうだ。
その後キャロルは浮浪児となった。男装をして屑鉄集めなどで食い繋いでいたところを、バルドリッジの工場に拾われた。
ワアッと拍手が起きて、アミーリアは我に返った。東洋人たちの演技が終わり、雪豹が檻に入れられて退場する。続いて馬に乗って出てきたのは、古式ゆかしい派手な軍服を着用した騎士たちであった。
パカパカと規律正しく登場した彼らは、キリッと寸分違わぬ動きで敬礼したかと思うと、ピシリと鞭を鳴らして馬を駆った。ぐるぐると綺麗な円を描いて走り回る。そのまま人馬一体となった華やかなショーが始まる。騎手たちは走り回る馬の背の上で立ち上がったり逆立ちしたりと、人間離れした曲芸を軽やかにやってのける。
「アミーリア」
ダグラスが煙草のパイプを置き、拍手をしながら話しかけてきた。
「はい、お父様」
「お前の婚約の話だが……」
「お父様」
アミーリアは小さく、しかし棘のある声で父親の声を遮った。
「マクニッシュ様とは結婚できませんと、申し上げたではないですか」
「しかし、跳ねっ返りのお前にはもったいないほどの好青年だ。こんな機会は滅多にない。今一度ちゃんと話してみてはどうかね」
「嫌です」
何が好青年だと、アミーリアは眉間に皺を寄せた。エドウィン・マクニッシュは、上っ面が良いだけの、鼻持ちならない失礼な男だ。
貴族ではない中産階級、加えて離婚したばかりという経歴ゆえに、傷物のアミーリアにも話が回ってきたのだろうが、女を大事にできない男の再婚相手になどなってどうする。アミーリアの義手についても、運良く貴族令嬢を嫁に取れるチャンスが巡ってきたという程度にしか捉えていない。口には出さないが、結局は傷物扱いしているのと同じだ。
あんなのをもったいないなどと言っている父にも苛立ちを覚える。アミーリアの価値をそんなくだらぬ物差しで測ってもらいたくはない。
こういうことになると分かりきっていたから、アミーリアは早々に工房を立ち上げる決心をしたのだ。
「そう言うな。彼もこのサーカスを見にきている。後で会う約束になっているから、二人で話をしてきなさい。いいね?」
「……」
そういう約束をアミーリア抜きで決めないで欲しいものである。男というのは女のやることに関して決定権を握っていると勘違いしているらしい。
本当ならすっぽかしてやりたいところだが、それではダグラスの顔が立たない。父親の体面に傷がつくのは、アミーリアとしてもなるべく避けたいところだ。会うだけ会って、突っぱねるしかないのか。
「キャロル」
アミーリアは振り返って声をかけた。
「はい」
「マクニッシュ様とお会いする時は一緒にいてくれる?」
「承知しました」
ダグラスは馬術の曲芸に拍手を送っている。アミーリアは舞台上に視線を戻した。騎手たちは息を合わせて、馬上に立って大きな輪を投げ合っていた。美しく放物線を描く輪の軌道が、吸い込まれるようにして騎手の手に渡っては再び放たれていく。
こういうのは貴族たちにとって特に受けのいい演目だ。馬術や弓術といった伝統的な競技を、貴族は非常に重んじている。珍しい動物の芸よりもこちらの方が貴族たちの関心の的のようだ。
アミーリアにはどちらも素晴らしいもののように思われる。人を楽しませようとするサーカス団の面々の努力と技術は、賞賛に値する。
そう──軍事用義肢を作っているアミーリアよりも、ロッキンガム・サーカス団の方が、よほど人々の笑顔に貢献している。
その事実に思い至り、アミーリアは小さく溜息をついた。
自分の選んだ道は、本当に正しかったのだろうか。
巻き起こる拍手と歓声が、何だか自分を責めているようにも感じられて、アミーリアは努めて暗い思考を頭から追い払った。




